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FOOL 4

東京に来て、かれこれ2年余り。
仕事場との往復ばかりで遊ぶ為に出かけるという習慣のない私にとって、東京という街は未だに馴染みがなく土地勘もない。それでも立ち並ぶビルがだんだん少なくなっている事から、車が都心を離れているという事は分かった。

「一体何処に行くんですか?」
何の説明もなく連れ出された身としては至極当然と思える質問に、敦賀さんは少し困ったような笑みを浮かべた。
「最上さんに場所を言っても、多分分からないと思うよ」
「確かに私は東京の地理には疎いですけど」
「ああ、そういう意味ではないんだ。具体的に何処と言えるほどの場所ではなくてね」
……と言うと……
「名前を言えばすぐに分かるようなメジャーな所ではないということですか?」
「メジャーどころか、数年前の今頃に偶然通りかかったという程度の場所なんだ。今日はロケ先の都合で、急にスケジュールに空きができてね。君と一緒の時間を過ごせたらと考えた時、そこの景色を思い出した」

信号が黄色から赤へと変わり、車が緩やかに停止した。敦賀さんが助手席にいる私へと顔を向ける。
「突然の誘いにも関わらず、君がOKしてくれて嬉しいよ」
「敦賀さんのお誘いを断るなんて大胆な事、私にできるわけがありませんから」
「その割には条件付きの了承だったけどね?あれは君にとって大胆な要求ではないのかな」
「あ、あのセリフは敦賀さん流に言ってみただけですっ。ご自分の言動についても少しは振り返ってみてください!」
「俺の言動に、何か差し障りでも?」
敦賀さんは済ました顔で言うと、前を向いてアクセルを踏み込んだ。そのしらばっくれっぷりに、ジトリと敦賀さんの顔を睨めつける。

「最近の敦賀さんの言動は、傍から聞いたらほとんど口説き文句じゃないですか」
「へぇぇ、口説かれているという自覚はあるんだ」
「いいように遊ばれているという自覚だけは、めいっぱいあります!」
「全く……君も頑固だなあ」

くすくす、くすくすと敦賀さんが笑う。やっぱりからかわれているんだと思うと、口惜しいのと同時に胸の奥がつきんと痛んだ。
なぜこんな風に悲しい気分になるのか……それを深く考えるのは、少し怖い気がした。


「わぁ……見事ですね…!」
ピンク色に染まった並木道に目を奪われる。重みで枝が折れてしまうのではと心配になるほどに、今が盛りとばかりに花をつけているのは牡丹桜。

「花見と言えばソメイヨシノが一般的だけど、満開の頃には休みがとれなくてね。少し遅れての花見を楽しみたいと思ったんだ。咲き始めているだろうと当たりをつけては来たものの、丁度見ごろで良かった」
風に揺れている鈴なりの花の横で、敦賀さんがふわりと微笑む。

「本当に今が満開ですね。とても綺麗……」
それほど広くはない道の両脇に植えられた桜は、まるでアーチのように空を覆っている。花を見上げて歩き始めたら、サラサラと水が流れるような音が聞こえてきた。

「水の音ですか……?」
「ああ、近くに川があるんだ」
敦賀さんはおいでとばかりに私に手招きをして、桜の木と木の間を通り抜けた。その背中を追った先には――

「…う…わぁ……」
人の背丈ほどの小さな土手。その下に川が流れていて、輝く水面でもまた牡丹桜が競い合うように咲き誇っていた。零れ落ちるほどの勢いで咲く土手の上の桜と、それを受け止めるかのように悠然と咲く川の中の桜。思いがけない光景に、思わず息を飲んだ。

「道路側とはまた違った趣があるだろう?」
「はい!凄く、凄く素敵ですっ」
キラキラと光るピンク色の水面では、小さな妖精達が跳ねているようでワクワクしてくる。この土手の木の枝から、水中の木の枝へと飛び降りて遊んだりしているのかしら。そう思って近くにある木を振り仰いだ時、背中からグラリと浮く感覚に襲われた。

落ちる…っ!

……と、覚悟した次の瞬間には、私の身体を支えてくれる確かな腕があった。
「気をつけて。大した高さの土手ではないとは言え、頭から落ちたら危ないよ」
「す、すみません、敦賀さん。ありがとうございます。上ばかりを見ていて、下が斜面になっている事をすっかり忘れてました」
「最上さん。君は生身なんだから心は飛べたとしても、身体までは飛べないんだからね?」

すっかりお見通しの発言に、赤面する。でも、こんなに綺麗な景色なんだもの。花の陰に小さな姿を探してしまうのは、無理もないと思うのよ?
伺うように、敦賀さんの顔をチラリと見た。

「左足首の骨にヒビ、同じく左足に打ち身、顔に引っ掻き傷」
淡々と過去の怪我について羅列する敦賀さんに、ギクリと身体が強張る。
「その内の一つは俺にも責任があるとは言え、もう少し注意しないと。芸能人は身体が資本だろう。ましてや君は女の子なんだから」
「は、はい…っ」

なんとか返事はしたものの、頬がピキピキと引き攣る。顔の傷が引っ掻き傷だなんて、なぜそう断定できるんだろう。私、仕事上でできた傷としか言ってないのに。ど…どうかこれ以上、問い質されませんように……!

「それに……」
「はいっ!?」
バクバクと飛び出しそうな心臓を、思わず右手で押さえた。その手を敦賀さんに掴まれる。
「この右手も痛めていただろう?」
「………!」
敦賀さんに話せば仕事をする上での自覚が足りないと怒られそうだから、黙っていたのに。

「ご存知だったんですか?」
「君が言いたくなさそうだったから、特に聞きはしなかったけどね」
「私、右手を庇って演技が不自然になっていたんでしょうか……」
未緒は活発な役ではないし、大きく右手を動かすような演技はなかったから、大丈夫だろうと思っていたんだけど……。

不安にかられた私の手を、敦賀さんがギュッと握った。
「大丈夫、仕事上は問題なかったよ。緒方監督もリテイクを出さなかっただろう?」
「ではなぜ敦賀さんは気が付かれたんですか」
「見ていれば分かるよ。君の様子がいつもと違うって事ぐらい、簡単にね」
あんなに敦賀さんの前では通常通りを心がけていたというのに、バレバレだったなんて……!

「敦賀さんは鋭すぎます」
「むしろ君が鈍いんだよ、最上さん」
「たっ、確かに私は怪我が多くて、反射神経が鈍いのかもしれませんが……!」
「俺が言っているのは身体ではなくて、心の方」
「え……?」
「少し歩こうか」
意味が分からずに聞き返そうとした私に構わず、敦賀さんが歩き出した。つられて私も数歩を踏み出す。

「あ、あのっ」
「何?」
「この手…もう離して頂いても……」
私の右手は敦賀さんの長い指に絡め取られたままで、お陰で敦賀さんが歩けば私も当然引っ張られる形となってしまう。

「こうやって手を握っていれば、土手を転げ落ちる事もないだろう?」
「いくら私でも、二度も三度も落ちかけるようなマネはしませんっ」
「じゃあ桜に見蕩れた俺が足を滑らさないように、君が手を繋いでいてくれる?」
にっこりと微笑むその笑顔に、どこかしたたかさのようなものを感じるのは気のせいではないはず。だけど、一度助けられた身としては断る事もできない。

「分かりました。今度は私が敦賀さんを守って差し上げます!」
繋いだ手を力いっぱい握ってブンブンと勢いよく振ると、敦賀さんがプッと噴き出した。
「まるで小学生みたいだね」
「だって本当に小学生以来なんですから、手を繋いで歩くなんて」
「ふぅーん、そうなんだ」
少しばかり拗ねてぶっきら棒に言うと、なぜか嬉しそうな敦賀さんの声が返ってきた。

「じゃあ、たまにはいいんじゃないかな。綺麗な景色を見ながら、無邪気に手を繋いで歩くなんて言うのも」
優しい言葉の響きに導かれて敦賀さんを見ると、私を見つめる瞳と目が合って、トクンと心臓が音を立てた。なんだか急に恥ずかしくなって、思わず下を向く。

「そ、それに、あの……約束…でしたし……」
「うん…そうだね」
握った手に、キュッと力が込められた。

足元では鮮やかな緑色をしたクローバーが、所狭しと春を謳っている。顔を上げると、赤みが差してきた空に、ひらひらと桜の花びらが舞い踊っていた。

繋がれた手から伝わってくるのは、柔らかな温もり。流れるような牡丹桜のアーチの下を、ふわふわとした心地で敦賀さんと二人、歩き続けた。


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