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FOOL 1

ほうっと息を吐いた瞬間、グラリと世界が暗転した。

「全く……!君は、はっきり言ってバカだろう」
両手を腰に当てて、呆れ顔でその人は言う。

「お…同じように風邪を引いて、倒れた事のある貴方に言われたくはありませんっ」
「その俺の失敗を見ていながら教訓を得ることなく同じ事をやってのけるとは、やはり君はバカとしか言いようがないな」

困ったものだと嘆息する様子は、なまじ彼が端正な顔立ちをしているだけに嫌味さも倍増していて、腹立たしい事この上ない。

「別に私が利口であろうと、愚かであろうと、あなたにはどうでもいいことじゃないですか。余計なお世話です!」
「確かにそうだな。だが、現場に迷惑をかけるようでは……君は役者失格だ」

刺すような瞳で言い捨てられた言葉に、怒りさえ感じていたはずの心が一気に凍りつく。

「ま……待って!」
向けられた背を引き止めるために、咄嗟に踵を返した人のシャツの裾を掴んでいた。



「……最上さん!?……」
「え……」
「目が覚めたんだね、良かった……」

その声が発する音は同じ……けれど響きは全く異なる色を有していた。

「……敦賀さん……私……?」
「君は自分の出番が終わった途端に倒れたんだよ。こんなギリギリの状態で演技をするなんて……」
ふぅ、と敦賀さんが呆れたように溜息を吐いた。

も…もしかして私が倒れる事によって、現場に迷惑をかけてしまったのかもしれない……!
嘆息する敦賀さんに、自分の失態が及ぼした影響を想像して顔が青くなる。

「も……申し訳ありませんっ、仕事中にご迷惑をお掛けして!」
起き上がって謝ろうとした私を、敦賀さんが手をかざして止めた。

「そんなに勢い込んで謝らなくてもいいから。大丈夫。ドラマの撮影に支障は出ていないよ」
「でも自分の健康管理もきちんとできないなんて、役者失格じゃないですか。お仕事に対して厳しい敦賀さんなら、そう思うはずです!」
「それはお互い様だし、何もそこまで……」
「でも、でも……!」

夢で見た敦賀さんの背中が、頭からこびり付いて離れない。
見捨てられたと思った時の不安感が、今になって怒涛のように襲い掛かってくる。

目覚めた時に敦賀さんから掛けられた声。
それが余りにも優しくて、その温もりをいつの間にか手にしていた事に驚き、そして怖くなった。
そう、怖い……失う事が……

「……バカだな」

それは夢の中で、何度も敦賀さんから聞かされた言葉。
けれどその響きは、本来その言葉が持つ意味とは反してとても温かで、怯えた心に優しく触れた。

「俺が心配したのは仕事の事ではなくて、君の事。目の前で倒れた時には心臓が止まるかと思ったよ」

敦賀さんの言葉に顔を上げて彼を見ると、ホッとしたような……それでいて苦笑するような、ひどく複雑な表情をしていた。

「すみません……」
「少しでも悪いと思うなら、休養をして早く治すことだ。俺はこれから違う仕事が入っているから移動するけど、君はこの救護室で休んでから帰った方がいい」

行ってしまうんだ……

少し寂しいと感じたけれど、子供でもあるまいし、いつまでも付き添ってもらうわけにもいかない。
ましてや、誰よりも忙しい人なんだもの……!

「はい、ありがとうございました」
「ああ……それでね、最上さん、頼みがあるんだけど」
「何でしょうか?」
「コレ、離してもらっていいかな?」
「え…あっ!!」

敦賀さんの視線を辿って、一気に顔が火照る。
夢の中で掴んでいたはずのシャツの裾は、現実では敦賀さんの左手の指で、私はそれをしっかりと握り締め続けていた。

「ご、ごめんなさいっっ!」
パッと手を広げて、綺麗な長い指を解放する。
すると敦賀さんは無言のまま、自由になった4本の指をじっと見詰めていた。

「あ……あのぅ、もしかして握り締めすぎて血の気がなくなっている、なんて事は……」
恐る恐る聞いてみると、敦賀さんは笑って頭を振った。

「いや、ちょっと寂しくなったなと思って」
「え?」
「君の温もりがなくなって」

……どこまで冗談で言っているんだろう……
全部、冗談なんだろうけど……っ!

敦賀さんは、時々こんな戯れを言うから困る。

これもまた、いつの間にか習慣づいていた事。
気が付いたら、敦賀さんはまるで私を試すかのように、こんな意味ありげな言い回しをするようになっていた。

「元気になったら、きちんと手を繋いで出かけようか。じゃあね、お大事に、最上さん」
「ちょっ……」
突っ込む私の声を聞く前にと、敦賀さんはさっさとドアを閉めて退場してしまった。

……本当に、敦賀さんはこんな風に戯れを言うから困る。
そして更に困った事には、あの人はこんな馬鹿げた冗談でもきちんと実行するのよ……!

敦賀さんが私と手を繋いで出かけるって、一体……
何時、何処へ、何をしに……? 
何を着て行ったらいいんだろう……

「……って、何を考えているのよ!私っ!」

どんどん上昇する熱。
それを追いやるために布団を被り、私は当面の問題は先送りにして体調回復を優先する事にした。


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