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望まぬ邂逅

BJ編の短編となります。
コミックス派の方はお気をつけください。




「これは…偶然だな」

小さく呟くと、男はふわりとコートを靡かせて仲間が呼び止めるのも構うことなく、常にない速さで歩み出す。その先にいるのは、シャープな身体の線を隠すことなく、誘うように黒を纏う少女。何かの気配を感じたかのように彼女がピクリと身体を震わせるよりも先に、男の腕がその肩を背中越しに抱いた。

「どうした……そんな格好をして」

よく似合っているがな、と泣き黒子を有する男は耳元でクツリと笑う。予告なく突然背後から抱き竦められた女は動じることなく、スッと目を細めると冷ややかに言葉を投げた。

「……誰かと勘違いしてない?迷惑だし鬱陶しいから離れて」

紡ぐ言葉に特別な感情は見られず、思うまま、感じるままに事実のみを伝えている。灰褐色の髪の青年が知る少女の反応とは全く違う……だが、彼女を包む香り立つような霊気は彼にしてみれば間違えようのないものだった。

「つれないな。俺がお前を間違えるとでも思っているのか?」
「あいにくアタシは、あんたみたいに軽薄な男に知り合いはいないし興味もないの」
「軽薄とは心外だ。俺が欲しいのはこの世でたった一人の女だと言うのに」

少女を抱いていた腕が彼女の身体を這うように腰から肩へと移動する。長い爪を宿した指が光沢のある上着の襟を掴むと、背中へ向けてそれをグイと引き下ろした。

暴かれた陶磁の肌の上を踊るのは、メッシュの入った長い髪。邪魔なそれを片手で押さえ、肩甲骨の上を指でスルリとなぞると、そのまま首筋までゆっくりと上に移動し一筋の線を描く。うなじで止めた人差し指を同じ場所で数度叩き、青年は口角を上げ妖しく微笑んだ。

「ほら、ここに残っている。以前俺がお前に触れた証だ……覚えているだろう?」
「……っ!?」
「避暑地の林の中で、こうして、な……」

ビクリと震えた少女の肩に悪戯を仕掛けた青年は愉快そうに目を細めると、形の良い唇を弾力のある柔らかな肌へとゆっくりと近づけた。

「何をしている……」

覚えのある獰猛な気配とそれを隠すことなく発せられた憤りに満ちた声に、男は動きを止める。再度の妨害にまたかと眉を顰めるが、いやこれは必然かと小さく息を付いた。

愚鈍な人間でさえも惹きつけるであろう、安易なほどに『女』を前面に押し出したコーディネート。吸引力ばかりが高く、防御力は相変わらず低いままのこの娘を、あの男が黙って放置しておくわけがない。

今にも噛み付かんばかりに殺気を漲らせている獣を一瞥すると、青年は今はリスクを犯すべきではないと判断し、薄笑いを浮かべて獲物をあっさりと解放した。

闇を支配する男は己へと伸ばされた白い腕を取り、他の何よりも大事なその存在を引き寄せ胸に抱くと、殺戮者の如き剣呑な視線を得体の知れない要注意人物へと向けた。手を出すなら容赦はしないと、狂気さえ滲ませた暗い瞳が釘を刺す。

「……本性そのまま、だな。何の余興かは知らないが、いつもの善人面より余程アンタらしい」
「………失せろ……」
「今日の所はそうさせてもらう」

妖麗しいと造語をもって評される男は逆らうことなく同意すると、既に自らの手から放たれた、唯一と定めた少女に悠然と微笑む。

「またな……キョーコ」

立ち去る男から投げかけられた言葉に、今は違う名を持つ少女は「気味の悪い男」と素っ気無く呟くと、最愛の護り手を見上げ、固い蕾が花開くように相好を崩した。



「珍しいな、お前が女に自分から声を掛けるなんて」

例の赤頭巾ちゃん以来、少しは生身の女に興味が出てきたかと問う悪友に、獲物を逃した捕食者はむっすりと答える。

「俺が欲しいと思うのはアレだけだ。他の女などに興味はない」
「え…っ…と言う事は、もしかしてあの子、不破の幼馴染か!?」

驚いて振り返るも、既にそこに大男と少女の姿はない。

「プロモの天使の時にもまさかと思ったが……本当に化けるな」
「あの程度で驚くな。アレは磨き方によってはお前でさえ身震いするような存在になる」
「ふぅん……なんとなくお前が執着する気持ちも分かってきたような気がするけどね」
「……分かったところでやらんぞ」
「いや、俺はごく普通の可愛い女の子で充分だから」

長髪の青年は肩を竦めると、そう言えばと話を変えた。

「お前からあの子を奪っていった男……カイン・ヒールとか言う俳優らしいぞ。正体不明の悪役とか言っていたな」

映画のスタッフらしき男が話していたと説明する気の置けない友に、男はクスリと笑みを漏らす。

「正体不明……?目の見えない輩が世の中には多いらしいな」
「誰だか分かるのか?」
「あんな凶暴極まりないオーラを発している男が、この世に二人といるものか」
「……もしかして、軽井沢で邪魔をされたと話していたあのライオンか……?」

かつて獰猛な獣の過去を覗き見た男は、問いに答える代わりに整ったかんばせを不快そうに歪ませる。

「全く……俺と同じか、それ以上にアレに固執しているから不破より余程厄介だが……まあ、それも一興か……」

あれほどのモノが簡単に手に入るわけもない―――

諦念の溜め息を付き、今日はもう疲れたから帰るなどと子供のような駄々を捏ねるボーカルを、彼を音楽の世界に巻き込んだ男は慣れた調子で宥めすかし、本来の目的であるスタジオへと連れ立って行った。



控え室のドアを閉め鍵を掛けると、異性を挑発するかのような容姿の少女は、肩を抱いたままの黒尽くめの男を上目遣いに見上げる。

「兄さん……お願いがあるんだけど……」
「何…?」

鈴が転がるような声の主に向ける男の眼差しは慈愛に満ち、先ほどまで鎧のように纏っていた闇の気配は綺麗に消えていた。

「首の後ろの……」
言いかけて躊躇うも、このままうやむやにしておくのは気持ちが悪いと思い直す。

もしかしたらあの魔界より生まれ出でし男が、通常では考えられない技により己の身体に消える事のない贄の刻印をつけたのかもしれないと……そう考えるとあまりにおぞましく、男と対となる少女は勇気をもって再度口を開いた。

「あのね、首の後ろの方を見て欲しいんだけど……」

スルリと上着を脱ぎ、長い髪を左手でまとめて一方の肩に寄せると、きめの細かい柔らかな肌が顕になった。曝け出されたうなじの滑らかな線に兄と呼ばれた男は一瞬息を飲んだが、しかしそれと気づかれぬよう小さく息を吐いて呼吸を整える。

「この辺なんだけど、何かある……?」
細い手が撫でたのは、襟首の若干右寄りの辺り。

「何か、とは……?」
「た…例えば痣があったりとか、色が変わってたりとか……見て分かるような印のようなものが……ある……?」

歯切れの悪い少女の言葉に、眉をひそめた男の瞳が変化をきたす。柔和な光が消え、剣呑な様相を帯び……それは『ヒール』という名に相応しい闇色の激情を秘めたものだったが、それを宿す意識は別人のものだった。

「見たところ何もないようだが……こんな所に痣が残るような事を誰かにされたのか……?」

きつく問い詰めたい衝動を俳優としての矜持が押さえ、演じるべき役の顔を取り戻して、なんとか自制を計る。

「何もない?ホントに…?良かった……!」

一見、世の中の全てを斜めに見ているかのような印象を与える少女は、本来の素直さで男の前半分の言葉に安堵すると、ほうっと大きく息を付いた。くだらない嘘で騙そうとするなんて、あの魔界人は本っ当に性質が悪い……などとブツブツと零す無防備な身体を、黒い手袋を嵌めた大きな手が乱暴に引き寄せる。

「に、兄さん……?」

素の自分が思わず出てしまった事に気づき、それを咎められるのかと恐れる少女の呼びかけを無視して、男はもたれ掛かるように彼女の肩へと顔を寄せた。

熱い吐息が首筋を掠め、少女がくすぐったそうに首を竦める。反射的に身体を捩ろうとしたが、それが許される事は叶わず、彼女に次に与えられたのは火傷をしそうなほどの熱を持つ、強い圧迫を伴った刺激だった。

うなじに張り付いた柔らかな感触に皮膚が吸い上げられる。抵抗をしようにも、バランスよく筋肉のついた腕に細身の身体はがっちりと囚われていて、身動きなど到底できるものではない。

当てられた唇は離される事なく、水気を含んだ舌が接触している箇所を蠢くようになぞり、少女の肌がゾクリとざわめく。

「にい…さ…っ」

弱々しく自分を呼ぶ少女の首筋が羞恥に赤く染まるのを確認した男は、甘やかな肌を更に強く吸うと、音を立てて唇を離した。ふるふると小動物のように震えるかよわい肩に手を置いて、不埒な男は陶然と微笑む。

「ああ…すまない。痣も色もついていたな……見落としていた」

まるで華のようだと愛おしげに指でなぞり上げると、兄さんっっ!と少女が非難の声を上げた。

「ついていたなって…い、今っ、兄さんが…っ」
「俺が…何…?」

狂おしくも愛おしい娘の身体を、正面に向かい合わせて問いかける。どうしてこうもやる事が突飛で容赦がないのっと涙目で訴える『妹』の外の少女の意識に気付かない振りをして、『兄』は彼女の髪を一房掬い上げるとサラリと手の内で滑らせた。

「俺に何か言いたい事でもあるのか?」
「あるのかも何も、言いたい事だらけよっ!」
「そうか、それは良かった。俺もお前と話すのは楽しい」

嘘偽りなく心からそう思っているんだと語りかける無垢な眼差しに、アタシだって楽しいけど…とつられて思うも、本題はそこではないからっと被害者である少女は慌てて本筋へと思考を戻す。

「とにかく兄さんっ」

言いかけたところに、控え室のドアがコンコンと二度ほど叩かれた。スタッフが準備が整った事を知らせにきたのだろう。その控えめな音に、公私共に冷酷な印象を与える謎の俳優への畏怖の念が読み取れた。

「残念だが時間だ。俺も色々と聞きたいことがあるから、ホテルに帰ってからじっくり話す事にしよう」
「……分かったわ」
「但し……話をするのは『セツ』ではなく『最上さん』とだけど…ね……?」

最後に瞳を覗かれるようにして語られた言葉は明らかに兄のものではなく……演技をする事に対して真摯な彼がその仮面を外す事の意味に直感的な恐怖を抱き、数歩後ずさりをするも既に彼女には実質的な逃げ場はなかった。

世に類まれなる俳優は彼の演じるべき男の空気を瞬時に纏うと、夜の来訪に恐れおののく少女に「行くぞ」と声をかけ、その腰を優しく引き寄せた。


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