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「だるまや」と暖簾を掲げた、大通りに面した居酒屋。

その店内でキョーコは女将からお盆を受け取ると、顔見知りの常連客のいるテーブルへと足を向ける。どうぞと慣れた手付きでビールの中ジョッキと焼き鳥の盛り合わせをテーブルに置いた時に、「キョーコちゃん」と声を掛けられた。

「はい、追加のご注文ですか?」
キョーコが訊ねると、馴染みの客は「そうじゃないんだけどさ」と笑みを浮かべる。

「実は今まで言えなかったんだけど……」
「はい?」
「俺、ずっとキョーコちゃんの事が好きだったんだ」

告げられた内容にキョーコは息を呑むと、ふぅと悩ましげな溜め息を付いた。

「お気持ちは嬉しいんですが……」
「もしかして、俺のこと嫌い?」
「とんでもありません!ただ、ちょっと困っている事がありまして」
「何?」
「実は好きだって告白されたの、今日はもう三度目なんです」

ニコリと笑って言うと客は一瞬目を見張り、次には噴出すように笑い始めた。

「そ、そうかぁ、それは困ったね。勿論、俺が一番好きなんだろう?」
「それが、皆さん素敵な方なので迷っているんです」
「ちなみに他の二人って、どんなヤツ?」
「お一人はあちらにいらっしゃる方なんですけど……」

そう言って、キョーコはカウンターで大将と話をしている男性に視線を送った。20代後半ぐらいのサラリーマンで、こちらもだるま屋に何度も顔を出しているお得意サマだ。

「ああ…大丈夫、彼なら俺の勝ち」
一瞥して即座に判断する男に、その根拠はどこにあるのかしらと思いつつ、キョーコは曖昧に笑う。

「それでもう一人は誰?」
「え…と、お世話になっている先輩です」
「学校の先輩?青春だなぁ」
「あはは…そうですか?」

本当は「学校の」ではなく「芸能事務所の」なのだが、わざわざ訂正する必要もない為、キョーコはあえて流した。

「ちなみに、どんな先輩なの?」
「凄く人気のある人なんです。格好良くて優しくて、魅力と才能に溢れた人……」
「へえー、それは凄いね。校内のアイドルってヤツかな?」

ニュアンス的にはそんな感じだけど、でも敦賀さんにアイドルと言う単語は似合わないかも……と常日頃から落ち着き過ぎる程の雰囲気を醸し出している蓮の姿を思い浮かべて、クスリとキョーコが笑う。

「おや、なんだか意味深だな。その男の事すごく褒めてるし、もしかして本命?」
「ち、違いますよ!私じゃあまりにも釣り合わない人なんです!例え嘘や冗談でもあの人に告白されたなんて知られたら私、外を出歩く事もできなくなりますっ!」

真っ青になって言うキョーコを見て、男は「それはそれは」と可笑しそうに話を続けた。

「じゃあ下手にバレたりしたら大変だ。学校に行けなくなって、転校の手続きをとるようだね」
「とんでもない!学校どころか日本中どこにもいられなくなるので、パスポートの申請手続きをとる事になりますっっ!」

そんな事になったらどうしようと本気でガクガクブルブルと震え出したキョーコに、「パ…パスポートッ…!」と常連客は肩を震わせて笑う。

「よし、わかった!じゃあ、キョーコちゃんがその先輩とやらに告白された事は内緒にしておいてあげるよ。君が国外逃亡したら、だるま屋さんに来る楽しみが減るからね」
「そうしていただけると助かります~~」

キョーコはあははと照れ笑いをするとペコリとお辞儀をし、カウンターへと踵を返した。



はあぁぁぁ…………

店の手伝いが終わり自分の部屋に戻ると、キョーコは大きな溜め息を付いた。

(ここのお客さん相手なら、すぐに冗談だって分かるし適当にあしらう事もできるんだけど……)

それにしてもいくらエイプリルフールとは言え、三回も愛の告白とやらをされるといい加減、嫌になるわよねっ。そんなに私ってカモに見えるのかしら!……とキョーコはむっすりとしかめ面をした。

―――騙されやすいお前なんてイチコロだ。

突如脳裏を過ぎったのは、気に入らない事この上ない男の、限りなく腹立たしい言葉。

「……っ!余計なお世話よ!!」
キョーコは壁に貼った宿敵のポスターに、ドンと拳を振り下ろした。

「アンタに言われなくたって、よぉぉく分かってるんだから!」

叫んだその勢いとは裏腹に、打ち付けた拳はずるずると壁を伝い、力なく下へと落ちていく。キョーコは畳の上にペタリと座り込むと、壁に頭をつけてうな垂れた。

「分かってる……のに……」

愛とか恋とか、そんな当てにならないものを信じる事はとっくに諦めたはずなのに。それなのにどうしてあの人の言葉にこうも翻弄されるんだろう。

尚のポスターの横に貼ってあるもう一つのそれを見ることもできず、キョーコは動揺する自分に蓋をするように目を閉じた。

―――最上キョーコさん、俺は君を愛しています。

瞼の裏の暗闇の中で、自分の手をとり告白をする蓮の姿が鮮やかに浮かび上がり、キョーコはポンッと顔を赤くした。

(か、簡単に嘘や冗談でこういう事を言う人ではないと思うんだけど…っ)

「好き」ならまだともかく、「愛している」だなんて……。

どう考えても、あの告白が真実だと言う方が、現実離れしていてあまりに嘘っぽい。やっぱり冗談だったのよ、とキョーコは可能性が高いと思われる答えを導き出す。

(敦賀さんは演技に対して常に真剣なんだもの。あんなお遊びでもきっと手を抜いたりはしないんだわ)

全く人騒がせにも程がある。

何事も程々にして欲しいものだと、キョーコは腕を組んでうんうんと自分の考えに頷き、更に思考を広げる。

そうよ、どうせ実行するなら私なんかじゃなくて他の人にすればいいのに。嘘でもいいから「敦賀蓮」に告白されたいと思う女性は、日本中にいるのだから。

熱を帯びた眼差しで、艶のある声であの人が愛を伝えたなら、それがひと時の幻と分かっていても幸せを感じる女性は数知れないはず。

私だって……時々出現する夜の帝王で告白されたなら、ドギマギしながらもこれはいつもの冗談なんだって簡単に割り切れたのに。

心の奥底まで縛り付けるようなあんなに強い眼差しで……時間を置いての返事を求められたりしなければ、こんなに動揺したりはしなかったのに……

「キョーコちゃん、ちょっといいかい?」
「はっ、はいぃいっ!」

襖を叩く音と共に聞こえた声に現実世界に引き戻されて、キョーコの身体がビクゥッと跳ねる。後ろを振り返ると、心配そうに自分を見る女将と目が合った。

「なんだか驚かせてしまったようだけど、大丈夫かい?」
「は、はい。ちょっと考え事をしていただけなので。女将さんこそ、どうされたんですか?」

時計を見れば、まだ10時半。キョーコは年齢的な制限もあり10時には手伝いを切り上げざるを得ないのだが、居酒屋としてはまだまだ客が多く、女将も店を離れられないはずの時間帯だ。

「いやね……これ、いただき物なんだけど良かったらどうだい?」
「え……?」

女将から手渡されたのは、20センチ程の大きさの六角形の缶。その中に詰められていたのは、小さなクッキーだった。

「わあ、美味しそう…!いただいてもいいんですか?」
「私もあの人も甘い物はあまり食べないし、キョーコちゃんがこういうのを好きなら食べてもらった方がいいからね」
「ありがとうございます、喜んでいただきます!」

にこっと笑うキョーコに、女将が柔らかな眼差しを向けて切り出した。

「今日は、悪かったね」
「え……?」
「お客さんに絡まれていただろう?キョーコちゃんなら上手い事かわすだろうと、手に負えなくなるまではと見守っていたんだけどねえ」

思った通り難なくあしらってはいたけど、それでも良い気はしないだろうから……と申し訳なさそうに告げる女将に、キョーコはふるふると首を振った。

「いえ!あれぐらいどうって事ないです!酔った勢いでのお戯れだって、最初から分かっていましたから」
「そう言ってもらえると助かるけど……お客もキョーコちゃんが可愛くて、つい構ってしまうんだろうし。それにしてもエイプリルフールだとか何とか……私などは古い人間だからよく理解できないけれど、嘘を付いてもいいだなんてあまり良い風習とは思えないねぇ」
「あはは……そうですね。私なんて今も昔も騙される方専門ですから、あまり喜ばしくはないかもしれません」

つい本音を吐露するキョーコに、女将は少し困ったように微笑んだ。

「騙す方に回れとは言わないけど、キョーコちゃんは何事も真っ直ぐに受け止めてしまうからちょっと心配だよ。……特に男の人が相手の時には用心しないと」
「え……?」
「甘い物でも食べてリラックスして、よぉく自分の心に聞いてごらん?相手の言葉に振り回されたりせずにね」
「お……女将さん……」

さてと、と畳に手を付いて立ち上がると、女将は自分を見上げるキョーコに微笑んだ。

「それじゃあ、私は店に戻るから…キョーコちゃん、いい夢を見るんだよ…お休み」
「は、はい。お休みなさい……」

女将は軽く小首を傾げるように頷くと、トントンと小さな音を立てて店へと続く階段を降りて行った。

「女将さん、お仕事中なのに来てくれて……心配をかけてしまったのかな……」

気にしないようにと思ってはいたんだけど、とキョーコは小さく息を吐いた。

「明日の約束」がどうしても心に引っかかり、店を手伝っている間もそれが完全に頭から離れる事はなかった。仕事はどうにかこなしはしたものの、手が空いてはぼうっと考え事をするという事を繰り返していたような気がする。

情けない、と無意識に拳を握ろうとして、当たった冷たい金属の感触に視線を落とす。

「女将さんからのクッキー……」

―――甘いものでも食べてリラックスして……

先ほどの穏やかな女将の言葉に導かれるように、小さな花を模したそれを一つ手に取り口へと運ぶ。

「美味しい……」

―――自分の心に聞いてごらん?相手の言葉に振り回されたりせずにね……

さくりさくりと口内に広がる甘みは、キョーコの舌の上で染み入るように優しく溶けた。

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