何やら分かりにくいタイトルですが、「I LOVE YOU を訳しなさいバトン」3本目となります。キョーコ視点で、1年後の話。4話程度で終わる予定です。
「I LOVE YOU を訳しなさい」
それは他愛のない言葉遊びだった。にも拘らず、その答えを見つけたいと本気で思ったのは、役者として、そして一人の人間として成長するために不可欠だと感じたから。
あの人なら、どんな風に意訳するんだろう……
ふと頭に思い浮かんだのは、尊敬する先輩の顔だった。
「笑って欲しい、かな」
そう答えてくれた人が、時々苦しそうな瞳をしている事に気が付いたのはいつ頃だっただろう。最初のうちは考えすぎだと思っていた。なぜなら私と目が合うと、あの人はそんな表情を綺麗に消し去って笑いかけてくれたから。
あなたは何を思っているんですか?
何を悩んでいるんですか?
私にできる事はありますか……?
聞きたいことはたくさんあるのに、柔らかな笑顔に阻まれて言い出すことができない。だけど少しでも理解したくて、彼の何気ない仕草や表情にも注意を向けて、考えに考えて……。どうしてこんなにも気になるのか、自分でも不思議になぐらいにあの人の事ばかり思うようになって。
そして知ったのは、あの人の気持ちではなく――私の気持ちだった。
「こんにちは、最上さん」
いつもの人当たりの良い微笑を浮かべて、敦賀さんが部室のドアを開けた。
「すみません、お呼び出ししてしまって」
「いや、俺も丁度事務所に用事があったし、君からのお誘いならいつでも喜んで応じるよ」
お上手ですねと返したくなるそつのないセリフも、この人が言えば様になるし本当に喜んでくれているように見えるからある意味性質が悪い。こんな何気ない言葉にこの数ヶ月、どれほど心を揺さぶられてきた事だろう。
「それにしても珍しいね」
「何がですか?」
「いや、君が俺に用がある時は、マンションに来るパターンがほとんどだろう?ひどく差し迫った表情で、『突然伺って申し訳ありません!演技の事でお聞きしたい事があるのですが!』ってね」
「ず……図々しくも騒々しい後輩ですみません」
「いいよ。別に気にしている訳ではないし、君は飲み込みが早いから俺も教えがいがある」
お盆を胸に抱え、冷や汗混じりに深く頭を下げると、敦賀さんは晴れやかな声で言った。
「それに他の『先輩』の所に駆け込まれたりしても困るしね」
「え……」
意味有り気な言葉に顔を上げると、敦賀さんは済ました顔で私の出したお茶を口にしていた。聞き間違いかと思うほど余りにも平然とした様子に、むしろ私が敏感に反応しすぎなのだと悟り、余計な雑念を吹き飛ばそうと首を振った。
「いくら私でも何人もの先輩方の所に伺ったりはしません。そんな事をしていたら、『非常識女優』のレッテルを貼られてしまうじゃないですか」
動揺した心を隠して何事もない風を装って言うと、敦賀さんがくすりと笑った。
「そうかもしれないね。不名誉なレッテルをあちこちに何枚も貼られてしまうよりは、一枚に抑えておいた方が賢明だ」
「そんなレッテルなんて一枚もないよとは言ってくれないんですか?敦賀さん」
口を尖らせてささやかな反論をすると、敦賀さんは小さく首を竦めた。
「そんな慰めを言ったところで、君の為にはならないだろう?まあ、一枚ぐらいは十分許容範囲だから、心配しなくて良いよ」
何がどう許容範囲なのか……聞きたいところではあるけれど、なまじ敦賀さんには多大なる迷惑をかけてきたという自覚があるだけに、下手に突っ込んで地雷を踏む勇気がない。
チロリと顔色を伺うと、視線がぶつかった先で敦賀さんが微笑んだ。
「だからね、来るなら俺の所にだけおいで」
――ああ、地雷ではなくて爆弾だ……!
敦賀さんは顔色一つ変えずに、心臓を直撃するような破壊力のある凶器を落とす。その言葉の意味するところが何かを見極めようとすればするほど、間違った答えに行き着くようで怖くて仕方がない。自分に都合の良い、思い上がりも甚だしい答えを。
……でも、そんな空回りはもう終わりにしなければ。
グッとお腹に力を入れて、息を一つ飲み込んだ。
「いえ…せっかくのご好意ですが、これからは演技の相談の為に敦賀さんのお宅へ伺う事はないと思います」
敦賀さんの切れ長の目が、大きく見開かれたのが分かった。