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本誌の発売日の前日にUPなんて、夏休み最後の日に宿題を片付ける子供のようではありますが……とりあえず、ぎりぎりセーフと言うことで更新しておきます。




俺は自由に飛べないんだ。
父さんの手はあまりにも大きくて、自分はあまりにもちっぽけで。
空に向かって羽ばたいてみても、すぐに羽はボロボロになって地上へと落ちてしまう。


辛くて、苦しくて―――
息すらできないほどに追い詰められて。
それでも誰かに助けを求める事などできなくて。

そんな重く沈んだ心の内を年下の少女に話したのは、大した理由じゃなかった。

彼女が身の上話をするから、それにつられて。
俺を妖精だと信じているあの子なら、身元が知られる心配もないと。

そう思ってポツリ、ポツリと話した。

きっと俺は、ひどく情けない顔をしているんだろうな。
こんな小さな女の子に、弱音を吐くなんて……。

うな垂れる俺の耳に聞こえてきたのは、小さくしゃくりあげる声。

かわいそう……
コーン、かわいそう……と、あの子は泣いた。

まるで自分の事のように、ポロポロと涙を零して。

泣けない俺の代わりに、あの子が泣いてくれた―――



「ごめんなさい……!」
ホテルの部屋に戻りベッドに座らせると、セツカが深々と頭を下げた。

「アタシが逃げるなり、断るなりすれば、兄さんがあんなヤツらに絡まれることもなかったのに……!」

膝の上でギュッと握り締められた手が、かすかに震えている。

「気にするな、セツ……あれで正解だったんだ。誘いを受けた事でお前は奴らのマークから外れて、俺は自由に動く事ができた」
「でも…っ…」
「お前を盾に取られようものなら、俺は身動きがとれなかった」

英断だったな……と手を伸ばし、彼女の右腕を取った。これといった抵抗もなく素直に腕を預けてくれた事に、ホッと息を付く。

封印していた闇を開放した俺を、この子は怖がってはいないだろうか。俺の本性を知って、避けはしないだろうか。

―――それが一番恐ろしかった。


「……っ…」
「痛いか?」
「押さえられるとちょっと……でも大丈夫よ?」

打撲と擦過傷。あれだけ思い切り叩きつけられれば当然だろう。

俺の……ミスだ。

彼女に矛先が向く可能性は充分に考えられたというのに、俺は心のどこかであの状況を楽しんでいた。

腕に多少の覚えがあるらしい男は、俺が敵と見なせるほどの実力を持ち合わせてはいなかった。だが刹那に交わす獰猛な駆け引きは、身体に消える事無く溶け込んでいた記憶を揺さぶり、荒れすさんでいた当時の感覚を蘇らせた。

湧き上がる奔流に懐かしささえ覚え、いきり立つ相手をぎりぎりで避ける事で挑発し弄んだ。

これはBJを演じる上での糧になると、そう判断して―――


「…すまない。怖い思いをさせた」
「別に怖くなんてなかったわ。あんな卑怯なやり方で兄さんを傷つけようとするなんて、絶対に許せないもの」

俺への気遣いと、真っ直ぐな気性故の憤りだろう。悔しそうに言い放つセツカの右手を両手で握り締め、俺の額へと引き寄せる。

「に…兄さん…?」
「俺もお前を傷つける人間は許せない。許せるわけがない……」
「……兄さん……」
「お前が止めなければ、俺はアイツを殴り倒していた」


君が、傷つけられた。
引き金はそれで充分だった。

あれほどに嫌悪し、何年も封印し続けた闇に俺は躊躇いなく心を委ねた。セツカを地面に叩きつけた男に怒りのまま拳を振り上げ、報復をする為に。

『兄さん、だめーっ!』

荒れ狂う激情を留めたのは、制止を求めるセツカの声。

力の限り叫ばれたそれは相手ではなく俺を守る為のもので―――
俺を心配する君の想いが、俺に理性を取り戻させた。


「不甲斐ないな……」
両手に収めたままの彼女の小さな手を、ぎゅっと握り締める。

「あの時、君を守ると約束したのに……!」

他の誰にも譲らない、俺が君を守るとそう決心しておきながら、何をやっているんだ俺は……っ!

「……守ってくださいましたよ?」
カインが抜けた事に気付いたのか、彼女もまた最上さんに戻る。宥めるような、柔らかな声が耳に優しく触れた。

「敦賀さんは、私が守って欲しいと望んだものを守ってくれました」
「守って欲しいもの……?」
「はい。あなたの身体と名前を守ってくれました」

思いがけない言葉に視線を上げると、何かをこらえるように眉を寄せる彼女の顔が目に飛び込んできた。

「本当は……すごく怖かったんです……」
捕らえた手から細かな震えが伝わってくる。

「私のせいで敦賀さんが怪我をしたらどうしようって……暴力沙汰になって映画のプロジェクトが台無しになったら、敦賀さんの輝かしい経歴に傷をつけたらって……それが一番恐ろしかった……っ」
「……ごめん…余計な心配をかけて……」

この子はいつも人の事を第一に考える子だった―――

改めて己の迂闊さを思い知る。詫びる俺に、最上さんはふるふると横に首を振った。

「私なんかが心配しなくても、敦賀さんはご自分の立場をきちんと理解していて、的確に対応されました。私が迂闊だったんです」
「それは違う!」
「いいえ、違いません。私はカインの妹である前に、敦賀さんのお守りなんですっ。それなのに、演技を優先させてあなたを危険に晒すようなマネをするなんて言語道断ですっ。お守り失格です!」

今にも泣きそうな顔で切々と語る彼女の肩を、堪らずに思い切り抱き寄せた。

「君は俺を守ろうと、勇敢に戦ってくれたじゃないか」

複数で俺に攻撃をしようとしていたリーダー格の男に立ち向かい、武器を取り上げようとした……生半可な気持ちでできる事ではない。武道の心得がある訳でもない、ごく普通の女の子がどれほどの勇気を振り絞ったのだろう。

昼間は殺気で武装したカインに怯えて、まるで小動物のように身体を丸め、恐怖に震え、ひたすら謝り続けていたのに……。あまりにもかよわい、それが本当のこの子の姿。

けれど慕っている誰かの為なら、自分の身を顧みずに頑張りすぎてしまうのも彼女の生来の性質だ。この子はそれを当たり前のように実行して、何の疑問を持つ事もない。

ああ、もう本当に……

きれいな、きれいな君が向けてくれる情愛は、いつも俺を救ってくれる。今も昔も変わらずに、透明な輝きを放って。

だから、知らなくていい。
誰も知る必要はない。
こんなにも美しい君の魅力など、俺以外の誰も知らなくていいんだ……!

他の誰ではなく、俺だけを見て。
俺だけを心において、俺だけを受け入れて……

祈るように、縋るように。
華奢な身体を囲う。戸惑い、俺の名を呼ぶ彼女に返事もせずに、溢れる想いのままに腕に力を込める。


もし……この温もりが常に傍にあったなら。
初めて君と出会ったあの時から、離れる事なく君が傍にいてくれたなら。

俺は闇に飲まれる事はなかったのだろうか?


いや―――それは有り得ない。
俺がクオン・ヒズリである限り、別れは最初から決まっていたのだから。

日本にいる僅かな日々に君と出会えた事が奇跡。
再び会えた事こそがこの上ない僥倖。

今ここに君がいる……
それが全て、だ。


「君は最高のお守りだよ……」
身じろぎもできずに俺の腕の中で固まっている、愛しい少女に声をかける。

「え……」
「君が止めてくれたから、俺は暴挙を犯さずにすんだ。俺を本当に守ってくれたのは最上さんだ」
「でもそれは……」
「君だけなんだよ? 君だけが俺を止められる」

顎に手を当て、彼女の顔を上向かせる。迷いを宿す瞳に唇を近づけて、反射的に目を閉じた彼女の瞼にそっと触れる。

「つっ、敦賀さん……っ!!」
抗議の声を上げようとする彼女の唇に、それを阻む為に人差し指を当てた。

「最上さん……俺を見ていて。俺がまた暴走しないように、闇に囚われないように、君が俺を守って……俺も君を守るから」

再び君の心を痛めさせ、身体を傷つけたりしないように、君が俺を見張っていてくれ。

常とは様子が違うと感じたのか、彼女がごくりと息を飲んだ。ふと逸らされた視線と曇った表情が、俺の言っている事が決して容易い事ではないと物語っている。

何しろ彼女は実際に見ているのだから。
闇を開放した俺の真の姿を―――

「私に、できますか……?」
ポツリと彼女が呟く。

「君にしかできないんだ」

だからもう、君を逃すつもりはない。

不安そうに俺を見上げる少女に手をかざし……パチンと彼女の額を指で弾いた。

「スキ有り」
一体何が起こったのかと目を見張る最上さんに、一言告げる。

「な、なっ……何をするんですかっっ!人が真面目に聞いているのにっ!!」
「ほらね……?」
所謂デコピンをされて、怒る彼女に笑いかける。

「君は本気で俺を叱り付けるだろう?」
「叱り付け…って、いきなりこんな事をされたら誰だって怒ります!」
「そうかな。俺、この世界に入ってから人に怒られた経験ってあまりないんだけど」
「敦賀さんが私にイジワルをするからじゃないですかっ」

確かに君だけなんだけどね、俺がこんな子供じみた事をするのは。君の前では敦賀蓮らしくない俺が、簡単に引き出されてしまう。

「俺が君に叱られるのは、それだけが理由ではないはずだけどな。きちんと食事をしろとか、無駄遣いをするなとか、殴るなとか……意外に注文多いよね?」
「それは全部敦賀さんが悪いんでしょうっ!!」
「……はい、その通りです」

凄い剣幕で真剣に怒り出した彼女を開放し、両手を上げて降参の意を示した。

「やっぱり君には勝てないな……最上さんは俺の最強のストッパーだよ」
「……っ…!」
にっこり笑うと、彼女は真っ赤になって言葉を詰まらせた。

「まずはその無敵のお守りの手当てをしないとね。これからは君に怪我などさせない……必ず守ると誓うよ」

彼女の頭を軽くポンと叩き、ベッドの横にある電話の受話器を取って内線のボタンを押す。救急箱の一つぐらい、ホテルで常備しているだろう。

「どうせ守ってもらえるのなら、イジワルでいじめっ子な敦賀さんから守ってもらえないかしら……」

背後から聞こえてきた小さな呟きに、フッと口角が上がる。

……それ、どういう意味?

言葉にしたなら君は平謝りに謝って萎縮してしまうだろう。だから少しばかり気持ちを押さえて、聞こえなかったフリをして、いじめっ子の俺から君を守ってあげようか。

特別にだよ?
だって、君は大切な俺のお守りだからね。


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