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「二重奏」と同様に、キョーコが蓮を避ける話。蓮視点です。
去年の3月にゲストとしてお誘い頂いたオフ本用の原稿なのですが、諸事情で発行中止となった為、こちらにUPします。




「やあ、最上さん。久しぶりだね」
 声をかけた途端、ビクリと震えた背中に苦笑する。本当に嘘の付けない子だ。表情を見るまでもなく、彼女の葛藤が手に取るように分かる。気が付かなかったと押し通してこのまま立ち去るべきか否か、僅かな逡巡の後に振り向いた彼女は、迷う心を隠し深々と礼をした。
「こんばんは、敦賀さん。お久しぶりです。ここでお会いしたということは、会議室にご用事ですか?」
「ああ、新しいドラマの打ち合わせがあって、今終わったところなんだ。社さんは残務処理でまだ事務所に残るけど、俺はこれで上がりでね」
 彼女がいつも俺と行動を共にしているマネージャーの姿を目で探している事に気づき、それとなく説明をする。 
 「『お前はさっさと帰って、きちんと飯を食っておけ』と社さんに厳命されてしまったよ」
 肩を竦めて言うと、彼女はどこか曖昧な笑顔を見せた。
「敦賀さんは食に疎いところがあるから、社さんも心配なんですよ。今夜はきちんとお食事なさって下さいね」
 返ってきたのは、有体で当たり障りのない言葉。俺の杜撰な食生活を憂いては、時に呆れ、時に鬼の形相で小言を繰り返してきた彼女らしくない、余りに素っ気無い物言いだ。
「へえ……それだけなんだ」
「それだけって……他に何かありますか…?」
「最上さん、今日のこれからの予定は?」
 顔を強張らせた彼女に気づかないフリをして、話を変える。
「ラブミー部の仕事が一本…入っています。すぐそこの会議室に八時までに行くようにと指示を受けていて、そこへ向かう途中だったんです」
 だから私は敦賀さんと一緒に帰る事も、お食事をする事もできないんです。
 そんな言葉が続きそうだと思ってしまうのは、被害妄想に近い思考だろうか。
「その仕事で今日は終わり?」
「はい」
「そう。それなら問題ないね。じゃあ、行こうか」
 にっこりと笑い、彼女の右手を取り歩き始める。『会議室』と印字された札を掲げている部屋を幾つか通り過ぎ、地下駐車場へと続くエレベーターへと向かった。
「つ、敦賀さん!?」
 手を引かれ、小走りでついて来る形となった彼女から抗議の声が上がる。それには構わず、壁に設置された逆三角形のボタンをカチリと押した。
「ちょっと待って下さいっ、一体どこに行くんですか? 私、これからお仕事があるって敦賀さんにご説明したはずです!」
「確かに聞いたよ。でも既に廊下で会った以上、わざわざ会議室に行く必要はないだろう? あそこは単なる待ち合わせ場所に過ぎないのだから」
「え?」
「椹さんから聞いてない? 具体的な内容について」
「聞いてません。行けば分かるというお話でしたので」
「そう……」
 聞いている訳がない。事前に話をしないように、予め頼んでおいたのだから。
「ラブミー部経由で君に仕事を依頼したのは俺だよ。君の役目は、俺の自宅で俺の為に料理を作ることだ」
 目を見開き、顔色を失った彼女が息を飲む。背後では鉄の扉が鈍い音を立てて左右に開き、狭い空間へと俺達を誘っていた。


「ご馳走様。美味しかったよ」
「たいして手の込んだ物も作れませんでしたが、少しでも敦賀さんのお口に合ったのなら良かったです」 
 空になった食器をトレイに移しながら、社交辞令の如く至極淡白に最上さんが答える。マンションに足を踏み入れた時には氷のようにガチガチに固まっていた彼女も、食事を終える頃には会話が成り立つ程度には肩の力が抜けていた。しかし俺に対する警戒は解けていないらしく、どこか余所余所しい雰囲気は変わらない。
「少しだなんてとんでもない。百点スタンプを気前良くポンと押したくなるほど、美味しかったよ?」
「そう言いながらあっさりマイナス点を追加するのが敦賀さんですから……油断がなりません」
「俺の性格をよく分かってるね」
「私は敦賀さんから色々と洗礼を受けてきましたから、そう上手く事が運ぶとは思っていません」
「そう……それなら話が早い」
 台布巾でガラステーブルを拭いていた彼女の手が、ピタリと止まった。
「話、と言うのは、私をここへ呼んだ本来の用件についてですか……?」
 先制してきたか。いつそれを振られるのかと構えていただけに、多少なりとも覚悟はできているようだ。
 彼女の問いに頷き、テーブルに片手を付いて立ち上がると、その動きに合わせて最上さんが俺を見上げた。
「ラブミー部の仕事の評価はともかく……俺の君への評価がプラスになるかマイナスになるか、それはこれからの話次第だ」
 見下ろした彼女の表情に、僅かに緊張の色が浮かぶ。
「なぜ俺を避ける?」
「避けてなんて……」
「いないとは言わせない。君には俺が、そんなに状況判断のできない鈍い男に見えるのか?」
 ガラステーブルに沿って歩を進め、彼女の傍らに腰を下ろして片膝を付いた。俯き目を逸らした彼女の顎を捉えて、こちらへと顔を向かせる。
「あの時、彼に何を言われた?」
 しかと瞳を見据えて単刀直入に聞くと、最上さんは眉根を寄せ、キュッと下唇を噛んだ。


 事の始まりは三週間ほど前、テレビ局での偶然の邂逅だった。ダークムーンの番宣を兼ねて、ある番組に最上さんと出演した際の帰り際、この世で一番顔を合わせたくない男に出くわした。彼女が復讐を誓い、唯一その言動に感情を乱す男。俺に挑戦状を叩き付け、不敵に笑う男。
 この偶然を不快と感じたのは相手も同様のようで、彼は俺達を見て露骨に顔を顰めた。最上さんの隣に俺がいる、それが彼にとっては面白くないのだろう。
 三人三様、それぞれがそれぞれに複雑な思いを抱えていた。
 不破がいつものように彼女に馴れ馴れしく声を掛けてきた時には、警戒すると共に、多少の不安をもって彼女に視線を送った。テレビ局という場所柄、行きかう人も多く、こんな所で諍いを起こせばマスコミの格好のネタになる。
 だが本音を言えば、それ以上に俺が見たくはなかった。二人の絆を見せ付けるような、息の合った言い争いを。
 幸い彼女は不破に対して、相手にする気はないという毅然とした態度を取り続けた。その理性的な行動に安堵し、二人で立ち去ろうとしたその時。不破が最上さんの腕を捕まえ、引き寄せる形で耳打ちをした。
 ……それからだ、彼女の様子がおかしくなったのは。


「彼…とは、あのバカ男の事でしょうか」
「君に心当たりがあるなら、そうなんだろうね」 
「敦賀さんが気にされるような事は、何も言われてません」
「ふぅん、そうなんだ。では俺の考え過ぎかな。君の行動から察するに、俺から離れた方がいいとでも彼に提言されたのかと思っていたんだけど?」
「そんな事っ…!アイツに言われる筋合いはないし、例え言われたとしても言う通りにする訳がありません!」
 顎を捕らえた俺の手を振り切る勢いで心外だと激しく否定する、その彼女の言葉に偽りはないだろう。俺としても本気でそう疑っている訳ではない。
 だがぞんざいに『アイツ』と呼ばれる彼が、彼女にとって気の置けない、誰よりも近い存在であるという事を突きつけられているようで、返って胸の中でモヤモヤとした不快感が増すのを感じる。
「それは誤解ですっ。信じてください、敦賀さん!」
 俺に対しては、気持ちに乱れが生じても丁寧な態度を一貫して崩さない彼女。それを目の当たりにするにつけ、余計に思い知らされるようだ。俺と不破の、彼女の中での距離の差を。
「でも不破君の一言で、君は俺に対して一歩引くような態度を取るようになったんだろう。それに気が付かないほど観察力がないと思われるのは心外だし、侮辱にも等しい。些細な事を気にするなと言うなら、余りにも浅はかで無神経だ」
 苛立つ感情がそのまま口から溢れ出す。ブレーキをかけることなく放たれた言葉に、最上さんは凍りついた。

 腹の底から沸々と沸き起こるこの感情が、理不尽な嫉妬から来ていると自覚はしている。例え最上さんが本当に不破に言われた事が原因で俺を避けるようになったのだとしても、彼女を責めるのは筋が違うと言う事も分かっている。それでも俺は、最上さんが離れていくのを見過ごす事はできないし、それを許す気もない。
  おかしなものだ。かつて恋人という関係にあった女性達が離れていく事には何の抵抗も感じなかったのに、ただの後輩という立場の彼女にこれほどまでに固執し縛りつけようとしているのだから。俺にそんな権利など、何一つ有りはしないのに。その資格を得る為に打ち明けるべき事は綺麗に隠蔽し、不条理な要求ばかりを押し付けている。
 だが……そんな身勝手な要望も、押し通せば正となる。疑う事を知らず、真正面に物事を受け止めてしまう彼女なら簡単に追い込めるだろう。
 そう計算する俺はどれだけ我欲が強く、利己的なのか――

「……と……です……」
 しばらくの沈黙の後、最上さんが小さく言葉を落とした。
「何…?」
 独り言のように呟かれたそれを捉え損ね、短く聞き返す。
「変わらないと…言われたんです。お前は俺の家にいた、あの頃そのままだ…って」
 俯いた視線の先にあるのは、腿の上できつく握り締められた白い両手。
「どういう事…?」
 話し始めた彼女に、幾分声音を和らげて先を促した。
 不破の言葉が何を意味するのか、今の時点で俺には推察することができない。どう足掻いたところで、不破と彼女の十数年にも及ぶ過去の経緯に入り込む事は不可能だ。だが、それならば彼女から情報を引き出せばいい。当時の状況を聞いて理解する事は、同じ時を過ごす事ができなかった俺でも可能なのだから。
 最上さんはおずおずと語り始めた。

「私、多分あの日は少し浮かれていたんです。敦賀さんと一緒にトーク番組に出演できて。私なんて売り出したばかりの新人で、敦賀さんと肩を並べるなんて考えるだけでも恐れ多いんですけど……でもだからこそ、例え番宣でも敦賀さんと一緒にお仕事ができて嬉しかったんです」
 最上さんが語りだしたのは、何年も前の不破との過去ではなく、三週間前の不破との邂逅の日の出来事だった。あの日は二人揃ってのトーク番組出演という事で、社さんが女子高生のようにハイテンションに囃し立てたのだが、俺自身、素直に嬉しいという気持ちがあり、苦笑いしつつもそれを寛容に受け入れていた。彼女の言葉を借りるなら、俺も浮かれていたのだろう。
「番組が滞りなく進行して、司会者の質問に『京子』として一つずつ答えているうちに、私、少しは自分を育てる事ができているのかな、なんて思えて嬉しかったんです。でも、そんな風に浮かれた後に待ち受けているのは決まって、現実を伴った大きな落とし穴なんですよね……」
 私ったら、今までの経験で嫌というほど分かっていたはずなのに。
 最上さんが横を向いてボソリと呟いた。拗ねている……と言うよりはむしろ、やさぐれているような声色だが、とりあえず俺に向けられた言葉ではないらしい。
 彼女は零した文句をそのまま捨て置き、意識を本筋へと戻した。
「そして案の定、収録後にあのバカと会ってしまった訳です。でもせっかくの良い気分を台無しにしたくなくて、アイツに構わずさっさと通り過ぎようと思ったんです。テレビ局という事で人も大勢いましたし、何よりも……」
 言いかけて、最上さんが俺の顔をじっと見つめた。
「何よりも、敦賀さんがアイツをよく思っていないのを知っていましたから」
 少し間を置いて続けられた彼女の言葉に、目を見張った。正にその通りではあるのだが、まさか最上さんの口からそれをストレートに指摘されるとは思わなかった。
「俺はそんなに露骨に、彼に対しての感情を顕わにしているのかな」
「感情を顕わにしているというよりも……空気がピリつく感じがします」
 なるほど、それはありそうだ……。
 苦笑する俺の横で、最上さんがすっと居住まいを正した。
「敦賀さん。これを隠すと話が進まないので……私、正直に打ち明けます」
「何? 改まって」
 彼女の瞳が、真っ直ぐに俺を見据えた。

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