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二重奏 4

「まずは君に信じてもらわないとね」
「な……何をですか……」
真っ直ぐな視線に射竦められて、身体が萎縮する。

「冗談を言っている訳でもないし、バカにしている訳でもない。俺は本気で君を好きだと言う事をだよ」
「そ…そんな訳ありません……っ」
「あのね、最上さん。君、今がどういう状況か理解してる?」

どういうと言われましても、色々な意味でひどく困っている状況なのは間違いないですが……

言い淀む私より先に、敦賀さんが口を開いた。

「君は、俺に襲われているんだよ?」
「な……っ!」
あからさまな物言いに赤面し、絶句した。

確かにこの体勢は傍から見ればそんな風に見えなくもないけれど、敦賀さんが私を……なんてそんなシチュエーションが有り得ない事はお互いが一番良く分かっているはずなのに。

「ねえ、最上さん……」
動揺する私に構う事なく、敦賀さんがしっとりと言葉を紡いだ。

「今、君は鍵のかけられた部屋に俺とたった二人きりで……君は俺に押し倒されて自由に身動きをする事もできない」

見目麗しい顔が近づき、癖のない前髪が私の額を掠める。背中できしりとソファーが鈍い音を立てた。

「俺は男で、君は女で……この先に何が待っていると思う…?」

私の唇を親指でゆっくりとなぞりながら、謳うように敦賀さんが問い掛ける。

「何も……待ってなんていません」
「捕われの身でありながら、よくそういう答えを出せるね」
「雰囲気に飲まれて動転したあげくに、大笑いされるのは嫌ですから」
皮肉を込めて言うと、敦賀さんがちろりと私から目線を逸らした。

「それはもしかして、ダークムーンごっこの時の事を言っている?」
「もしかしなくてもそうです」
「あれは、君を笑った訳じゃない」
「いいんです。別にフォローをしてもらわなくても、気にしてませんから」

女性慣れしている敦賀さんから見れば一笑に付してしまう程度の出来事だろうし、それを蒸し返すつもりはない。

「だったら、なぜわざわざその話を持ち出す?」
「おしおきはもう、やめにして欲しいからです」

―――からかったんじゃない、おしおきしたんだ。
遊ばれたと怒る私に、敦賀さん演じる嘉月は済ました顔で言ってのけた。

つまりはそう言う事。これは敦賀さん流の意趣返しに過ぎない。男性に免疫のない私に非礼の代償を求めるなら、一番効果的なやり方だもの。

だから、ドキドキなんてしちゃいけない。
私を見る眼差しに、語る言葉に、触れる指に、心を奪われてはいけない……!

「あれは飽くまで嘉月としての演技上のセリフだ」
「あの時はそうだったかもしれません。でも今はその言葉の通りじゃないですか?」
「何だって?」
「だって敦賀さんは怒っていたじゃないですか。せっかくの好意を無下にして帰ろうとした事を、敦賀さんから距離を置こうとしていた私を……!」

ビクリ、と敦賀さんの肩が揺れた。

「俺を避けていたと認めるんだ…?」
「避けているつもりは…ありませんでした。でも敦賀さんがそう感じられたなら、結果的に失礼な振る舞いをしていたという事になりますから」
「君は俺から距離を置こうとしていたんだろう? 同じ事じゃないか!」

語尾強く言い切る敦賀さんに薄く笑みを返す。早々に懺悔して、この息苦しい甘い罠から解放してもらう為に。

「修正しようとしていたんです。本来の先輩と後輩のあり方に」
「……どういう意味?」
「お互いに、代マネをした時の感覚を引きずったままだったんだと思います。敦賀さんに何度も車で送っていただいたり、ご自宅にお邪魔して料理を作ったり、演技指導をお願いしたり……これは客観的に考えても一般的な後輩の枠を超えていますから」
「だから俺から離れようとした?」
「そうです」
「いきなり疎遠にされる俺の気持ちも考えずに……?」

眉を寄せて苦しげに話すその声音に、胸が締め付けられて捩れるような痛みを覚えた。

「それについては本当に申し訳ないと思っています……」

自分の都合を押し付けて、敦賀さんに悲しい思いをさせてしまった。自分の気持ちを隠す事に精一杯で、そこまで考えが及ばなかった。

全ては私の至らなさが原因。だから敦賀さんにこうして責められるのは当然なのだけれど……そう理解していても、この状況はやっぱり辛い。

「……確かに先輩後輩の距離としては近すぎたかもしれないね」
「はい」
「分かった。だったらもう、すっぱりとこの縁を切ってしまおうか」
「え…っ」

何事もなく言い放つ敦賀さんに、一瞬思考が停止した。

縁を切る……

確かに私は敦賀さんから離れようとしていた。でもそれは後輩としての枠を出る事なく接していければと考えていただけで、この人との繋がりがなくなるなどとは想像もしなかった。

自分の甘さを思い知る。

それだけこの人の癇に障る事を、私はしていたのだと。
心のどこかで許してもらえるだろうと思っていた、それこそが驕りだったのだと。

「分かり…ました。敦賀さんがそう望まれるなら」
「そう。納得してもらえて良かったよ。これからは事務所の後輩である君に、目を掛けるような事は一切しないから安心して」
「……はい」

呆気ない終焉―――それに、憂う間もなかった。敦賀さんは絡めた二つの手を端正な顔へと引き寄せると、私の手の甲に唇を押し付けて甘く噛んだ。

ゾクリと背筋を走った刺激に思わず手を引いたけれど、敦賀さんはそれを良しとはしてくれず、離してもらえる気配がない。

「つ、敦賀さん、何を…っ」
「縁を切ると言った俺に異を唱える事なく、あっさりと返事をしてくれた仕返し」
「なっ…」
「これからは後輩ではなく最愛の女性として君に接していくから、そのつもりで」

……何を言っているんだろう、この人は。
一体、何を考えているんだろう。

次々と提示される、私の許容量を遥かに超えた宣告に凍りつく。

「あのっ、一体どうしてそんな話になるんですか!?」
「さっきから何度も言っているだろう? 君が好きだからだ。先輩という立場が君を遠ざけると言うなら、そんなものは必要ない」

きっぱりと明言する敦賀さんに圧倒されて、呆然と私の視界を独占している人を見詰める。

「俺はね…最上さん。君が好きだから、こうして君を閉じ込めた」
目線を合わせられた瞳に、揺らめくように艶が帯びる。

「君が好きだから、抱き締めずにはいられなかった」
敦賀さんの空いている手が、私の短い髪を二度、三度と流れるように梳く。

「君が好きだから、キスをした」
「ち、違いますっ!」

細く長い指が、私の唇に落ちる前に叫んだ。

「あれは違いますっ。敦賀さんもおっしゃったじゃないですか!『これはノーカウントだ』って!」

声を張り上げた私に驚いたのか敦賀さんが僅かに目を見張り、続けた言葉に苦く笑みを零した。

「いきなりのキスなんて、君にとっては辛いだけだろうと思ったからだ。いい加減な気持ちでした訳じゃない。君が愛しくて、だから俺は……」
「嘘っ!」
「最上さん?」
「そんなの、嘘ですっ!」

力いっぱい否定する私を見る敦賀さんの顔が、不快の色も顕に歪む。

「どうして俺の気持ちをそこまで疑う? そんなに俺が信じられないのか?」
「だって、あれは違ったじゃないですか……!」

好きだなんて、そんな甘やかな感情じゃない。

「私の意志は関係なくて、苛立ちとか憤りとか、そんな感情をぶつけるだけの、私にそれを知らしめるだけの戒めのようなものでっ」

それに私が気付いていないだろうと判断されているのが、無性に悔しかった。

「あんなのは暴力でしかなくて、ショータローのやった事と大して変わらな…っ」

言いかけて、ハッと口を噤んだ。言い過ぎたと思った時には、敦賀さんの顔は恐ろしいほど無表情になり、私を見る目だけが異様に強い光を放っていた。

「君は……鋭いね。嫌になるぐらいに」
「……っ…」
「そうだよ。変わりはしないんだ。俺も、不破も…レイノも。皆、同じだ」
「敦賀…さん……?」

冷静と思えるほど淡々と話をする敦賀さんから漂うのは、今までに私に向けられた事のない程の強烈な負の気配。

「手に入れたいと執拗に求めて、決して奪われまいと警戒して、互いに牽制しあっている。君が察した通りだよ」

敦賀さんは目を閉じると、次にはひたと私を見据えた。

「三度続けば……それは必然だ」

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