更新履歴


カテゴリー


タイトル一覧


リンク


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

二重奏 1

「送っていくよ。駐車場で待っているから、支度をしておいで」

ここからでは遠回りになりますし、申し訳ありませんから――

そう断ろうとした私の言葉を封じるように、敦賀さんは用件だけを言うとさっさと踵を返して駐車場へと向かってしまった。

どうしよう……

消えた後姿を見送って溜め息を付く。
とにかく控え室へ行こうと一歩を踏み出した私を引き止めたのは、昔から嫌と言うほど聞き慣れた声だった。

「よう、キョーコ」

……どうしてこんなタイミングで会うんだろう。

言葉を返す気にもなれず、顔を背けてアイツの横を足早に通り抜けようとした。

「ちょっと待てよ」
きつく腕を掴まれて、その不快さに八の字に眉根が寄る。

「……なんか用?」
「俺を無視して行く気か? いいご身分だな」
「離してよ。アンタに構っている時間なんてないんだから」
「へえー? もう仕事も終わって帰るだけなんだろう?」

見透かしたように、アイツがニヤリと笑う。

「私が仕事だろうとそうでなかろうと、アンタには関係ないでしょうっ」
「俺には関係なくても、事務所の大先輩にはわざわざ手間かけて送ってもらうのか? 単なる後輩が本当にイイご身分だな」

底の浅い挑発……
そんな事、アンタに言われなくても、嫌と言うほど分かっている。

私はただの後輩で。
なのにあの人が優しいのを良い事に厚かましくその好意に甘え続けて、向けられる笑顔を当たり前のように享受して……

そして気付いてしまった。

あまりにも大それた、分不相応な想いに。
胸の内が蕩けそうに甘く、心が潰れてしまいそうなほど苦しい感情に。

「おい!」
掴まれていた腕を引っ張られ、背けた顔を強引に向かせられる。

「なんて顔してるんだ、お前……っ!」

私がどんな顔をしているかなんて、知りたくもない。ひどく情けない表情をしているのは、間違いないのだから。

「……離して。アンタだって忙しい身でしょう? 私なんかに構っていないでさっさと行きなさいよ」
「それでお前はアイツの所に行くのか?」

地を這うような低い声に問われたかと思うと、乱暴な動作で背後の壁に身体を押し付けられた。顔の両脇には壁に付かれた二本の腕、正面にあるのは鋭く射る瞳。

「ショータロー…?」
「……行くなと言ったら?」
「は?」
「アイツの所に行くなと言っているんだ」
「何、訳の分からないを言っているのよっ!」

いつにない真剣な様子に気圧されて、思いの他語尾が強くなる。

……らしくない。
こんな切羽詰まった物言いをするショータローなんて……

いつも斜に構えて、腹が立つほど余裕の笑みを浮かべている男が、一体どうしたって言うのよ。

「キョーコ」
「な、なによ……っ」
「俺は……お前が好きだ…!」

……いつか、どこかで聞いたようなセリフ……

ああ、あのバカ男2がそんな事を言ってたっけ。…とすると、次はどんな落としを仕込んでいるのかしら。

ぼんやりとした思考の片隅でポツリと思う。

「アイツの所になんて、行くな……」

切なく揺れる眼差しがゆっくりと近づいてくるのを、どこかよそ事のようにぼうっと見つめる。少し乱れた吐息を鼻先で感じ、ゾクリと身震いがして、反射的に迫る身体を思い切り突き飛ばした。

「ふ……ふざけるのもいい加減にしなさいよっ!変な思い違いで嫌がらせをしないでっ」
叫ぶだけ叫んで、一呼吸も置く事なく走り出す。

アイツが振り返る前に、再び捕まる前に。
俺は本気だからなと、背後から聞こえて来る声に耳を塞いで。


小さな長方形の札に京子様と書かれたドアに飛び込んで、鍵をかける。崩れ落ちるようにソファーに身体を預けて、血の気の引いた身体を両腕で抱き締めた。

……冗談にもほどがある。

アイツが私を好き? バカバカしい。
私が敦賀さんに車で送ってもらうと知ったから、アイツは嫌がらせをしただけよ……!

キリと唇を噛み締め、瞼を閉じる。

アイツに裏切られて芸能界に入った。
復讐をする、その一念で私は自分を保っていた。

意地悪をするあの人を見返したいと思った。
それは自分を創る為の切欠となり、目標となった。

二人の存在は、良くも悪くも私を形成するための原動力であり支えだった。

築いてきた足場が崩れていく。恋なんて言う厄介な感情の為に。そんなもの、私は必要としていないのに……!

ブブブブ……と震えだした携帯に、ビクリと身体が反応する。画面に表示されている非通知の文字は、明らかに一人の男性を指し示していた。

遅いから心配してかけてきたんだろうな……。

手の甲でぐいと滲んだ涙を拭く。息を一つ吐き出して、通話ボタンを押した。

「最上さん? 俺だけど」
「敦賀さん……すみません、遅くなってしまって。お待たせしておいて申し訳ないんですが、やっぱり私、今日は電車で帰ろうと思うんです」
「なぜ? 遠慮しなくていいんだよ」
「駅前で買い物をして行きたいんです。先ほどは言いそびれてしまって……すみませんでした」
「……今、どこにいるの?」
「え、控え室ですが」

言った次の瞬間にバカ正直に答えてしまった自分を思い切り叱咤して、慌てて部屋の中を見渡した。持ち帰るものは全て鞄に入っているはず……鏡台に置いていたそれを小脇に抱えて、足早にドアへと向かった。

「今からそっちに行くから、待ってて」
「いえ、それには及びませんからっ」

携帯を片手にバタンと勢いよく扉を開けて、走り出そうとした身体が大きな障害物にぶつかって動きを止められた。行く手を阻むそれを確かめる為に一歩引こうとして、逆に近くへと引き寄せられる。

「ずいぶん急いでいるんだね。一体、何処にいくつもり……?」

耳に当てたままの携帯から聞こえる少し籠もった音声と、頭上から放たれた無機質な肉声とが二重奏を奏でる。

退路は既に絶たれているんだよと、その音色は厳かに伝えていた。

関連記事

Powered by FC2 Blog
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。