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FOOL 3

思いがけない人の登場に目を疑ったのは、私だけではなかった。

高揚した表情でこちらを見ている多くの生徒達。芸能人なんて見慣れているはずなのにと思う一方で、なんとなくその理由も分かる気がした。敦賀さんという存在は学校という日常にはあまりに不似合いで、どこか現実味を欠いている。例えるなら、タンポポやハルジオンが点在する野原にただ一輪、大輪の薔薇が色鮮やかに咲き誇っている……そんな感じ。

「最上さん、どうした?」
敦賀さんからの疑問の声に、花咲く野原から一気に現実へと引き戻された。

「どうしたは私のセリフですっ。なぜ敦賀さんがこの学校にいるんですか!?」
「君を迎えに来たんだよ、最上さん」
「え……?」
「ほら、前に約束しただろう?」

『ほら』と言われましても、全く心当たりがないのですが。
首を捻りつつ、考える事数秒。……やっぱりそんな無謀な約束をした覚えなんてない。

「どう思い返してみても、敦賀さんに学校へ迎えに来ていただくなんて、そんな大それた約束をした記憶はないんですけど」
「覚えてないんだ?」
「はぁ……」
敦賀さんは私の目線に合わせる為に腰を屈めると、若干顔を近づけて小首を傾げた。身長差がある私と話す時に、敦賀さんがよくとるようになった姿勢。それが傍目からは至近距離と見えるのか、人垣の方から悲鳴のような声が上がった。別に他意のある行動ではないのにと心の片隅で突っ込むも、探るように見詰める瞳に射竦められて、背中に一筋の汗が流れた。

「約束しただろう?この間。今度一緒に出かけようって」
一緒に出かける…って……そう言えば……

――元気になったら、きちんと手を繋いで出かけようか。

「え…えええええぇぇっ!?」
敦賀さんの言う『約束』が何の事か気付き、思わず絶叫した。

「あれは冗談じゃなかったんですか!?」
「俺が君との約束を冗談で済ますような、そんな不誠実な男だとでも?」
「そういう事ではなくて、ほら、言葉のアヤとかちょっと口が滑ったとか、色々あるじゃないですか」
「それこそ冗談だろう?俺がこんなチャンスを見逃すわけがないじゃないか」

チャンスって一体何ですかっ?
だいたいなぜいきなり今日で、わざわざ学校まで迎えに来るんです!?

聞きたい事はたくさんあるのに、敦賀さんの有無を言わさぬ雰囲気に気圧されて、口だけが金魚のようにパクパクと開くばかりで言葉が出てこない。ただ一つ分かるのは、今日これからの予定に関して私の選択権というものはないんだろうな、という事だけ。

「ねえ、敦賀…さんとあなたってそういう関係なの? じゃあ、尚ちゃんとは……」
困惑している私に、横にいる美森ちゃんが眉を顰めて話しかけてきた。
「君は……ああ、あのプロモの……なるほどね……」
私よりも早く敦賀さんが反応して、妙に納得したように呟く。

「君は不破君と親しいのかな?」
「『親しい』なんて、そんな浅い付き合いじゃないわ。尚ちゃんは美森にとって一番の人なんだからっ」
「そう……それは失礼したね」
敦賀さんがにっこりと美森ちゃんに笑いかけた。それはバカショー贔屓の美森ちゃんでさえ見惚れてしまうほどのキュラキュラと光り輝く笑顔。数秒後、その事実に気付いた美森ちゃんはブンブンと大きく頭を振ると、鋭く敦賀さんを睨みつけた。

「だ、誰もが敦賀蓮のファンってわけじゃないんだから、軽々しく横から口を挟まないでよっ。私にとっては尚ちゃんがこの世で一番素敵で、あなたなんて足元にも及ばないんだから!」
八つ当たり半分で、美森ちゃんが敦賀さんに食って掛かった。対する敦賀さんは平然と聞き流しているように見える。そう、飽くまで見えるだけで、着実に笑顔が深まっているから怖い。その様子は悠然と構えている肉食獣にキャンキャンと噛み付く小型犬のようで、勝負になっていないのは一目瞭然。
……でもこの光景、どこかデジャブを感じさせるのよね……。
かつての怖いもの知らずな自分が脳裏に蘇り、その過去の己の無謀さに思わずコメカミを押さえた。

「私はこの子に尚ちゃんとの事について聞いてるのっ」
「へ?」
いきなり美森ちゃんにビシッと指を差されて、間の抜けた声が出てしまった。
あのバカとの事なんてとっくに説明済みなのに、何を今更……。

「関係ないよ」
「な……」
「最上さんと不破君は全く関係がない。だから二人の仲を心配する必要もない。……君が欲しいのはそういう答えだろう?」
敦賀さんの口から放たれた言葉が、妙に冷たく耳に響く。

「あ、あたしは別に……尚ちゃんを信じてるもの…!」
「彼を信じているなら、それを貫いたらどうだい?わざわざ人に確認する事はないだろう」
美森ちゃんはグッと言葉を詰まらせると、敦賀さんを鋭い眼差しで見詰めた。
「そんなに簡単に割り切れるものじゃないわ。あなたのような人には分からない…!」
「……そうかもしれないね」
敦賀さんは美森ちゃんに背を向けると、私の肩を軽く叩いた。眼差しで「行こう」と促される。

「敦賀さん…」
俯き黙り込んでしまった美森ちゃんが気になって、思わず敦賀さんの名前を呼んだ。敦賀さんは足を止めると、何かを考えるように瞼を閉じた。

「俺は、貫く事にした。貫いて必ず手に入れると決めた」
独り言のような、けれど強い意志を感じさせる敦賀さんの言葉。
「これが君の最初の質問に対する答えになるだろうか」
下を向いている美森ちゃんの肩がピクリと震える。敦賀さんは後ろを振り返る事なく、私を促すと校門へと続く道を歩き出した。

ざわめき立つ生徒達の間を通り、敦賀さんに連れられて来客用の駐車場へと向かう。
「今日は連絡もなく学校まで迎えに来てしまったけれど、驚かせてしまったかな?」
「いえ…確かにびっくりはしましたけど、私よりもむしろ他の生徒達の方が驚いたんじゃないですか」

校舎、校庭、校門……ギャラリーは確実に増えていて、その多くの視線に晒されながら歩くのはお世辞にも心地が良いとは言えない。なんだか動物園のパンダにでもなった気分だわ。もっとも正しくはパンダのおまけ……ううん、おまけなんていい物じゃないわね、彼女達にとっては。

「はぁ……明日から私、どうやって学校に来たらいいんですか」
「ん?何か問題でも?」
敦賀さんが済ました顔で聞いてくる。本当に分からないと言うのかしら、この人は。もしかして新手のイジメ!?
「女性の嫉妬はしつこいんですよ?例えそれが事実とは違う単なる思い込みであっても。美森ちゃん一人でああなんですから、想像がつくというものでしょう」
嘆息する私を見て、敦賀さんがクスクスと笑い出した。

「おや?そんなものに負ける君ではないだろう?」
「負ける気はないですが、好き好んで重い荷物を背負い込む気もありません。敦賀さんはご自分の人気に対して、少し無頓着なところがあるんじゃないですか?」
「そんな事はないと思うよ。人気イコール商品価値だからね、この世界は。プロとしてある程度は把握しているつもりだよ。君も芸能界で生きていく以上、注目を浴びる事には慣れておいた方がいいんじゃないかな」
そういう事ではなくてですね……そう続けようかと思ったけれど、やめにした。この人にとって嫉妬なんて感情はあまりに無縁そうで、説明するだけ無駄な気がする。

車の前まで来ると敦賀さんは助手席のドアを大きく開いて、私に向き直った。
「それでは改めて、最上キョーコさん。今日これからの君の身体と時間をもらえますか?」

それは以前にも聞いた事のある、無意味に意味深なセリフ。他の女性に言おうものなら勘違いされる事間違いなしの口説き文句だけれど、最近の敦賀さんは躊躇いなくこんな言葉を多用する。私なら誤解される心配がないからという事なんだろうけど、でもからかい混じりでこんな言い方をする敦賀さんはちょっと人が悪いなとも思う。

「それには条件があります」
なんだか悔しくなって、少しだけ仕返し気分で返事をした。
「俺にできる事なら、何なりと」
「では私にいただけますか?今日これからのあなたの心と身体を」

――私だけを見て、私の事だけを想ってくれますか……?

敦賀さんは驚いたように目を見開くと、次の瞬間にはフッと表情を緩めて、優雅な仕草で私の手を取った。
「君がそう望むなら喜んで。今日だけと言わず、過去、現在、未来……俺の全てを君に捧げるよ」
ふわりと浮かべた嬉しそうな笑顔、まるで真実であるかのように胸に響く声。

ああ……やっぱり敦賀さんの方が一枚上手だわ。

顔がだんだん火照ってくるのが分かる。また敦賀さんの手の内で遊ばれてしまったと、そう気付いているのにバカみたい。
いくら自嘲してみても、身体の中に灯った熱はなかなか消える気配がなかった。


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