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 突然の告白に、鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
「私は敦賀さんが嫌いでした」
 彼女は揺ぎ無い瞳で俺を見詰め、そう口にした。

「……嫌い、でした……?」
 何が起こったのか分からないまま、呆然と耳に飛び込んできた言葉をなぞると、最上さんはコクリと頷いた。
「でした……と言う事は、今の話ではないんだよね……?」
 機能停止寸前の思考回路……それでも否定の為の可能性を探ろうと足掻く心が、何とか彼女の言葉尻を捕えて尋ねた。
「はい、敦賀さんに出会ったばかりの頃の話です。いつか敦賀さんを実力で見返してやるんだって、本気でそう思っていました」
 再会した頃の話…か……。確かにあの頃の俺は、最上さんに嫌がらせとも取れるような言動ばかりをしていたから仕方がない。嫌われても当たり前、自業自得だ。
 自分自身に言い含めるように、つらつらと考える。
 しかし過去の話とはいえ、想っている相手に嫌いだと直に言われたダメージは思いの他深く、この程度の事で傷つく己の弱さに内心、苦笑した。

「それで……?」
 これ以上、当時の話題に触れられるのを避ける為に、あえて彼女に続きを促す。
「……あの頃の私は、怖いものなんてなかったんです。例え敦賀さんに睨まれても、意地悪をされても平気だった。いつか見返してやるって意地を張って、強気でいられたんです」
 淡々と話していた最上さんの顔が、くしゃりと歪んだ。
「でも……今は駄目です。怖いんです。敦賀さんを怒らせたら、もし嫌われたらって、想像するだけでも恐ろしいんです」
 パタパタと落ちる涙が彼女の手の甲を湿らせ、深い色が肌に円を描いて広がっていく。
「私……少しは自分を確立できたと思ってました。なのに実際はアイツの言う通りで、私は人の顔色を伺っては怯えてばかりの子供のままで……っ」
 途切れ途切れになる言葉。それでも最上さんは搾り出すように話し続ける。
「何も変わってない……っ。悔しい……」
「最上さん……」
「私は、私を作っていくと決心しました。人として大事なものを取り戻したいと、そう願って。でも大切な人を作れば嫌われたくなくて萎縮してしまう。竦んでしまうっ。これでは臆病なあの頃の私と何も変わらない……!」
 背中を丸めて、最上さんは泣き出した。
「それをアイツに見抜かれるなんて…っ」
 悔しい、と何度も震えを帯びた声で繰り返す……その小さな姿に寄り添うように、一つの影が重なった。両親の前では無邪気な笑顔を貼り付け悩みなど何もないフリをして、その実、抗いようのない大きな力に潰される己に一人拳を握り締めていた……
 ――あれはかつての俺だ。
 不出来な子だと愛想を付かされることを恐れ、弱音を吐く事すらできなかった子供は、誰にも心を許さないまま孤独に身を置き、何もかもを壊して狂う道を辿った。
 だが君は違う。君の行くべき道は自らを閉ざすような、そんな暗い未来ではないはずだ。苦しみを一人で抱えたまま、逃げ続けるなどという事は……この俺がさせない。

「最上さん」
 呼びかけて、小刻みに震える彼女の背中にそっと手を置く。
「俺が不破君にあまり良い印象を持っていないせいで……俺の個人的な感情が元で、君に気を遣わせて嫌な思いをさせてしまったようだね。ごめん……」
 癖のある茶色い髪が、横に振られる。
「敦賀さんのせいではない…です。私が、弱いだけ」
「君が弱いというなら俺だって同じだ。好意を抱いた相手に嫌われるのは、誰だって怖いよ」
「…………」
「俺も君に嫌いだと言われて、かなりショックだったよ……?」
 ビクリと彼女の肩が震え、涙に濡れた瞳がそろそろと俺の顔を見た。
「すみません…私…っ…」
「だけどね……すぐにそれはあり得ないと思った。君に嫌われている訳がないって、心のどこかがそれを否定していた。……自意識過剰かな?」
「そんな事ありませんっ。敦賀さんほどの人なら、誰だって嫌ったりする訳…ないじゃないですか……っ」
 しゃくり上げながら、最上さんが答える。
「そうかな。俺を嫌っている人間なんて大勢いると思うよ。不破君とか、かつての君とか……簡単に例が上がるだろう?」
「それはあのバカがっ、身の程知らずにも一方的に敦賀さんを敵視しているだけですし、あの頃の私は敦賀さんの事をよく知りもしないで、表面だけを見て……!」
「うん、君に関しては今は嫌われていないって事は分かっているよ」
 宥めるように彼女に語りかける。
「俺はね、君に嫌いだと一蹴されるような、そんな浅い関係を築いてはこなかったと、それだけは自信を持って言えるんだ。違う?」
 顔を覗き込むと、彼女はふるふると首を振った。その様子に満足して頷き、微笑みかける。
「そしてそれは君にも言えることだよ。最上さんは俺が君を簡単に嫌うような、そんな不誠実な接し方はしていなかった。もっと自信を持っていい」
「自信…ですか…」
「君は俺の目から見ても成長している。人としても演技者としても。ただ、それに伴う自信が足りない。これは君を臆病にしている要因の一つだ。」
「自信と言えるほどのものは、持てません。……私はまだ何一つ達成したものがありませんから」
「確かに……目的の途中で振り返っても、その成果を実感するのは難しいかもしれない。でも歩んできた道のりは本物のはずだ。時には自分の立っている場所を客観的に見てごらん。心無い一言で揺らぐ事などないように」
「でもっ、いざ振り返ってみたら山の麓から頂上を目指して登っていたつもりが、深い地割れから這い上がってきただけで、実は地上にすら辿り着いていないのかもしれません」
 ……そう来たか。やはりこの娘は一筋縄ではいかない。
「それなら地の底から這い上がってきたその距離が、君が得た経験値だ。胸を張っていい。君はたくさんの汗を流して、ここまで登ってきたんだろう?」
 ――そして多くの涙を流して。
 最上さんは何かに思いを馳せるように考え込むと、「はい」と小さな、しかし意思を宿した返事をした。
「……それから君は自分だけでなく、気を許している相手の事も客観的に見る癖をつけないとね」
「どういう意味ですか……?」
「そうだな。例えば君の言動が切欠で、俺の機嫌が悪くなったとしよう。だがそんな時にも、必要以上に気にする事はないんだ。俺が短気なのが悪いのだと堂々としていればいい。別に俺が怒ったところで天地がひっくり返るわけではないだろう?」
「とっ、とんでもない!ひっくり返りますっ。私の中で敦賀さんの存在は絶対ですっ!」
 断言する彼女に、眩暈を覚える。これが俺への愛情から出た言葉なら、この上なく嬉しいのだが、そうでないことは分かりきっている。
 ――彼女の致命的な弱点。
 好意を抱いた相手には、盲目的な信頼を置いてしまう。全面的に相手を信じて正当化してしまうから、何かトラブルが合った時に、どうしても自分の言動に自信を無くし臆病になってしまうのだろう。
 かと言って、心を許した相手を信用しすぎるな、などと言う事もできない。それを指摘したならば、最上さんはこれから人を好きになるという事に対して戸惑い、拒絶するかもしれない。一度手酷い裏切りを経験した事のある彼女が、ここまで心を開くようになったのだ。愛を得るという意味で後退するような、そんな状況に陥らせたくはない。
 彼女の為にも……俺の為にも。
 
「俺が怒ると天地がひっくり返るんだ。それは困ったな」
「はいっ、凄く困るんです」
 神妙な顔つきで言う最上さんに、思わず噴出しそうになる。本当にこの子は妙に生真面目なところがある。可笑しくなるぐらいに。
「そうだな……それならいっその事、更に返してみたらどう? 君のパワーならそれぐらい簡単にできそうだし」
「は?」
「だからね……」
 内ポケットに入れていた携帯を、彼女にかざして見せてテーブルに置く。それを持ち上げて下へと向けた。
「裏返しになったものを元の状態に戻すにはどうしたらいいのか。答えは簡単だ。もう一度ひっくり返せばいい」
 カタンカタンと音を立てて、携帯を返して表に戻す。
「ほら、元通りだろう?」
 テーブルの上に視線を注いでいた彼女は、数度音にならない声を上げた。
「……っ……な…っ……な…何ですか、それはっ!」
「ん? 見ての通りだけど」
「私は真剣にお話をしているんです!」
「俺も真剣だよ?」
 からかわれたと憤慨している彼女に、遊びではなく真意だと眼差しで伝える。
「世の中にはどうしても取り返しのつかない事も数多くある。けれど後々のフォローや努力で、巻き返しができる事だって少なくはないんだ。恐れて触れなければ、反転させるどころか向きを変える事すらできない。怯えて避けるぐらいなら、思い切りぶつかってごらん。君のお得意だろう?」
「お得意……」
「根性には自信があるんじゃなかったのか?」
 見下ろすようにして、再会した当初の彼女の決まり文句を振ると、最上さんはむぅぅと眉を顰めた。
「敦賀さん……もしかして、私が嫌いって言った事を根に持っていませんか?」
「とんでもない。そう言われるだけの事をしたという自覚はあるからね。でも……少しだけ傷ついたかな?」
「そんな余裕の顔をして言ったところで信じられません。だいたい私なんかの一言でダメージを受けるほど、敦賀さんは柔な心臓を持っていないじゃないですか」
 君の言うその柔でない心臓が、一瞬止まるかと思ったんだけどね……という本音は心の内に留めておく。
「では、ちょっとした言動一つで君を嫌ってしまうほど、俺は弱くないという事も分かってもらえるかな?」
「そ、れは……」
「少しぐらい腹を立てたとしても、それで君を嫌ったりはしないよ。勿論それは俺だけじゃない。君に関わる人、皆そうだと思うよ」
「敦賀さん……」
「何も持っていなければ、恐怖など感じない。失くす物など最初からないんだからね。でも君は芸能界に入ってたくさんの物を得た……そうだろう?」
「はい……」
「失くしたくない、守りたいと思えるものができたという事は、弱くなったと言うことには繋がらないんじゃないかな」
 そう……それは時に強さをももたらす。
 俺にとっては演じる事への想いがかつての自分を立ち直らせ、今、君への想いは俺の心を豊かなものにしてくれている。
「君が自分の力で手に入れてきたものは、そう簡単に消えてしまうものではない。それだけの努力を君はしてきたんだ。恐れずに自信を持って、今まで通り突き進んでいけばいい」
 言葉少なに俺の話を聞いていた彼女の表情から迷いが消え、瞳の輝きが増す。
 どんな逆境にあっても明日を掴もうとする貪欲な意思。それこそが彼女の強さだ。

「ところで自信を持つに当たって、もう一つ必要な事があるんだけど。君も身につけておいて損はないんじゃないかな」
「何ですか?」
「ハッタリだよ」
 営業用の顔でにっこりと笑って言うと、彼女の顔がおもむろに引き攣った
「つ……敦賀さんはそういう事がお上手なんでしょうけど、私はあまり……」
「それはどういう意味かな?」
「いえ、あのっ…ご自分のスタイルを確立していて、効果的に魅せるのがお上手だということですっ」
 慌てて言い繕う彼女に、口の端を上げる。
「まあ綺麗に言えばそういう事だね。本質を理解しているようで結構だ」
 ハッタリと言えば言葉は悪いが、自分自身をプロデュースするというぐらいの気概はあった方がいい。社会では勿論、芸能界と言う特殊な世界に身を置いている以上、尚更それは必要不可欠だろう。
 ……それにしても…… 
 フッと自嘲の笑みが漏れる。
『君に嫌われている訳がないって、心のどこかが否定していた』
 あの言葉など、ハッタリもいいところだ。彼女に嫌いだと言われた時は、余裕など一欠片も無かったというのに。だがそれを隠して、あたかも自信があるように見せなければならない時もある。例え事実と異なっていたとしても、彼女にもっともらしく諭すのが俺に与えられた役割だった。

「あのバカに付け入られてしまったのも、私の弱さが表に現れていたと言う事なんでしょうね……」
 言いながら、最上さんは小さな吐息を付いた。
「アイツに敦賀さんの顔色を伺っていると暗に指摘されて……分からなくなってしまったんです。今まで敦賀さんとどうやって接してきたのか、どんな風にすれば敦賀さんを怒らせないで済むのか……なにしろ私はすぐに敦賀さんのイラツボを突いてしまいますから」
 大きな瞳が下から上へと弧を描いて、俺を仰ぎ見る。
「私は自分でそうと意識せずに敦賀さんの顔色を伺ってきたのかなって思ったら、会うことさえ怖くなってしまって……もういっその事、このまま避け続けて顔を合わせなくなってしまった方が楽かも、なんてそんな事まで…」
「最上さんっ!」
 聞き捨てならない言葉に、思わず声を張り上げる。
「俺はそんな事は許さないよ……絶対に」
「すみません。でもそんな風に思ってしまったのも本当なんです。今だって怒らせてしまいましたし……」
「これは怒るのが当たり前だと思わないか? 言っておくけど、君が嫌いだから怒っているわけじゃないからね。それぐらいは分かるだろう?」
 最上さんは一つ瞬きをすると、少し俯いて僅かに頬を染めた。
「はい……ありがとう…ございます」
「礼を言われるような事じゃない」
「でも、敦賀さんが本気で私の事を気に掛けてくれているんだなって事は分かるので……だから困るんです」
「困る…?」
 毎度の事ながら予想外の方向から飛び出してくる彼女の言葉に湧き上がる不安を抑えて、なぜと問いかける。
「私は敦賀さんに頼りすぎていると思うんです。悩み事があったらすぐに相談して、自分で考える事を放棄して……」
 最上さんはフフッと小さく笑った。
「こんな話をする事自体がもう、甘えなんですよね。敦賀さんに会えば洗いざらい話してしまうんだろうなと思ったから、だから余計に顔を合わせる事ができなかったんです」
「人に相談するという事が甘えだとは、俺は思わないけど?」
 自分で抱え込んで自滅するよりは、話してしまった方が余程いい。その相手に俺を選んでくれるなら、願ってもない事だ。
「私も……今回それを痛感しました。自分で考えていたら、同じ所をグルグルと回って思考の迷路から抜け出せなかったかもしれません」
 チロリと上目遣いに見ると、次には衒いのない笑顔を彼女は俺に向けた。
「迷子になって狭い壁の間で右往左往している私に、敦賀さんが天からツルハシを落としてくれた気がします。恐れずに障壁など打ち砕いてゴールまで進んで行けって!」
 ……せめて俺が君の手を引いて、ゴールに導いたと考えてくれないかな……
 一人で迷路から抜け出そうとするつれない彼女の礼を、俺は形ばかりの微笑みで受け止めた。

 俺に甘えるなら、幾らでも甘えればいい。弱さを余すことなく曝け出して、必死に縋りついて、俺だけに頼ってくれればいい。
 そう言えたならどんなに良いだろう。
 俺に嫌われるのが怖いと言う彼女に、そんな事は有り得ない、誰よりも想っていると伝えられたなら。
 だが、それは所詮俺の自己満足に過ぎない。
 彼女が求めているのは自分自身で立つ力。他を当てにせず、自らを支える事のできる心。そんな彼女に甘い言葉で自分を売り込んだところで、結局は行き詰まるだけだ。最上さんが欲しているのは進むべき指標を与えてくれる人間であって、恋愛の相手ではない。今の俺にできる事は、彼女が望むポジションにいて常に見守り、時が満ちるのを待つ。ただそれだけだ。
 
 それにしても……不破尚。あの男、最上さんの幼馴染というのも伊達ではない。確実に彼女のウィークポイントを攻め、それが転じて俺への攻撃となっている。なるほど、こういう牽制の仕方もあるのか。あの男も馬鹿ではない。――厄介なことに。
 そして更に厄介なのは、愛情と憎しみは表裏一体で、反転の可能性もあるという事だ。最上さんの彼への執着を見るに、そんな可能性はないと笑い飛ばす方がナンセンスだろう。もっともこの俺がいる限りは、どんな手を使ってでも阻止してやるつもりだが。
 不破と彼女の軋轢が彼らの縁を深める為の神の定めた運命だとするならば、俺と彼女の十年を経た後の再会もまた運命に違いない。これからの未来がどんな展開を迎えるかは、定められ、配置された駒の動き方次第だ。

「最上さん、コーヒーでも淹れようか」
 食器を洗い終え、一息付いた彼女に声を掛けた。
「あ、はい。でしたら私が淹れてきます。敦賀さんは座っていてください」
 立ち上がりかけた俺を手で押さえる動作をし、最上さんはパタパタと台所へ向かった。何度か俺の家に来ていることもあって、調理器具の配置や食材の置き場所等は覚えこんでいるようだ。
 彼女がここへ度重なって来るのは、決して色気のある理由ではない。けれど、こんな些細な事も二人の絆を強固にする為の積み重ねの一つに違いないと、そう考えてほくそ笑む位は許されるだろう?

 ふとソファーに目をやると、ラブミー部のスタンプ帳が彼女の鞄の上に置いてあった。それを手に取り、紙をパラパラと捲ってみる。既に捺印済みのページが半数以上を占めていて、俺の代マネをしてくれたあの時から更に多くの依頼をこなしているのが見て取れた。押されたスタンプの点数は様々だが、後からマイナス点を追加したのはどうやら俺だけらしい。……最上さんに恨みがましく言われる訳だ。
 捲っているうちに、白紙のページに辿り着く。そこに迷う事なく百点の判子を押した。スタンプの横には有り触れた、だが心から思い、願う一言を添える。

「ありがとう最上さん。これからも宜しく。    敦賀蓮」

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