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タイミング 6

「俺、君の事知っているような気がするんだけど」
キョーコちゃんが部屋を出るや否や、田中が口火を切った。

「多分俺が一方通行的に知っているだけで、君は俺とは全く違う世界を生きている……そういう人じゃない?」
「ずいぶん勿体ぶった言い方をするんですね」
「別にこの場でその不自然なサングラスと帽子を取り上げてもいいんだけどさ。俺としては一応、社の顔を立てているつもりなんだけど?」

お、俺ですかっっ!?
 
今まで全くの蚊帳の外だったので、俺自身がこの場の当事者の一人であることををすっかり忘れていた。
……と言うか忘れていたかった。

やっぱり、傍観者のままではいられないか。
考えてみれば俺の知り合いという位置づけなんだよな、この二人。
その割には俺を無視して会話が進んでいたけどな……
嫌なところで引き戻されちゃったな……

「社さん」
蓮が促すように、俺の名を呼んだ。

その真剣な響きに逃げ切れないことを悟り、さてどうしたものかとマネージャーの立場でこの場の対処方法について考える。

蓮はここに乗り込んで来た以上、正体を知られることは最初から覚悟の上だろう。
そして蓮がだるま屋に着く前に、田中を外に出せなかったのは俺のミスだ。
ここでシラを切り通せるわけもないし、二人とも身を引く気がないのはこれまでのやり取りで分かっている。

仕方がない……

俺はもしもの際には全力でトラブルの収拾作業に努める覚悟を決めた。
心持ち姿勢を正し、隣にいる友人に身体を向ける。

「田中、お前も気付いているようだけど改めて紹介するよ。俺がLMEでマネージメントをしている俳優、敦賀蓮だ」
「敦賀です。名乗るのが遅くなり大変失礼しました」
蓮はサングラスを外し帽子を取って傍らへ置くと、田中にスッと頭を下げた。

対立状態にある相手にさえ、きちんと礼を尽くす蓮のその姿勢は大したものだと思う。
これは間違いなく敦賀蓮という男の美徳の一つだ。

「蓮、こちらは俺の大学時代の友人で田中惣一。今日は数年ぶりに偶然街中で会ってこの居酒屋に誘われたんだ」
「大学時代の悪友・社君に紹介に預かりました田中です。キョーコちゃんには話の流れ上、既に名乗ったけど君にはきちんと自己紹介をしていなかったな。まあ、お互い様というところか」
田中は運ばれてきたばかりのビールのジョッキを持ちあげ、蓮へと向ける。

「改めて乾杯」

泡立ったビールジョッキとウーロン茶の入ったグラスとが重なり、高い音を室内に響かせた。

田中という男も多少軽いところはあるものの、本来はきちんと筋を通す気のいい奴ではある。
だからこそ、大学時代は俺もこいつとつるんでは色々と遊びまわっていたわけだし。
こんなおかしな状況でさえなければ楽しく飲める相手なんだが……そういう意味では残念でならない。

「芸能界一いい男、抱かれたい男№1か……」
手に持ったジョッキを一気に半分以上飲み干すと、田中が皮肉げに呟いた。
その言葉に蓮の眉根がピクリと寄る。

「社がさ、俺よりもイイ男が来るというからどんな奴だろうと思って手ぐすね引いて待ってたんだけど、とんでもないのが現れたもんだ」
「……社さん、わざわざそんなことを言ったんですか?」
「い……いや、言ったような、言ってないような……」

前と横からチクリチクリと攻め立てられて、身の置き所がない。
蓮……少なくとも俺はお前を褒めた形になるんだから、そう冷ややかな目で責めるなよ……

問いただす蓮にどちらともつかない返事をしがちなキョーコちゃんの気持ちが、不本意ながら理解できてしまう。

「君なら何もしなくったって幾らでも女性が寄ってくるだろうに、どうしてあの子に拘るんだ?」
「そういうあなたも女性に不自由するタイプには見えませんけどね」

さらりと返す蓮に、田中は睨めつけていた視線を外し、組んだ手元へと落とすと小さく息を吐いた。

「まあね。来る者拒まず、去る者追わず。俺の生き方のスタイル自体がそんな感じだったよ。仕事もなんとなくこなして毎日を同じように過ごしてた。そんな時だったんだ、あの子を見たのは」

田中は何かを思い出したのか、口元に小さな笑みを浮かべた。

「客先の希望で接待にここを使ってね。俺は用足しのために席を立ったんだが、その時に店の奥の階段から聞こえてきたんだよ。『このくらい大丈夫ですっ!私、根性なら自信がありますので!!』って声が」

……キョーコちゃん……しかいないよな、こんなことを自信を持って言えるのはっ。

「朝から仕事が忙しかったんだから店には出なくていいとか、確かそんなやりとりだったんだ。内容はともかく今時『根性』なんて言葉が生きているとは思わなかったし、そんな言葉を使うなんてどういう人間だろうと興味が沸いてさ。一体どんな物凄いのが階段から降りてくるんだろうと思って見ていたら……現れたのは高校生ぐらいの可愛らしい女の子だったんだ」

田中はそこまで話すと俺達二人に、料理を食べながら聞いてくれと勧めてきた。
少し語らせてもらうぞ、ということなんだろう。

「5、6人の会食で俺自身がメインで話をする必要がなかったから暇だったこともあってさ。その子のことをずっと目で追ってたんだ。彼女は着物姿で軽やかに店の中を動き回って、明るい声と笑顔を絶やさずに注文をとっては料理を運んでいた。店のおかみさんが心配するぐらいに疲れているはずなのに、そんな気配は一切見せずにね」

……キョーコちゃんらしいな。
仕事となったら一生懸命で、周りの心配する声も「根性」の一念で押し切って。

―――本当に大丈夫ですから……私、やめませんよ……

キョーコちゃんのかつての言葉が俺の頭の中を過ぎる。


―――だって骨は折れても治るもの。


あれには流石に恐怖を感じたよな……
俺は仕事に対して責任感はある方だと自負しているけど、あの心構えにははっきり言って白旗を上げた。

やっぱり一筋縄ではいかないよ、キョーコちゃんは。


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