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二重奏 3

敦賀さんは僅かに身体を起こすと、熱く火照る頬に手を当てた。 親指がするりと肌をなぞるように滑る。

「や…っ!」
触れられたくなくて、思い切り首を竦めた。私の気持ちを隠す事なく真っ赤に染まった頬を、その意味を知りながら不用意に触れてくる手はあまりにも残酷に思えた。

「離してください…っ」
私の嘆願に応じるように、覆う手が肌から離れる。けれどその腕は私の背中へ回されて、広い胸元へと身体を強く引き寄せられた。

「敦賀さんっ」
「最上さん、俺はね」
抗議の呼びかけは、強い意志を宿した声に呆気なく阻まれてしまう。

「俺の考えすぎであって欲しいと、そう思っていた」

――私だって気のせいであって欲しいと思ってました。
敦賀さんの落とした言葉に、心の中で答える。

恋なんてしていないと呪文のように繰り返して、目を逸らし続けて……でもそんな抵抗は無意味だった。何を見ても、何を考えても敦賀さんに結びつけている自分を騙す事はできなくて、いつしか否定する事もできなくなっていた。

「君が既に気付いていて、その上で避けられているだなんて考えたくもなかった」

気付いたからこそ、後輩として一線を置くしかなかった。

敦賀さんには大切な人がいると知っていたから。
この想いが育てば私は壊れてしまうと、最初から分かっていたから。

「君はまだ人を愛する事に怯えていると感じていたのに、どうして……一体いつからこんな…っ」

愛情を否定していたにも関わらず、また同じ罠に嵌って……その結果、仕事上の先輩を避けるような行為をして。

そんな私をこの人が許せる訳がない。誰よりも仕事に対して厳しい人だから。

敦賀さんは何かの事情で自分の恋心を封じていている。それはプライベートの恋愛事よりも、仕事である俳優業を優先させていると言う事。

そんな風に徹底して自分を制御している敦賀さんから見れば、私の行動はあまりに情けなく映った事だろう。

トップ俳優を目指すと言っていたのは誰だ?
その程度の気構えで俺に追いつくつもり?
そもそも仕事上での好意を過剰に受け取られても迷惑だ。
君は大勢いる後輩の一人に過ぎないのだから。

私を責める敦賀さんの姿がありありと脳裏に浮かんで、あまりの居た堪れなさに謝罪の言葉が口から零れ落ちた。

「すみません…」
「それが…君の答えなんだ……」

少し掠れた低い声に恐れを感じながらも、抱き留められた腕の中からそろりと顔を上げると、そこには何かを悼むような苦悩を湛えた瞳があった。

敦賀さん……もしかして、惜しんでくれている……?
こんな不甲斐ない後輩でも、それを失くす事を少しでも残念だと思ってくれている……?

……ごめんなさい、敦賀さん……

「ごめんなさい……」

愚かな後輩でごめんなさい。
あなたを避けてごめんなさい。
心配させてごめんなさい。

「ごめんなさい……ごめんなさい…」
「最上さん…っ…」

迷惑をかけてごめんなさい。
嫌な思いをさせてごめんなさい。

「ごめんなさい…」

あなたを好きになって、ごめんなさい…っ…!

「やめてくれっ!!」

張り上げられた声に、ビクリと大きく身体が震える。視界が反転して、寝転ぶようにソファーへと押し倒された。覆い被さった敦賀さんの眼差しが、私を強く射抜く。

「なぜ謝る!? 俺への同情? それとも拒絶? どちらにしても俺はそれを受け入れる事なんてできないっ」

至近距離で告げられる憤りを顕にした言葉の、その切羽詰った調子と尋常でない体勢に、今何が起こっているのか理解が追いつかず、ただ呆然と敦賀さんを見詰める。

「君の気持ちが既に決まっていたとしても、諦める事なんてできない。俺はまだスタート地点にすら立っていないんだ!」
「…敦賀、さん…?」
「俺は伝えるのが遅すぎたのかもしれない。だけど、例え君が既に知っていたとしても、きちんと俺の口から言わせてくれないか」

私の気持ちを知っている敦賀さんが、今になって何を言うつもりなんだろう。

わざわざ伝えてくれなくてもいいのに。私に同情をして、最終的に拒絶をするのはあなただって事、私は知っているのだから。

「最上さん……!」

目を伏せた私を、敦賀さんが強く呼んだ。それと同時にソファーの端を握り締めていた右手が取られ、持ち上げられる。え、と思わず目を開けると、上げられた手に大きな手が重なり、長い指が私の指の間に通されて、きゅっと力を込められた。

突き放されると覚悟を決めた直後に、手を取られ指を絡められて……それだけの事にドクリと跳ねた心臓の鼓動。動揺する私に、ごめんと敦賀さんが小さく囁いた。

「こんな体勢で伝えるのは卑怯だと分かっている。でもこの檻から開放したら君は逃げてしまうから……俺はそれを許す事はできないから、このまま話をさせて欲しい」

思い詰めた表情の中に精一杯の労りを感じて、私は胸の痛みを抑えて頷いた。さようなら、と自分の恋心に決別して。

「最上さん……」

待っているのは、もたらされるべき最後の一言。

「俺は、君が好きだ。誰よりも君を愛している」

告げられた予想外の言葉に……そのあまりの有り得なさに大きく目を見張った。

「君を不破になんか渡せない。他の誰にも君を渡す事なんてできない」
「敦賀…さん…?」
「君がいくら俺を避けたとしても、それでも俺は君を追いかける事しかできない。だから本気で考えてくれないか。俺の事を、俺との未来を!」
「な……何をおっしゃってるんですかっ」

うろたえる私に、敦賀さんが更に畳み掛ける。

「君が欲しいと言っているんだっ」
「冗談はやめてくださいっ!」

繋がれた手を勢い良く振り解こうとしたけれど、絡められた指に更に力を込められて頭上へと押し付けられた。

「冗談なんか言っていない!」
「じゃあ、バカにしないでください!いくら私が騙されやすいからって、これだけ続けば不自然だと気付きますっ」

何とかこの体勢から逃れようとバタバタと手足を動かしてみても、敦賀さんの拘束は一向に緩まない。

それでも抵抗せずにはいられなかった。これ以上の茶番はもうご免だと、心の底から思った。

「……どういう意味?」

キンと空気が冷え、敦賀さんの纏う気配が変わった。彼を怒らせたのは間違いない。でも私の方だって、それでも構わないと思える理由があった。

「一度や二度ならどんなに有り得ない話でも、似たような事が重なっただけとか、偶然とかあるかもしれませんっ。でも三度続けば、それは故意です!」
「……三度……」
「あのバカ男達ならともかく、敦賀さんまでこんな性質の悪い戯言に興じるなんてっ。そんなに私をからかうのが面白いですか!?」
「一度目は、誰?」

囚われている手に力が込められて、締め付けられるような痛みを感じる。

「君に最初に告白をしたのは誰? もしかして、あの軽井沢のストーカー?」
「……そうです」
「彼にまた会ったんだ。いつ、どんな風に言われたの」
「バ…バレンタインの前日に、『俺はお前が好きだ』って……」

その直後に「つまらない女共に同化」だの「うすらぼんやり」だの散々言われて帳消しどころかマイナスでしたけど……そう説明する前に、敦賀さんが昏い声で呟いた。

「俺も舐められたものだな。彼には二度と近づくなと警告したはずだが……」
「あ、あのっ!『去年のうちは現れなかっただろう』とか何とか出会い頭に言ってましたので、決して敦賀さんを軽く見たとかいう事ではなくてですねっ」
「彼を庇うの?」

地の底を這うようなおどろおどろしい声音におののき、思わず弁解めいた事を口走って、しまったと血の気が引く。

「そういう訳では…っ」
「……まあ、それについてはいいよ。対策は打つようにするから」

何をするつもりですか、とは怖くて聞けない。

「なるほどね。一度目はレイノ、二度目は不破、そして三度目が俺か」
敦賀さんの口元に笑みが浮かんだ。まるで何かを嘲笑うように。

「君の言う通りだな。三度重なれば偶然は有り得ない。君も置かれている状況をしっかりと把握した方が良さそうだ」

あまり無防備が過ぎると、良からぬ災難に巻き込まれるかもしれないしね……?

続けられた言葉に、押し倒されて身動きできないこの状況こそが災難では……と密やかに思い、強張る唇がふるりと震えた。

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