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正当な権利 後編

普段のキョーコちゃんは元気いっぱいで明るくて、そんな素振りは見せないからつい失念しがちだけれど。

未成年でありながら自分の稼いだ給料で高校の学費や養成所の授業料を払い、下宿代も出しているのであろう彼女の生活はあまりにもハードなもので、蓮の好意がどれほどの精神的な負担を彼女にかけてしまっていたのかが、流れ落ちた涙から伺えた。

一方、二十歳やそこらの年齢で外車に乗り、常に一流のブランドを着こなしてマンションのワンフロアを借り切って生活している男など、彼女からすれば別世界の人間に見えることだろう。生活環境の違いというものは、実際大きいと思う。

蓮とて悪気があったわけではない。むしろその反対で、キョーコちゃんが愛しくて仕方がなくて出てしまった行動だ。

どうしたものかと壁に背を預けて立っている蓮に視線を向けると、位置的に彼女の顔は見えないものの、その想いは伝わったらしく、苦しげに眉根を寄せている。

自分に非がある事を認めてはいるようだが……それにも関わらず、一歩たりとも動く気配がない。どうやらこの件に関して、蓮は引く気がないようだ。

『敦賀蓮』らしくない頑固さ。

だが、ここではっきりと「もう何も買わない」と約束をしたならば、蓮はこれから先、彼女に手を差し伸べる事は難しくなるだろう。直接に現金を渡すようなマネはしないにしても、例えば服一着、バッグ一つでも、あれば幾らかの経済的な援助にはなるはずだ。

一般人ならともかく、芸能人としてこの世界で生きていくならば、服装一つにしても細かく気を配る必要がある。『京子』というブランドの価値を上げるなら、それなりの出費は必要不可欠だ。蓮が贈るものなら間違いなく質の良いものだし、貰っておいて損と言う事はない。

正直なところ、こんなまどろっこしいマネをしてないでさっさと告白すればいいだろうと心の底から思うのだが、ここで吼えたところで直接の解決策には結びつかない。それに例え恋人同士になったとしても、蓮からの大量のプレゼントを何の躊躇もなく受け取るような子ではない気がする。

まあ――仕方がない。

「キョーコちゃん……」
ポケットから取り出したハンカチを、彼女の濡れた頬にそっと当てた。揺れる瞳に俺の姿がぼやけて映る。

「あのね……俺、実はこう見えて結構高給取りなんだ」
「ふぇ?」

何の話かときょとんとしているキョーコちゃんに、穏やかに笑いかけて話を続ける。

「芸能界一の人気を誇る俳優のマネージメントなんてしていると、忙しいのと比例してそれなりの給料が貰えるんだ。同じ年代の人間と比べれば、かなりなものじゃないかなと驕りではなく自負しているよ」
「は……はあ……」

なかなか使う暇もないんだけどね、とちらりと本音を漏らし肩を竦める。

「でも今回の映画に関しては、B・Jを演じる俳優の正体を隠す事が契約条件になっているから、敦賀蓮のマネージャーとして知られている俺は蓮と一緒に行動する事ができない。そこでキョーコちゃんに、社長から直接仕事の依頼がきたわけだよね?」
「はい」
「本来、敦賀蓮をサポートする人間は、それに値する報酬を得る権利があるんだ。でも君は俳優セクションの業務としてではなくラブミー部への依頼として仕事を引き受けているから、申し訳ないけれどもそれほどの収入を期待する事はできないと思う」
「それは勿論、承知の上です」

きっぱりと言い切るキョーコちゃんに、本当に欲がなくて真っ直ぐな子だよなと苦く笑う。

「だからね、本来支払われるはずの報酬よりも手にする賃金が少ない分、少しばかりプラスアルファーな特典があってもいいんじゃないかなぁって俺は思うんだけど」
「少しばかりなんてささやかなものじゃありませんっ。それにわざわざ敦賀さんに買っていただく謂れがありませんから!」

謂れがないとまで言われるとちょっと蓮が可哀想かなぁ、と壁に張り付いて大人しく静観している男に同情をする。しかし残念ながらそれがキョーコちゃんと蓮との実質的な距離なのだろう。
もう少し頑張った方がいいんじゃないのか、蓮?

……いや、とりあえず今は俺が頑張らないといけないのか。

脱線しかけた思考を戻し、再度キョーコちゃんの説得に意識を集中する。

「俺はむしろ蓮がキョーコちゃんに支払うべきだと思っているよ。君がセツカという役を演じてまでカインに付き添ってくれている事で、一番利益を得ているのは蓮なんだからね」
「利益と言っていただけるような事は、何もできていないかと……」
「そうかな。考えてみて?キョーコちゃん。映画の撮影現場で自分の正体を知られない為に何ヶ月も他人と接触をせず、ピリピリとした空気を纏い気難しい男を演じ続ける……って、精神的にも結構くると思うんだよね。ただでさえ非情な殺し屋なんていう難しい役どころなのに、それに加えて二重の演技をするんだから、精神衛生上、良い訳がない」
「それは…分かります」
「うん。だからね、気を許せる相手が傍にいて何かあればフォローをしてもらえるっていう状況は、蓮にしてみればかなり助かるんじゃないかな。精神的に安定すれば、それは当然演技にも反映される。良い仕事ができるという訳だ」

でも……と迷いを見せるキョーコちゃんに、いいかい?とコツとテーブルを指で叩き、真っ直ぐに彼女を見詰める。

「蓮は決して仕事に妥協はしない。普段は温和なんて言われているけど、仕事に関しては自分にも他人にもとても厳しい。……それはキョーコちゃんもよく知っているよね」
「はい」
「もしキョーコちゃんの仕事が評価するに値しないものだと判断すれば、蓮は君を即刻辞めさせるだろう。逆に期待以上の仕事ができれば、それに見合う謝礼をと考える」
「…………」
「カインがセツカの為に買い物をすると言うのはそういう事だよ。キョーコちゃんは自分の仕事に対する正当な権利だと思って、遠慮なく貰っておけばいい」
「……は…い……」

返事をしながらもキョーコちゃんは納得しきれない様子で、つとテーブルに視線を落とした。言いたい事は分かるけれども、あっさり受け入れるには抵抗があるという感じだろうか。……しっかり者の彼女らしい。

「キョーコちゃん。もし君が貰いすぎだと感じるなら、その分精一杯、蓮のサポートをしてやってくれないか?」

優しく言葉を掛けると、キョーコちゃんがそろりと俺を見上げた。

「今度の役はちょっと特殊でね。蓮自身、引き受けるのに三日も悩んでいる」

そうだよな?と担当俳優に視線を送ると、「……はい」と少し躊躇うように頷いた。

「実を言うとね、そんな厄介な役を演じる時に俺は蓮から離れなくちゃいけないのかって、少しばかり納得がいかなかったんだ。最初に話がきた時点では、正体を隠すなどという意向の説明は一切なかったからね」
「そうだったんですか……」
「でもキョーコちゃんが蓮の傍にいてくれる事になったと知って、凄くホッとした。キョーコちゃんは損得なしで、いつも蓮の事を親身になって気にかけてくれているから」
「そんな事、当たり前ですっ。敦賀さんは大切な先輩ですから!」

……うん、蓮としては『先輩』という言葉はいらないんだろうけど、まあそれは置いといて。

「そう言ってくれる君だから、俺も信頼して蓮を任せられるんだ」
「はい!社さんの代わりとまではいかなくても、一生懸命敦賀さんのお守り役をやらせていただきます!」
「頼りにしているよ。じゃあ、そういう訳でキョーコちゃんへのプレゼントには俺の安心料も含まれているから、いっぱい蓮から貰っておいてね」
「え、あ…安心料って……」

おたおたと慌てる少女に、更に説明を加える。

「だってキョーコちゃんがいれば蓮がきちんと食事をとっているか心配しないでいいし、健康管理もバッチリで他の仕事にも好影響を与えるのは間違いないからね」

言いながら、ふぅむと顎に手を当てる。

「……そう考えるとやっぱり足りないぐらいかな。俺からも何か贈ろうか。キョーコちゃん、リクエストがあったら言ってくれる?」
「とっ、とんでもありませんっ!敦賀さんからだけで充分すぎます!」
「そう?じゃあ、蓮に全部任せちゃおうかな。欲しいものがあったら、遠慮なくアイツに言ってね」
「え…え、と……でも、あの……」

未だ戸惑う彼女にこれは言うべきなのかと一瞬迷ったが、いずれ訪れるであろう時の為に心構えも必要だと思い、駄目押しとばかりに口を開く。

「キョーコちゃん、君がこの仕事を依頼された本当の意味を知るのは、多分これからなんだ。その時が来たら、しっかりと蓮を支えてやって欲しい。その為の報奨と考えるなら、決して多すぎる額ではないんだよ」
「社さん……」
「遊びの兄妹ごっこではない……LMEの看板俳優である『敦賀蓮』をサポートすると言う事は、それだけの責任を負うと言う事でもあるんだ。俺はその大役を君に頼んでも大丈夫だろうか」
「……はい!お任せください、社さん……!」
「良かった、これで俺も安心できるよ」

ニコニコニコと笑いかけると、キョーコちゃんがホワリとはにかんだ。彼女は椅子から立ち上がると後ろを振り返り、蓮へと歩を進める。

「……敦賀さん。私は社さんのように完璧に敦賀さんを支援するのは難しいと思います。ですが、私なりに精一杯努めさせていただきますので、宜しくお願いします」

真っ直ぐに見上げるキョーコちゃんに蓮はフッと柔らかな眼差しを向けると、片手で彼女の頭を自分の胸へ引き寄せた。

「……頼んだぞ、セツ」
「はい、兄さん!」

大きな手に包まれた頭がコクリと下に動き、それが全てに対する了承となった。



「社さん、昨日はありがとうございました」

俺が助手席に座ると、蓮が開口一番に頭を下げた。昨日の悩み事相談の後、二人は件の映画の撮影現場に移動した為、あれから蓮とはまともに話をしていない。

「キョーコちゃんを説得する為とは言え、お前にはちょっと悪い事をしたなと思っているよ」
「え……?」
「カインの愛情を、仕事の報酬にすり替えたからな」
「……いえ、それで良かったんだと思います。恥ずかしながら俺は、彼女をあれほど悩ませていると気づけませんでしたから」
「ああ、まあ……お前は金の苦労とかしてなさそうだしなぁ……」

かく言う俺も人の事が言えるほどに金銭に困ったことはないのだが、それでも世間一般的な感覚は持ち合わせていると思う。

「キョーコちゃんは昔堅気なところがあるし、ただ貰うだけというのは抵抗があるんだろう。……その礼儀正しさがまた可愛くて仕方がないんだろうけどな?」

ニヤリと笑い、例によって話を振ると、「……ええ、まあ」と肯定に近い言葉が返る。流石に今回の事に関しては誤魔化しようがないと諦めているらしい。

「だけどさ、蓮。あの子が本当に大切なら、役にうまいこと乗っかってのプレゼント攻勢なんて事をしていないで、きちんと想いを伝えろよ」
「……はい…」
「気の抜けた返事だな。もしかしてこのまま何も言わずに、最終的には婚約指輪まで贈ってしまおうなんて思ってないよな?」
「…………さすがにそれは………」
「お前なあ……」

不自然な間に、実際にやるかどうかはともかく似たような事は考えたらしいと察しがつき、ガクリと頭が重力に負ける。

「『芸能界一イイ男』の名が泣くぞ?」
「そんなものはマスコミの飾り文句に過ぎません。……社さん、俺は……」
「うん?」
「俺は……今度の役で自分自身を見詰め直せたらと、そう思っているんです」

急に真面目な声で切り出されて「おや」と思い、身体を起こし運転席の蓮を改めて見る。どこか辛そうな表情は、今までの記憶にないものだ。

「まずきちんと自分に向き合って、そうして最終的には答えを……得られるかどうか…は分からないんですが……あの子に対する気持ちをどうするのかは、その結果次第になると思います」

とても積極的とは言い難い、蓮の言葉。体裁を繕う事なく話すその様子に、蓮が抱えている葛藤の重みが伝わってくる。B・Jの役を引き受けるかどうか悩んだ3日間は、おそらくこの辺りの事情が関わっているのだろう。

蓮が何を悩んでいるのかは分からないが、なんとなく肌で感じる部分もある。才能溢れる俳優の担当になった当時から思っていた事。

……こいつは相当の荒くれ者だったのでは?……

何故だか妙に確信していたこの推測は、外れてはいなかったのかもしれない。暴力も殺人も厭わない冷酷な暗殺者――それを演じる事に対する苦悩は、蓮自身が克服するべきものなのだろう。

ダークムーンで嘉月が演じられなくなった時の蓮の姿が脳裏を過ぎる。もしも蓮の俳優生命を左右するほどの困難が、これから先に待ち受けているとしたら……

―――いや、大丈夫だ。蓮はきっと乗り越える。

乗り越えられる。

何しろ敦賀蓮には、最強のお守りがついているのだから。
……そうだろう?キョーコちゃん。

「なあ、蓮。キョーコちゃんの事、どうするかは結果次第なんて言うけどさ」
「はい……」
「この映画が終わる頃にはお前、キョーコちゃんが傍にいるのが当たり前になっていて、とても手放せないんじゃないのか?」
「…それは…っ……」
「既に理性が風前の灯だったりして?」
「……ホテルに女性と同室で生活するなんて状況で、平静でいられる方がおかしいですよ……」

むっすりと答える正直者が可笑しくて、更にもう一段階、踏み込んでみる。

「『女性と』じゃなくて『キョーコちゃんと』だろう?ああ、そう言えば大事なことを彼女に言い忘れてたな」
「何をですか?」
「キョーコちゃんの報酬の半分ぐらいは危険手当だから、よぉーーーっく気を付けるように、って」

キキキキキーーィッ……

言い終わるかどうかという時に、声に被さるように響いた軋むような車の音。右折しかけていた車が半円を描いて膨らみ、驚く間もなく身体が遠心力で横へと引っ張られた。フロントガラスに大きく迫った標識がどうにか車を掠る事なくサイドを通過して行き、そこでようやく頭が正常に動き始める。

「おい、蓮っ!」
「……すみません。手が滑りました」

手が滑ったじゃないだろう!素か?わざとかっ?脅迫か!?

………全く蓮をからかうのも命がけだ。

これからは茶化すタイミングをしっかり計る事にしよう……
ドクドクと常よりも強く鼓動する心臓を押さえて、固く決意をする。

「社さん、大丈夫ですか?今後は注意する事にしましょう……お互いに、ね?」

しゃあしゃあと言ってのける俳優に、やっぱりコイツ相当な無法者だったんだと改めて確信した。

俺も危険手当を申請した方がいいかな……

思った言葉は俺の平穏な未来を守る為に、喉の奥へとしまいこんだ。


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