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YESかNOか、考えて欲しいと彼は伝えた。
どちらに転んでも彼女を捕まえられるように、わざと答えを次の日に持ち越させて。

例え嘘でも自分を選んではくれなかった憎らしくも愛しい少女に、自分で頭の中をいっぱいにして欲しくて、自分の事だけを考えて欲しくて。

そんな子供じみた欲求を抑える気すらなく、その願いは余りにも切実で……だからこそ彼は決心せざるを得なかった。

もしそれが叶わない時には、これまで作り上げた世界を変えてしまうしかないと―――


「蓮のこんな表情が撮れるとは、今日はラッキーデーだな」

契約ブランドの専属カメラマンに上機嫌で言われ、蓮は肌に纏わりつく乱れた髪をざっくりと掻き上げると、小さな動揺は綺麗に隠してふっと口角を上げた。

「あまり本意ではない褒められ方ですね。ファインダー越しの俺はどう映りました?」
「そうだな……凍てつく真冬に煌くような、儚ささえ漂う張り詰めた美しさ、とでも言っておこうか」
「真冬…ですか」
カメラマンの抽象的な表現に、クスリと蓮が笑う。

「俺はどうやら表現を間違えたようですね。既に桜の花も散り、若葉が映える季節だと言うのに」

まだ時間もあるし撮り直しますかとうそぶく蓮に、カメラマンは意味ありげな笑みを浮かべた。

「そう警戒しなくてもいいだろう。俺としては欲しい絵が撮れればOKで、それ以上の事には興味ないからな」

今日はこれで終了だと蓮に背を向けたカメラマンは、アシスタントに指示をしながら仕事道具を片付け始める。蓮は溜息を一つ付くと、スタッフに挨拶をして壁際で待機していた社と共にスタジオを後にした。

「思ったよりも早く終わったな」
「彼の満足のいくものが撮れたという事でしたからね。ただ、それが俺らしくない表情と言われると少々複雑ですが」
「俺も普段のお前と変わらない仕事振りだと思ったんだが、相手は一瞬を切り取ってそれを選り抜くプロだ。カメラを通して見えてくるものがあるのかもしれないな」
「そうですね」

(儚くも張り詰めた美しさ、か……)

仕事にプライベートは持ち込まないと常日頃から信念を持っている蓮だが、その意思に反していつの間にか感情が漏れ出ていたのかもしれないと思うとひどく悔しく、自身に対して憤りのようなものさえ感じる。

「俺はまだプロとしての自覚が足りないようです」
「おい、蓮……何でも自分の計算通りにこなそうなんて思うなよ」

呆れ声で言うマネージャーに、蓮は「え?」と驚き、同じ歩調で横を歩く彼の顔をまじまじと見つめた。

「お前としては不満が残るのかもしれないが、とにかく相手は満足してるんだ。全てに完璧を求めるな。そのうちに息が詰まるぞ」
「社さん……」
「まあ、無意識に出た素の表情を見破られて、ショックなのは分かるけどな」

さっくりと痛いところを付かれ、やはりこの人にも俺の情緒不安定は見破られていたかと気落ちする蓮に、社は更に言葉を重ねる。

「今日の仕事はこれで終わりだけど、お前にとっての本番はこれからだろう?それなのに、緊張一つしないって言う方が、返ってキョーコちゃんに失礼というものだぞ」
「ですが……高校生の少女相手に、余裕がなさすぎるとは思いませんか?」

力なく言う蓮に、二十歳やそこらの若造なんてそんなもんだ、むしろ普段のお前が達観しすぎているんだよ……と社は心の中で突っ込むも、数年来の付き合いでようやく垣間見られるようになった年相応の蓮の素顔に、微笑ましさすら感じる。

「高校生だろうが成人だろうが、本当に好きな女性が相手なら余裕なんてあるもんか。お前はそれだけ本気なんだろう?」
「……はい……」

素直に肯定する蓮に、彼が恋を自覚する前から見守り応援してきた社としてはなかなかに感慨深いものがある。長く逡巡していた彼の一大決心に、いつもの敦賀蓮像が多少ぶれたところでそんなものは全くの許容範囲、ノープロブレムだ。

「それにさ…」
にんまりと、社が少しばかり人の悪い笑顔を浮かべる。

「俺としてはキョーコちゃんの返事が気になって、いつも通りのポーカーフェイスが微妙に保てないお前も好きだったりするんだけどな」
「……社さんに好きだと言われても、あいにく俺はその気持ちに応える事ができないんですが」
遊ばれるのは御免ですよとばかりに、蓮が眉根を寄せて言葉を返す。

「当たり前だ。そんな背筋が寒くなる冗談言ってる暇があったら、キョーコちゃんにきちんと想いを伝える努力をしろ」
「言われるまでもありません」

ツンとむくれる蓮に噴出しそうになり、社は慌てて口元を手で押さえる。この一年で色々な側面を見せてくれるようになった担当俳優に、キョーコちゃん効果は凄いものだなと感心すると共に、だからこそ二人がうまくいって欲しいと心から思う。

「だったらこんな所でのんびりしていないで、キョーコちゃんに連絡したらどうだ?確か今日は彼女、午後からの仕事は入ってなかったはずだよな」

最近は蓮だけでなく、キョーコの予定まできっちりと把握しているマネージャーは、少しでも早く会いに行けと蓮をけしかける。

「そうなんですが、最上さんは9時まで下宿先の手伝いをすると言っていたので、俺の仕事が早く終わったところで簡単に時間を変えるわけにはいかないんですよ」
「なぁに言ってんだよ。元々はお前のマンションに10時に来てもらう予定だったんだろう?お前が直接キョーコちゃんの下宿先に迎えに行けば、1時間も早く会えるじゃないか」

蓮に発破をかけるように、社は彼の背中をパンと平手で叩いた。

「とにかく俺は電車で帰るからさ。いい返事をもらえるよう祈ってるよ」
じゃあなと手を振ると、社はさっさと関係者用の通用門へと向かい、その姿を消した。

「いい返事、か……」
蓮は公私において面倒見の良すぎるマネージャーの言葉を、ポツリと繰り返した。

それが期待できるようなら、こんな無理押しはしなかったんですけどね、とささやかな自嘲を込めて。


『モー子さん、敦賀さんに告白したの!?』

昨日のキョーコのその一言に、蓮の心臓が飛び跳ねた事を彼女は知らない。

嫉妬して欲しい……などとは流石に蓮も思ってはいなかった。

キョーコが蓮を恋愛対象として見ていない事などとうに知っている。深い敬愛の情と、大きすぎる尊敬の念。それ以上でも以下でもない、キョーコの蓮に対する想い。

しかし奏江が蓮に告白したことに対し、そんな無謀な事をして怒られはしなかったかとひたすら親友を案じるキョーコを見て、蓮は否が応でも自分の立ち位置を思い知らされずにはいられなかった。

社長から突きつけられた課題をこなすために、誰よりも憎んでいる復讐相手や、まだ少年である小さな俳優を頭に思い浮かべはしても、尊敬する先輩は選択肢に挙げることすらなく……キョーコの様子から察するに、おそらくは真っ先に除外したのだろう。

嘘でも冗談でも……本気でも……俺に告白をしようなどとは思いもしなかったのか。そう考えた瞬間、蓮の中で何かがプツリと切れた。

なんとしても俺を意識させてみせる、と心に深く刻み込んで。


帰宅ラッシュによる渋滞に悩まされることもなく、順調に目的地である公園に到着すると、蓮は車内で白く光る小さなデジタル時計に目を留めた。

「8時20分…か。最上さんは下宿先の手伝いをしている頃だな」

蓮はふと思い立ってエンジンを切り帽子を被ると、車から降りて大通りへと歩を進めた。車内で悶々と考え事をしながらキョーコの仕事上がりを待つよりも、時間潰しを兼ねて散策に出た方が精神衛生上良さそうだと判断したのだ。

公園を横切った先に見えるのは、様々な看板を掲げた店が立ち並ぶ繁華街。ここであの子は毎日生活しているのか……そう思うと、この初めて見る街並みに不思議なほど親しみが湧いてくる。

やっぱり俺は相当に重症らしいと苦笑いしつつ、蓮は高低差を埋めるために設けられた三段ほどの階段を上った。そのまま真っ直ぐに歩こうとして、目の端を過ぎった二つの大きな達磨の絵に足を止め、大きく振り返る。

看板と暖簾に書かれた達磨の絵と「だるまや」の文字。ああ、ここなのか……と蓮は誘われるように店の前へと歩みを進めた。

(あの子の事だから、笑顔を振りまいて一生懸命に手伝っているんだろうな)

何事にも全力を尽くすキョーコの姿が脳裏に浮かび、ふっと微笑んで踵を返したその時。

「おっと…!」
店に入ろうとしている客と思いがけずぶつかりかけて、蓮は咄嗟に身体を左方向へ避けて難を逃れる。すみませんと頭を下げてその場を離れようとした蓮に、中年の男が声高に話しかけてきた。

「ちょっと待った、兄さん。この店は初めてか?」
「え……はい」
顔が見えないよう、帽子のつばを下に向け、俯くようにして蓮が答える。

「ここの酒とツマミは美味いぞ。入る前に帰っちまうなんて勿体無い。どこで呑むか迷ってるんならここにしておけよ」
「いえ、俺は……」
「まあそう言わずに。袖振り合うも多生の縁って言うだろう?」

既に酔いがまわっているのか断ろうとする蓮に構わず、男は彼の背を押しながら引き戸をカラリと開けた。

「よおっ!新客を一人、店の前で捕まえたぞ。席に案内してやってくれ」
「はーい、いらっしゃいませ!…って、ええぇえっ!?」

驚きの余り目を見開いて固まっている少女に、蓮は「やあ……こんばんは」と少しばかり引き攣った笑顔で挨拶をするしかなかった。






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