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社の言葉に、奏江は一瞬の間の後、頷いた。

「確かに敦賀さんをここへと引き寄せている時点で、既にキョーコの勝ちですね」
「ずいぶんはっきりとした答えだね」
「私、見てましたから。お二人がこのテーブルへ来る途中に、あの女性に話し掛けられているのを」
社は奏江が指し示す女性を一瞥し、ああと苦笑いを浮かべた。

「彼女は蓮と以前共演したことがあってね、お久し振りですと声を掛けられたんだ」
「そして一緒に食事をと誘われる前に、挨拶だけして早々に通り過ぎた……そんな感じでしたね」
「よく見ていたね。まあ…そんなとこかな」
「ついでにその調子でこのテーブルも通り過ぎて頂いて良かったんですが」
奏江はコーヒーを一口飲むと、平然と言い捨てた。

「ははっ、手厳しいね。歓迎されてはいないなと思っていたけど」
「私は昼食をご一緒するほど敦賀さんとは交流がありませんし、敦賀さんにとってもそれは同じ事でしょう。そうすると当然目的はキョーコになります。……それならば、無闇に敵を作る必要はありませんから」
「……敵……?」
「あの子はこういう事には無頓着すぎるので、余計な反感を買ってしまう可能性が大きいんです。過去の経験を省みて、もう少し気を付けてもいいとは思うんですけどね」

『過去の経験』が誰に関する事なのか……社は気付いたものの、この場でその名を出すという自らの首を絞めるような危険行動は避け、軽く頷くのみでそのまま奏江の言葉に耳を傾けた。

「身勝手な嫉妬などを気にする必要はないですけど、それでもこの業界、印象は大事だと思いますので。今をときめく人気俳優と右も左も分からない新人タレントが仲良さげに話していれば、面白くない、あるいは生意気だと感じる人間もいるでしょう」
「……琴南さんはキョーコちゃんが本当に好きなんだねぇ」
しみじみと言う社に、やめてくださいと僅かに頬を染めて奏江が小声で抗議する。

「とにかくあの子はそういう事には疎いんですから、もう少し気遣ってやってください」
「ん~~、それは蓮に直接言ったほうが良さそうだけど……」

言葉を切り、社が件の二人に目を向ける。
社と奏江が話している間も、キョーコと蓮の攻防――傍から見れば痴話喧嘩に近いじゃれ合い――は続いていた。

「だって敦賀さんの場合、『この際だから2、3年分の涙が干上がるぐらいに泣かせておけば、後々同じ手間をかけずに済んで効率がいいかな』とか言って、本当に実行しそうなんですもの!」
「ああ、そういう手もあったね。ではご希望通りに」
「う、嘘です、冗談です、ほんの戯言ですっ!!どうかお気に止めずに!そんなこと露ほども望んでいませんから~~っっ!!」

本来の目的は涙を止める事ではなく奏江に嫌われない事のはずなのだが、蓮によって論点が変えられている事にも気付かず、真剣に恐れ怯えるキョーコ。
そんな彼女を蓮はからかいつつも、可愛くて仕方がないといった眼差しで見詰めている。

「直に言ったところで無理そうだね」
「そんなにあっさり結論付けないでください」
マネージャー足るものそれで良いのかと呆れ顔の奏江に、社は打って変わって真剣な様子で話を続けた。

「でもね、これだけは言えるよ。蓮は『彼』とは違う。もしキョーコちゃんがどんな理由にせよ傷つくようなことがあれば、アイツは何としてもキョーコちゃんを守るだろうね」
「例えば『彼』の事で落ち込んでいるキョーコに『新たな翼』を与えたように、ですか?」
「『新たな翼』……?」
聞き返す社の問いには答えずに、奏江は冷めかけたコーヒーを飲み干すとスッと席を立った。

「キョーコ、そろそろ行くわよ。お二人共、すみませんが仕事の時間ですので失礼します」
「あ、はい、モー子さん!それでは敦賀さん、社さん、お先に失礼します!」

挨拶を済ませて早々にテーブルから離れた奏江の後を、小走りにキョーコが追いかけていく。

「どうやら連れ去られてしまいましたね」
「少し遊びすぎじゃないのか、蓮」
「そうですか?俺としてはまだ遊び足りないぐらいなんですけどね」

悪びれずに言う蓮に、この分では奏江の言う『気遣い』の必要性をいずれ実感することになるかもしれないなと、社は内心溜息を吐いた。
しかし今マネージャーとして言うべきはその事ではなく……と、テーブルに置かれたままの食事に視線を落としたところ、背後から蓮を呼ぶ声がして椅子に座ったまま振り返り、おやと思う。

「キョーコちゃん?」
「最上さん、どうした?何か忘れ物でもあった?」
「忘れ物と言えば、忘れ物ですけど……コレです」
キョーコは先程まで座っていた場所に歩み寄ると、蓮の前に置いてあるトレイを人差し指でトントンと叩いた。

「お食事が全然進んでいなかったのが気になって、戻って来たんです。敦賀さん、ここのランチは栄養がしっかりと考えられていますから、残さずにちゃんと食べてくださいね。何事も身体が基本ですから」
「それを言うために、わざわざ戻ってきたの?」
「はい」
コクリと頷いて肯定するキョーコに、蓮がふっと微笑んだ。

「ありがとう。残さずに全部食べるよ」
「本当ですね?後で社さんに確認しますから」
「そんなに信用できないかな、俺」
「できません、ことお食事に関しては。社さん、しっかり見張っていてくださいね」
「了解だよ、キョーコちゃん」

それではモー子さんが待っていますので!とキョーコは用件だけを伝えると、パタパタと足早にドアの向こうへと姿を消した。

「蓮、キョーコちゃんとの約束だ、しっかり食べるんだぞ」
頼もしい援軍のバックアップを得て、社の小言に力がこもる。

「こういう時は二人して妙に結束が固いですよね」
「当たり前だ。俺もキョーコちゃんもお前を心配して言っているんだからな」
「……肝に銘じます」
「宜しい」

特に迷うこともなく、単に目に付いたからと選んだ日替わりランチに蓮が箸をつけたのを見て、社も遅めの食事に取り掛かった。


「モー子さん、あのね……」
「何?」
「私の事、嫌いになった……?」
食堂を出てからずっと黙したままラブミーの仕事の準備を始めた奏江に、キョーコが不安げに切り出した。

「……嫌いになんてなってないわよ。ちょっと考え事をしていただけだから」
「本当に?良かった……!それでね、こんな事を言ったらキチンと話を聞いていたのかとまた怒られるかもしれないんだけど」
「な、何よ」
この子は一体何を言い出すつもりかと、奏江が心持ち身構える。

「モー子さんに『キョーコ』って、何度も呼んで貰えてちょっと嬉しかったの」
えへへ、と笑うキョーコのその顔は、どこまでも無邪気であどけない。

人に関わる事は苦手だった。
今でもそれは変わらないのに、この子からはどうしても逃げられない気がするのは、多分気のせいではないだろう……

奏江は何かを諦めるように、ほうと息を吐いた。


……まるでオセロのようだな。
常の食事よりもボリュームのあるランチを食べ終えた蓮を見て、社は思う。

白であったものが黒にひっくり返り、また白へと逆転する。
強者と弱者の立場がその時々で目まぐるしく変化していき、一部の局面だけ見ているとどちらの色なのか、判断するのは難しい。

でもやっぱり最終的な勝者は決まっているんだ。
一体それは誰になるのか……

「何ですか、社さん。何か言いたい事でも?」
「いや、キョーコちゃん効果は絶大だなと思ってさ」
「うっかり食べ残したりしたら、それをきっちりと報告する使者がいますからね。荒ぶる魂を鎮めるのは結構大変なんですよ」
済まして言う蓮に、そういう事にしておいてやるかと社は話を切り上げようとして、ふと思い出す。

「ああ、そういえば蓮」
「何ですか?」
「キョーコちゃんが言っていた『新しい翼』って、何の話だ?」
実際はキョーコよりも奏江が口にした事によって気にかかった言葉なのだが、それはあえて伏せておく。

「ああ……単なる例え話ですよ」
「と言うと?」
「昔、自ら籠の中に囚われていた鳥に、飛び立つ為の翼があることを教えただけです」
「飛び立つ為の翼、か。確かにキョーコちゃんは芸能界で羽ばたき始めたばかりだからな。実際、これからの成長が楽しみだよ」
「ええ、俺もそう思います」

……もっとも、それだけの意味で言ったわけではないんだが。

蓮はキョーコに翼の話をした時の事を思い出し、切れ長の目を僅かに伏せた。

あの時、俺は新しい世界へと羽ばたく翼というイメージを、わざと彼女に意識させた。
籠の中にいた頃を懐かしまないように、ましてや戻りたいなどと思わないように。
過去ではなく、未来を。
彼ではなく、俺を……選択して欲しいと。

そうだ、己の姑息さは己が一番よく知っている……

「でもさ、蓮。キョーコちゃんの場合、思いがけないところで暴走したあげくにハデに迷走して、とんでもない所に飛んで行きそうな気もするよな」
「大丈夫ですよ、その時は俺がしっかり捕まえて軌道補正しますから」

社のあまりにもありそうな懸念の声に、蓮は自責の感情を押し隠し、笑って答えた。

彼女が歩む道は過去に馴染んだ籠ではなく、広い世界へと確実に続いている。
何よりも、彼女が大事に思う、そして彼女を大切に思う人間がいる……その事実が彼女を過去に戻らせる事は無い。

それを確信したが故に、蓮は……笑った。

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