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二重奏 5

「必然……」
「そう。起こるべくして起きたと言う事だよ」

鸚鵡返しに繰り返した言葉に敦賀さんが答え、感情を乗せない声が更に続く。

「敵に譲る気はないと水面下で争い、張り合って、その結果連鎖反応が起こる。全ては、君を独占する為に」
「……私…ですか…?」
「寝耳に水の話ではないはずだ。二人から告白されているんだろう?」
「え……?」

起伏なく語られた話は、どこか抽象的で現実味に欠けていて……だから、いきなり突きつけられた直接的な言葉を、すぐに関連付ける事ができなかった。

「ま…待ってください。あれは形としてはそういう類のものに入るのかもしれませんが、実際は単なる嫌がらせに過ぎません。決して敦賀さんが考えているような事ではありませんからっ」
「……全く、君ときたら……」

小さな溜め息が、薄い唇から零れ落ちた。

「彼ら二人は『嫌がらせ』で、俺は『おしおき』か。愛の告白をそんな風に受け取るのは世界広しと言えども君ぐらいだろうね」

浮かんだ皮肉めいた笑み。それにジワリとひずみが生じる。

「本当に、君はどこまで否定すれば気が済むんだ? こちらが知られたくないような心の動きは敏感に察してしまうくせに、肝心のそれに至った理由については綺麗に目を背けてしまう」

一転して険しくなった語気に、嵐の訪れを確信して身体が竦み上がる。どこで地雷を踏んだのか、なんて可愛いものじゃない。おそらくは私の言動全てが敦賀さんを苛立たせている。

「君は想像もしなかっただろう。俺がどれほど追い詰められていたかなんて」
「敦賀、さん……」
「最初は気のせいだと思ったよ。俺がいつも君を意識しているから、些細な事でも気になってしまうのだと自重してね」

だけど目が合った瞬間に、さりげなくそれを逸らされて。
声を掛けようとしたら、他の人と楽しそうに話し始めて。
ようやく話せたと思えば、挨拶程度で早々に切り上げられて。

そんな事が何度か続けば流石におかしいと思うだろう?と、敦賀さんが私に問い掛ける。つらつらと述べられた出来事は身に覚えのあるもので、まさかそれを気付かれていたとは思わず、自分の浅はかさに唇を噛んだ。

「君に避けられているなどと認めたくはなかった。このまま君が俺から離れてしまったら……そう思うと胸が潰れそうだった。そんなはずはないと否定して、けれどそれを押し通せないほど君の態度は明らかに以前とは違っていて……考えれば考えるほど不安ばかりが押し寄せて、どうにかなりそうだった」

吐き出すように語る敦賀さんの言葉に、心臓がドクドクと音を立ててその存在を主張する。

敦賀さんをここまで不安にさせてしまっていた事が申し訳なくて。
敦賀さんにとって私の存在が思っている以上に大きかった事が嬉しくて。

相反した二つの感情がせめぎ合い、打ち付ける鼓動が身体中に木霊する。

「もう限界だった。だから今日は君に確認をするつもりだったんだ」
「確認…? 何を…ですか」
「君は本当に俺から離れようとしているのか、もしそうなら理由は一体何なのか。意味もなく人を避けるような行動を取る子ではないからね、君は。とにかく話を聞かなければと、そう思った。だが……」

敦賀さんの声がワントーン低くなる。

「君に訊ねる前に不破が答えをくれた。『キョーコには既に想いを告げてある。だから待ったところで無駄だ』とね」
「なっ…!」

なに考えてるのよ、あのバカ男ーーっ!!
そんな言い方をしたら、アイツが原因で私が敦賀さんを避けていたように聞こえるじゃないの!日本語は正しく使いなさいよっ!

「敦賀さんっ、アイツの言う事なんて信じちゃダメですっ、デタラメです!」
「でも君は彼の言うように、俺の誘いを断った」

断じるように言われて、グッと言葉に詰まる。

「彼に告白もされていた」
「…そ、それは……」
「全て事実だろう?」

敦賀さんの人より秀でた面立ちが、辛そうに歪められる。

「君が俺を避け始めたのは彼のせい? 不破を赦して彼の想いを受け入れたから、俺から離れようと思ったんじゃないのか。通常の『先輩』よりも親しく接してくる俺が鬱陶しくなったから、距離を置く事にしたんだろう?」
「つ、敦賀さんっ」
「許せなかった。復讐を誓っておきながら、また彼に心を寄せる君が。君を傷つけておきながら、再び君を手に入れようとしているアイツが。何も行動をしないまま、みすみす君を奪われようとしている俺自身が!嫉妬でおかしくなりそうだった……!」

嵐のように叩きつけられる言葉と想いは、私がその本質を手に取る前に激流に押し流されていく。

「衝動に任せて君の唇を奪った。君の言う通りだ。あのキスに甘さなんてない。不安や焦り、怒りに嫉妬…そんな暗い感情に溢れていた。だがそれは恋をしていないからじゃない」

グイと顎を取られ、視線を炎揺らめく眼差しへと固定される。

「君を愛しているからだ!勝手だと言われようとも、迷惑だと罵られようとも、この想いを断ち切ることはできない……!」
「…つるが、さ…」
「例え君の心が不破にあったとしても、俺は君を諦めるつもりはない」
「ま、待ってください…っ!」

半ばパニックに陥りながらも、聞き捨てならない名前のオンパレードに耐え切れず、口を開いた。

「……何? まさかチャンスの一つもくれないなんて言わないよね……?」
「ち、違いますっ」

うっすらと笑みを浮かべた敦賀さんに心が怯む。それでもこの誤解だけは解いておかなければ……!

「アイツは関係ありませんっ。私はショータローの事なんて、何とも思っていませんからっ!」

必死の思いで弁明を試みる。敦賀さんはしばし無言で私を見つめると、念を押すように一言返した。

「……本当に?」
「本当です!」
「では、彼が原因でないのなら、なぜ俺を避けた……?」

その場限りの誤魔化しは許さないと、その声が語っている。

「それについては、もうお話したはずです。敦賀さんのご好意に甘えすぎていたから、これからは後輩としての節度を持って接していこうと思っただけです」
「なぜ急にそんな事を思った? 君がそう思う切欠があったはずだ。何らかの理由がね」
「……っ…」
「言いたくないのなら構わない。その関係は既に捨てたものだし未練もない」

君は事務所の後輩などではなく、俺にとってかけがえのない、誰よりも大切で愛しい人だからね。

てらいもなく囁く敦賀さんに、このまま流されてはいけないと胸がざわめく。

「ダ、ダメです、敦賀さん!ダメなんです!」
「なぜ?」
「私は敦賀さんにそんな風に思ってもらえるほどの人間じゃありません!」

敦賀さんが至極不快そうに眉を上げた。

「君の価値は俺が一番よく知っている。例え君自身にでも、それを否定される謂れはない」
「だ、だって、私には何もないんです!敦賀さんもすぐに分かるはずですっ。そして呆れて果てて、私を見捨ててしまうに決まっています!」
「そんな事はしない!」

断言する敦賀さんに、でもと反論する。

「私はこのままでは自分を無くしてしまうっ。また空っぽの人間になってしまうんです!」
「なぜそんな風に思う? 君は演技を通して自分を作って行くと決心して、その為の努力をしてきたんだろう。俺はそんな君を見守ってきた。君が積み上げてきたものを、この目でちゃんと見てきた」

最上キョーコを作るため―――
かつて語った演技を勉強する理由。それを敦賀さんは覚えてくれている。

それなのに、今の私は……!

「私もそう思っていました。色々なお仕事をして、たくさんの人と出会って、世界が広がって……少しは自分を作れてきたかな、なんて考えて。でもダメなんです。消えちゃうんです!これ以上傍にいたら、私は私でなくなってしまうっ」
「……最上さん……!」

涙混じりに頭を振る私に業を煮やしたのか、敦賀さんは絡めた指を解くと、それを私の背中に回して軽々と身体を起こしソファーに座らせた。いきなりの解放に驚く間もなく、両肩を掴まれて背もたれに押し付けられる。

「それが俺から離れようとしていた理由…?」
肩に置かれた両手に痛いほどの力が込められて、状況の変化に追いつけないままコクリと頷く。

「どうしてそう思うんだ?」
「だって、もう一杯一杯なんです…っ。何処にいても、何を見ても、何を考えても、思い浮かぶのはたった一人で…っ」
「うん…」
「私が築いてきたものなんて、綺麗に掻き消えてしまうんです。私はまた、自分を持たない愚かな私に戻ってしまうんですっ」
「……だから?」

今までとは違う、優しい響きに促されて、言葉がするすると流れ落ちる。

「だ、だから迷惑になる前にっ、これ以上想いが膨らむ前に蓋をしてしまおうって、そう思って……辛くても離れなくちゃいけないって…」
「君が辛い思いをしているのは、俺のせい?」
「……っ…」
「俺のせいなんだろう……?」

もういいから言ってごらん、と甘く誘う声に逆らう事はできなかった。

「敦賀さんの……敦賀さんのせいですっ。敦賀さんに会えると嬉しくて、傍にいられないと寂しくて、いつの間にか敦賀さんの事ばかりを考えていて、敦賀さんで心が一杯になっていて、敦賀さんが…っ…」
「捕まえた……」

子供のようにしゃくり上げる私を、敦賀さんが力強く抱き締めた。

「君の本当の心を、ようやく捕まえた……!」

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