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二重奏 2

支えられた手に、力が込められた。

「俺は待っていてと言ったはずだけど?」

私もお断り申し上げたはずです、とはとても言える状況ではなくて、沸々と纏わりつくような怒りのオーラに冷や汗が流れる。

「待てないのなら、仕方がないな」

一言そう言うと、敦賀さんは私の腰に当てていた手を背中へと回し、部屋へ入ると後ろ手にドアを閉めた。小さな金属音を立てて、外したばかりの鍵が再び掛けられる。

「あ、あの……っ」

敦賀さんは広い歩幅で室内に入ると、トスンと落とすように私をソファーに座らせた。竦んでいる肩を挟むように敦賀さんの手が伸びて、茶色いレザーの背凭れを掴む。

二本の長い腕が作った空間にすっぽりと私が鎮座しているという、何とも居心地の悪い体勢に心がざわつく。

「……ここに来る前に不破君に会ったよ」
「…っ!」
敦賀さんを不機嫌MAXにする地雷の名がいきなり飛び出した事に、緊張していた身体が更に強張りを増した。

「駐車場へ向かう途中で知り合いに声を掛けられてね。少し立ち話をして別れたところに、彼が通りがかったんだ」
「も……もしかしてアイツ、敦賀さんに何か無礼な振る舞いでもしたのでしょうか?」
「いや、むしろ親切な事に忠告をされたよ。君を待っていても無駄だからさっさと帰った方がいいとね」
「なっ…!」

あっ…のバカ、余計な事を!
敦賀さんの怒りを煽るような事をしてどうするつもり? 
怒られるのは私なのよっ!?

好きだの何だの言ったところで、こんな風に人の足を引っ張るようなマネをするのだから、やっぱり信用できない……!

「最上さん?」
「は、はいぃっ!」
あのバカへの怒りで荒ぶり始めた感情を引き戻すように強く名前を呼ばれて、慌てて敦賀さんに返事をした。

「…まさかと思いつつも気になってね、君の控え室へと足を向けた訳なんだけど……」
大きな手の下で、ソファーがみしりと音を立てる。

「どうやら彼の言う通りだったようだ」
スッと一本の線を引くように、冷えた笑みが敦賀さんの口元に浮かんだ。

「俺に送られたくないのは、彼が理由……? 彼と仲良く帰る約束でもしたの?」
「ちっ、違います!あんなヤツ何の関係もないし、そんな約束だってしていませんっ」

とんでもない誤解に、頭を振って全面否定する。敦賀さんよりもアイツを優先するだなんて、そんな人として有り得ない行為をする訳がない。

「ではなぜ、俺を避ける?」
「避けてなんて、いません…っ」
「そうかな。今日だけじゃない。ここのところ、ずっと余所余所しい気がするんだけど」
「そんな事は…っ」

ないとは言い切れなかった。
決して避けているつもりはなかったけれど。

でも……

壊れてしまいそうだった。
私が私の為に作り上げようとしているものが、消えて無くなりそうな気がした。

いつの間にか目が敦賀さんの姿を追うようになっていて。
いつの間にか心が敦賀さんの笑顔を思い浮かべるようになっていた。

まるで侵食されているようだと―――
そう気付いたときに感じたのは、足元が崩れ落ちていくような恐怖。

敦賀さんの存在はあまりにも大きくて、自我を持ち始めたばかりの自分などあっさりと吹き飛ばされそうで……少しばかり見えてきた自分の在りようを見失うのは恐ろしかった。一過性の病の為に、自分自身を自らの手で葬り去るような、そんな愚かな行為をしたくはなかった。

だから……

「最上さん?」
低く呼ぶ声に、ハッと意識が浮上する。

「難しい顔をして考え込んで、そんなに気持ちが揺れているの?」
「えっ……」
心の内を見透かされているような問いに、ビクリと身体が反応した。

「な、何の事でしょう」
「不破に…好きだと告白されたんだろう?」

思いも寄らない、斜め方向から突き付けられた言葉に目を見張る。いつになく真剣だったアイツの顔が脳裏に蘇った。

「なぜ…知っているんですか」
「これも不破が教えてくれたからね」
言いながら敦賀さんがクスリと笑う……少しだけ端の上がった口元で。

「彼も苦労しているんだよ、馬の骨退治に」

ゾッとするような冷たい物言いに、鳥肌が立った。敦賀さんはいつも笑顔で本音を隠してしまうけれど、こんな風に暗い笑みを向けられるのは初めてで……頭の中で何かが強く点滅をし始める。

これ以上、ここにいてはいけない―――と。

逃げなければ……
本能の命じるままに、横を向いて勢いよく両手で敦賀さんの左腕を押した。けれど、鍛えられた腕はビクともしない。

「無駄だよ。悪いけど逃がす気はないから」

敦賀さんの身体に近い方の手首が取られて、再びソファーへと背中が押し付けられた。私に覆い被さるように、視界に大きな影が生じる。

「前にもこんな事があったね。不破が君に接触を計って、君と俺が控え室で二人きりになって……座る君をこうして俺とソファーの間で囲った。……覚えてる…?」

……忘れられる訳がない。

私にとっては演技ができなくなってしまう程の衝撃をもたらしたその行為は、敦賀さんにとっては挨拶程度のものでしかなくて、その感覚の温度差は笑えるほどだった。

私ばかりが過剰に意識をしてしまった、あの時と同じ状況。

「一度は君を傷つけたくなくて、何とか方向性を変えたんだけどね」
大きな手の平が、私の頬をそろりと包む。

「でも、二度目は無理だ…っ」
「…っ…!」
苦しげな言の葉が落ちるのと同時に、唇が塞がれた。

驚いて顔を背けようとしたけれど、頬に当てられていた手が後頭部をしっかりと押さえ込んでいて、数センチたりとも自分の意思で動く事ができない。抵抗をしようとすれば、まるでそれを戒めるかのように何度も角度を変えられて、荒れ狂う熱が波のように打ち寄せてくる。

敦賀さんの胸を押していたはずの拳の力が抜けて、身体を伝うようにぱたりと下へ落ちた。

「…ふっ…う…」
逃げ場のなかった息がようやく外へと開放されて、乱れる呼吸と連動するように思考が揺れる。

「……これはノーカウントだ」

告げられた言葉を朦朧とした意識は拾いきれず、整った顔立ちをぼんやりと見つめた。疑問を眼差しに乗せると、敦賀さんは皮肉げな笑みを浮かべる。

「役者の心の法則……ここからがプライベートだろう?」

顎をついと上に向けられて、再び降りてきた端正な容貌を直視できずにギュッと目を瞑った。どう抵抗をしたところで無駄だと思い知ったが故に、受け入れるしかないと覚悟をして。

ところが―――

吐息を肌に感じるものの触れられる気配がなくて、恐る恐る瞼を開いた。焦点が合わないほど近くにある暗い光彩を湛えた眼差しの存在に、コクリと息を飲む。

「そんなに俺とキスするのは嫌……?」
感情を推し量る事のできない、淡々とした声音で問い掛けられる。

嫌とかどうとか…そういう事よりも……

「なぜ、こんな事をするんですか…?」
「君が俺にそれを聞くんだ?」
掠れた声で疑問を口にした私に、敦賀さんがクツリと哂う。

「理由なんて、俺を避けていた君が一番よく知っているはずだろう?」

揶揄するように言われて、カッと全身に熱が走り、顔が赤く染まる。

気付いていたんだ、敦賀さんは。私が必死に押さえようとしているこの気持ちを。
知っていながら、こんな事を……

握った手が震えだしたのは、羞恥からなのか、怒りからなのか……あるいは悲しみからなのか。

私には分からなかった。

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