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件の映画の撮影の為、俺と蓮は別行動。
新規の仕事の打ち合わせの為、セツカとカインも別行動。

近況報告をかねてお茶でもしようかと、事務所で会ったキョーコちゃんに声を掛け、缶コーヒーを手に防音設備のある談話室へと向かう。

「キョーコちゃんの悩み事が解決しているかどうか、それとなく様子見してくるよ」と、この場にいない男には彼女と会う事に関して一応の確認をとってある。お願いしますと言いつつも若干複雑そうな顔をしていたが、とりあえずそれには気付かないフリをした。

当人を交えずに話をした方が良い事もある。そういう意味では絶好の機会だ。

若干の懸念事項を確認しておきたい事もあり、キョーコちゃんの空き時間に合わせて事務所に赴き二人で話し合える状況を作った。

「社さんも大変ですね」
「えっ、どうして?」

椅子に腰掛けるなり向けられたキョーコちゃんの言葉に、何か察するところでもあるのだろうかとドキリとする。

「だって敦賀さんのスケジュールだけでも分単位で驚異的なのに、セツカを演じるようになってからは私のスケジュールまで把握して、時には調整までしてくださるんですから」
「ああ、その事なら別に前から…」

キョーコちゃんの予定は手に入れて、チェックしていたし―――

「……?」

ピタリと話を止めた俺に、キョーコちゃんが小首を傾げた。こちらの思惑に気付いていない事に安堵し思わず口を滑らせて、マズイと思うより先にそれらしい言葉を適当に繋げ組み立てる。

「……前から…ね、キョーコちゃんにもスケジュール管理をする人が必要かなと思っていたんだ」
「え…でも私、ラブミー部ですし……まだそれほどのお仕事を引き受けているわけではありませんから」
「でも数ヶ月前と比べて仕事の量が格段に増えてきているよね。先方の言うままに予定を入れていたら、ヒール兄妹はいつまでも離ればなれになってしまうぐらいには。だから、蓮の予定と照らし合わせて多少の調整をさせてもらった方が、俺としてもやりやすいんだ」

咄嗟に出た理由付けではあるが、的を外しているわけでもない。まだ放映前ではあるが前宣伝の効果もあり、『未緒』とは異なる印象のBOX“R”の『ナツ』が話題になっていて、キョーコちゃんの人気は鰻上りだ。仕事の打診も増え、何の調整もせずに蓮と予定を合わせるのは難しいほどの勢いになっている。

「社さんにはいつもお世話をかけてすみません」
「いえいえこちらこそ、キョーコちゃんには目つきの悪い問題俳優を面倒見てもらって大変助かっています」

無愛想な黒尽くめの長身の男を思い浮かべ、二人でクスクスと笑う。

「アイツ、どう?セツカちゃんに苦労をかけてない?」
「そうですねー。まず食事に関しては、敦賀さんよりも食べようとしないので毎回てこずっています。でもきちんと食べさせてますよ」
「あの男相手にさすがだね」
「なんだかんだ言っても、カインはセツカに甘いですから」

キョーコちゃんがふわりと微笑む。

「他の問題点としてはタバコの量が多すぎる事と、共演者やスタッフの方を威嚇する事でしょうか。カインが排他的なのでセツカが窓口になって話を聞く事も多いんですが、時々凄く剣呑な目つきで相手の方を睨みつけて追い払ってしまう事があるんです」
「それって、相手は男性だよね?」
「はい。さすがに女性を激しく睨んだりはしません。そんな事をしたら泣かれちゃいますよ、きっと」

……あのね、それ……ほぼ間違いなく牽制だから。

蓮の分かりやすい行動と、それに全く気付く様子のないキョーコちゃんに苦笑する。

「そう言えば、例の買い物癖の方はどう? その服もカインからのプレゼントかな。すごく似合っていて、可愛いよ」
「え、あ……ありがとうございます……」

ほんのりと頬を赤く染めて礼を言う彼女が着ているのは、肌触りの良さそうなシンプルなラインのワンピース。それを彩っているのは、光を受けて輝く宝石の花のペンダント。春らしい爽やかさが感じられて、彼女の雰囲気によく合っている。

「社さんにご相談してからは、いただいた物は有難く受け取る事にしたんです。これは高いんだろうなとか、合計すると一体何桁になるんだろうとか……心臓に悪いことはなるべく考えないようにしました」

何桁って……確かに心臓に悪そうだ……が、それを顔に出すわけには行かない。

「うん、それでいいんだよ。溺愛している妹に買ってあげるんだから、カインも楽しくて仕方がないんだろう」
「……溺愛…ですか。それがそもそもの原因なんですよね」

ふぅとキョーコちゃんが小さな溜め息を付いた。

「社長さんがそんな設定をした為に、役に成り切ってしまう敦賀さんが妹可愛さにあれやこれやと買い込む事になってしまったんでしょうから」

キョーコちゃん、それは役とは関係ないから。蓮は君に贈り物をする為の口実を得て嬉々としてやっているだけだし、アイツが可愛いと思っているのは、『妹』ではなく『キョーコちゃん』なんだよ。

口には出せないものの、心の中で二度目の突っ込みを入れる。

「実は私、社さんにお話する前に社長さんにご報告していたんです。カインの常識を外れた買い物の事について」
「ああ、依頼主は社長だからね。それで、社長は何て?」
「それが……なぜか社長さん、大笑いをされたんです。『蓮が好きでやっている事だから、遠慮なくもらっておけ。危険手当と思えば安すぎるぐらいだ!』とおっしゃって」

ぐぁはっっ、げほっ、ごほっ……

飲みかけていたコーヒーが気管に入り、思い切りむせ返る。大丈夫ですかと椅子を立ちかけたキョーコちゃんに、平気だから座ってと何とか手で合図をした。

社長……

俺だってキョーコちゃんに直接言うのは控えたって言うのに、俺のささやかな配慮は無駄だったんですね?

―――いや、ちょっと待て。

なんとなく引っかかりを覚えて、状況を振り返り考える。

社長は蓮が異性と言う意味での女性に対して、どれほど淡白な応対をするか知っているはずだ。それなのに『危険手当』なんて言葉を出すという事はつまり、蓮がアブナイ行為に出るかもしれないのを予測していながら、あえてキョーコちゃんをサポートにつけたという事だよな? 

蓮が理性を保つのが難しいと思われる唯一の女性……それが社長にはとっくにお見通しで、それを踏まえて彼女の役柄を病的な兄コンなどという設定にし、一緒に住まわせて高みの見物をしている……?

……こっっわーーーっ……!!!

意味を理解した瞬間、血の気が一気に引いた。社長を敵に回す事だけはするまいと、身震いする。

いや、むしろ気に入られると恐ろしいと言う事か?
蓮もキョーコちゃんも、社長の特別のお気に入りだからな。

……と、すると。

嫌~な推測、と言うよりはほぼ確定しているであろう図式に、額にじわりと汗が浮かぶ。

この二人が社長に遊ばれる運命にあるなら、必然的に俺も巻き込まれると言う事か……!?

「社さん?」
恐ろしい現実に気付き、青ざめた俺をキョーコちゃんが心配そうに呼ぶ。

「あ、ああ、ごめん。ちょっとむせただけだから……もう落ち着いたから大丈夫。それで、キョーコちゃんはどう思ったの…?」
「は?」
「社長の返答を聞いて、キョーコちゃんも何かしら思うところがあったんじゃない?」

ホテルの一室に男女が一組。何か問題が起こったとしても女性側にも過失があると判断され得る状況だ。キョーコちゃんだって、多少なりとも不安を持ち警戒はしているだろう。

そんな状況に追い込んだ社長の、あまりに無責任とも言える軽い発言を彼女はどう受け止めたのか。

「え……と、社長さんには予め言われていたんです。これは『危険な仕事』だって。その言葉通り、渋谷で初めてカインに会った時はその迫力に恐怖の余り腰が抜けて、駅前で15分ぐらい座り込んじゃったんですよ、私」

そう言えば―――
謎の俳優の人物設定を一例として演じてみせ、監督から見事一発OKを得た蓮を思い出す。

殺気を漂わせ、尋常でない空気を瞬時に作り出した男に、俺でさえ鳥肌が立った。正体を知らずにその敵意を一身に受けたなら、腰の一つも抜かすだろう。
うんうん、と思わず頷く。

「でも今は危険なんて全くありませんし」

え?

幻聴が聞こえた気がした。

キョーコちゃん、危険がないって言った?
しかも、『全く』なんて副詞までつけて……?

ないどころか有りすぎだろう、キョーコちゃんっ!!

数日前に蓮に冗談混じりに出してみた『危険手当』という言葉。それに対してのアイツの反応は顕著なものだった。軽く俺を脅したあの様子から察するに、それは蓮にとって既に冗談ごとではなく、下手に触れられるのも辛いほどにギリギリの所で理性を働かせているのが伺えて、このままで大丈夫だろうかと気になっていた。

『危険手当』が『慰謝料』にもなりかねない、そんな綱渡りの生活だと……キョーコちゃんは意識していないのか?

それはさすがにヤバいだろう!?

「あの……キョーコ、ちゃん? 君は今、カインと一緒に生活している訳だけど……」
「はい」
「ちょっと様子がおかしくて怖いなとか、これ以上傍に寄らない方がいいかもとか思った事……ないの?」

恐る恐る尋ねてみると、彼女は首を少し捻ってまじまじと俺を見た。

「どうしてですか? カインの正体を知らない人ならともかく、社さんは彼が敦賀さんだって知っているじゃないですか」
「それはそうだけど……」
「どんなに冷酷な演技をしていても中身は敦賀さんですし、怖いわけありません」

いや、だから、蓮だからこそ怖い思いをする可能性があるんだよっ、と目で訴えてみたところで彼女に伝わるわけもなく……しかしそれを実際に声に出すわけにもいかない。

どうしようと頭を抱える俺に、「それに……」とキョーコちゃんの声が続く。

「カインはセツカにとって世界で一番大好な人で勇気を与えてくれる存在ですから、兄さんと一緒にいれば怖いものなんて何もないんです!」

ぱぁぁっと頬を染めて、それは嬉しそうにきらきらと溢れんばかりの笑みを浮かべるキョーコちゃんに、ピキリと身体が固まった。揺るぎない信頼と一片の曇りもない愛情を無垢に語るその表情は、凶器にも似た可愛らしさで直接心に切り込んできて、容赦なくその姿を胸の内に刻み込んだ。

……蓮、ごめん……っ

俺、今初めてお前の気持ちを本当の意味で理解したよ……!!

実を言えば、『ちょっとした拷問です』なんてこのオイシイ設定に何言ってんだとか、いい機会だから落としてしまえとか思ったりもしていたんだけど―――

お前、ほんっとうに死刑執行台にいる気分だったんだなっ!

凶悪に愛らしい爆弾を傍らに置いて、その絶大な信頼を壊す事もできず神経を擦り減らし続けている罪人予備軍の俳優に、男として同情の念が湧き上がる。

「とても大事にして貰っているんです」と零れ落ちそうに照れ笑う純真少女に、本当の危険人物は彼女かもしれないと俺は認識を改めた。

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