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二重奏 6

まるで幼子のようだと思った。
促されるままに人のせいにして、ボロボロと涙を零して。

自分勝手な醜い八つ当たりを責める事なく、敦賀さんは広い胸へと私を引き寄せた。

トクトクと高鳴る心臓の音。

……温かい……

与えられた温もりに、ぼうっとしかける意識――それをを覚醒させたのは、襟首に顔を寄せた人の大きな溜め息だった。

「あ、あの……敦賀さん?」
「……良かった……」
「何が…ですか…?」
「今度も『違います』なんて言われたら、どうしようかと思った…」
「えぇえっ?」

心底ホッとした調子で呟かれて、思わず声を上げた。

「どうしようかって……敦賀さん、俺のせいだろうって、はっきり私に言い切ったじゃないですかっ」
「そうであって欲しいと願って、それを口にしただけだよ。可能性はどれぐらいあるだろうとか、考える余裕すらなかった」

何しろ相手は君だし、今日は散々否定されまくったからね……と肩越しにまた溜め息を付かれる。

と言う事は、まさか……

「もしかして私、カマを掛けられたんでしょうか……!?」

『敦賀さんに会えると嬉しくて、傍にいられないと寂しくて、いつの間にか敦賀さんの事ばかり考えていて………』

もう隠し通す事はできないと観念して白状してしまったアレコレを思い出し、顔から一気に火が噴いた。

「賭けに勝たせてくれてありがとう」

否定も言い訳もなく、主旨の異なるお礼を言われた上にぎゅぅと強く抱き締められて、あまりの恥ずかしさにグルグルと眩暈がしてくる。

「お…お願いですからあれは全部忘れてください~っ!」
「冗談だろう? 一生、胸の奥深くに刻んでおくよ」
「でも覚えている必要がありませんからっ」

密着している大きな身体が、ピクリと揺れる。後頭部に接していた敦賀さんの頭がゆっくりと後ろに下がり、私の顔をまじまじと見た。

「なぜ?」
「私は敦賀さんの傍にはいられませんから…っ」
「まだそんな事を言うんだ」

強く見据える瞳に、「でもっ」と精一杯の勇気を振り絞る。

「私は人を想うとそればかりに夢中になって、自分を見失ってしまう傾向があるんです。私はもう、そんな愚行を二度と犯したくはないんですっ」
「……そう」

短い音が、耳に冷やりと届く。

「では実際に俺から距離を取ってみて、君はどうだった? 俺の事を思い出すこともなく、寂しいと感じる事もなく、俺という存在をきっちりと心から追い出す事ができたのか?」

静かに突きつけられた問いが、心臓にズシリと響く。そんな風に簡単に事が進むなら、これほど苦しんだりはしなかったというのに。

近づいてはいけない。
願ってはいけない。
求めてはいけない。

そう自分を戒める度に、想いは逆に募るばかりだった。

「忘れるなんて、無理だっただろう……?」

私の焦げ付く胸の内を見透かして軽く言ってのける秀麗な人を、羞恥に赤く染まった顔で睨み付ける。すると敦賀さんは、ふっと苦味のある笑みを浮かべた。

「別に自惚れで言っている訳ではないよ。俺も同じだったから」
「……同じ…?」
「俺もね、ずっと思っていたんだ。大切な人は作れないって」

言いながら、敦賀さんは私の背中に回していた腕を外して立ち上がると、隣りのスペースに腰を下ろした。

「その理由については、またいずれ話す時が来ると思うけれど……とにかく俺は恋愛などする気はなかったんだ」

敦賀さんの膝の上で組まれた手が、いつか見た記憶を呼び覚ます。どこに居ても大切な人は作れないと、この人はひどく傷ついた表情で語っていた……

「でも俺は、それを押し通す事ができなくなってしまった。嘉月の恋が理解できずに、スランプに陥ったんだ」

知っています、とは言えなかった。演技ができない具体的な理由を知っているのは、最上キョーコではなく坊だったから。

敦賀さんが、つと柔らかな眼差しを私に向けた。

「君は俺の事を心配して、弁当を差し入れに来てくれたね。あの時は本当に嬉しかった。ありがとう」
「い…いいえ、私にはそれぐらいの事しかできませんでしたから」

改めてお礼を言われるほどの事ではありません、と開いた両手を横に振る。

「いや……君がいなければ、俺はあの危機を乗り越えられなかった。あの日、君が会いに来てくれたお陰で、俺は決心する事ができたのだから」
「決心、ですか…?」
「そう。俺は芽生え始めた恋心を、演技の為に利用しようと考えた」

恋心を、演技の為に利用……? 
話の意味を捉えきれず、端正な横顔を振り仰ぐ。

「自分の心を一時的に開放して、目の前の窮状を乗り越えようとしたんだ。例え想いが育ったところで、いくらでも食い止める事はできると自負していたからね」

だが…と短く言葉を切ると、敦賀さんは長い睫を僅かに伏せた。

「一度認めた恋心を抑える事など不可能だった」
噛み締めるように告げられたのは、敦賀さんが直面した現実。

「俺は……本当の恋を知った」

スウと開かれた眼差しが、傍らにいる私に定められた。迷いのない視線と真摯な声に、全てを絡め取られるような錯覚が起きる。

「君は俺の唯一の存在になった」
「私が…ですか……?」
「そうだよ。あの頃から俺は、ずっと君を想い続けている」

……敦賀さんに大切な人がいる事は知っていた。だから好きになってはいけないとも思っていた。それは多分、この気持ちを自覚する前からずっと。

それなのに、まさか……

「敦賀さんの大切な人って……私…だったんですか……?」

呆然と零れ落ちた言葉に、敦賀さんが瞬時に冷ややかな気を放った。

「君は俺の話をちゃんと聞いているのか? 俺は今日、何度も君にそう説明をしたはずなんだけどな」
「で…でも私は敦賀さんには他に好きな人がいるってずっと思っていて、だから失恋確定だって信じ込んでいたのに……」
「どこをどうしたら、そんな誤解が生まれるんだ?」

それは、坊が敦賀君の相談に乗っていたからだよ!
……などとは、間違っても口にできない。

「あのっ、演技テストの時に社長さんがそんな事をおっしゃっていたので……!」

咄嗟にもっともらしい理由を言うと、敦賀さんは「はぁぁ……っ」と彼らしくない気の抜けた声を出した。

「そんなに前から俺は、好きな子がいるって事を君に知られていたのか。おまけにそれが自分だとは、全く気付いてもらえなかったなんて……」
「そ、それは……」
「俺…もしかしてすごく遠回りをしていたんじゃないか……?」

ドッカリとめり込むように凹んだ敦賀さんに、慌てて言い募る。

「でもあの時に気付いたんですっ。嘉月が美月を想う微笑みが、敦賀さんが私に向けてくれるものと同じだって事に。それで私、もしかしたら敦賀さんに思いの他嫌われていないのかもって思えるようになったんです!」
「……気付いていながら、その程度の認識だったんだ」
「え、ええと……っ」

じとりと睨めつけられて、何とかフォローをしようと浮かべていた笑顔が固まる。

「……今は?」
「は?」
「今はどう? 俺が君を本当に好きだって、分かってもらえた?」
「…そ、それは………」

「はい」と言うにはあまりにも恥ずかしく、かと言ってこの期に及んで「いいえ」と言うほど怖いもの知らずでもなく、混乱した末にコクコクと首を縦に振った。

「とりあえずは一歩前進か」

長い道のりだったな、と息を付いた敦賀さんに「待ってください!」と慌てて声を掛ける。

「ですから私は、前に進む気はないんですっ」
「……俺の事を忘れられないくせに?」
「そういう言い方はやめてください!」
「言ったろう? 俺は君を諦める事ができなかった。だから君も俺を諦められるとは思わないでくれ」

手を変え品を変えて繰り出される、強引過ぎるほどの好意。でもそれを素直に受け入れるのは、やはり怖い。

愛情だっていずれは冷める時が来る。幼い頃から十数年も想い続けたアイツに、憎しみを抱いた私自身がそれを証明している。信じて縋った手をまた振り払われたなら、私は今度こそ壊れてしまうかもしれない……!

俯き、目線の先にある拳をギュッと握り締める。

「大丈夫だよ。君はどんな事があっても、自分を無くしたりはしない……」

柔らかな言葉が、怯えて竦む心にふんわりと触れた。

なぜ私の考えている事を……?
顔を上げ、まなざしで問いかけると、敦賀さんは慈しむような笑顔を浮かべた。

「君の最後のこだわりは、そこなんだろう?」
「そうですけど……でも、どうして大丈夫だなんて言い切れるんですか。そんな事、分からないのに…!」
「分かるよ。俺がこれだけ君に拒まれているという事が、何よりの証拠だからね」
「え…?」
「君は自我を守ろうとして、俺を拒絶しているんだろう。そこまでして守りたいものが、君の中に確実に存在しているという事だ」
「……それは……」

そうなのかもしれないけれど……

「なにしろ俺がこれだけ口説いても靡かないんだ。こんなにも強い意志を持っている君が、そうそう自分自身を見失うなんて事は有り得ない。俺が保障するよ」

ニヤリと笑った敦賀さんに絶句し、そのあまりの言いように口を尖らせる。

「……それはつまり、芸能界一イイ男をさんざん袖にするとは度胸だけは人一倍だな、という事ですか?」
「君がそれだけ自分自身を確立している、イイ女だという事だよ」
「知っていますか、敦賀さん。そういうのを褒め殺しと言うんですよ?」
「この程度で君を仕留める事ができるなら、ここまで苦労はしなかっただろうけどね」

他愛のない軽口の応酬に、こごっていた心が軽くなる。私の負担を取り除こうとしてくれている、その心遣いに胸が詰まった。どう足掻いても惹かれずにはいられない……誰よりも優しい、光輝く人……

「そうだな。手強い君を確実に陥落する為に、一つ約束をしようか」
「何を…ですか…?」

今度は何を言い出すのだろうと構える私に、敦賀さんは身体を向けると、スッと眉を引き締めた。

「君の目標は一流の俳優になる事だったね?」
「…はい…!」
「それなら俺が君を更なる高みへと導いてみせる。俺の知識や、経験、技術…全てを掛けて、君が望む未来を繋ぐ架け橋の一つとなる」

命を注ぐような真剣な声音に、ゾクリと肌が粟立った。

それは決して誇張された言葉ではなく―――敦賀さんがそれだけの才能を持っていることは勿論だけれど、何よりもそれを実行しようとする意思を強く感じた。

私が俳優を目指すようになった切欠であり、演技に躓いた時の指標であり、最高の勇気と自信をもたらしてくれる存在。

その敦賀さんが本気で私を導いてくれるなら、私はどれほど演技者として……ううん、人として成長できるだろう。

トク、トク、と弾むように鼓動が高鳴る。

「君は決して空っぽの人間になどならない。俺がさせない……!」
「……敦賀さん……」

どうして―――

どうしてこの人は、こんなにも私の欲しい言葉を与えてくれるのだろう?

あれほど悩んでいた事が馬鹿馬鹿しくなってしまうほどに、すっぽりと心を包み込んで守ってくれる。私の事を理解して、思ってくれている……!

「だからね、最上さん」
優しい声が、流れる空気の波に乗る。

「この手を取って? 俺とこれからの人生を歩んでくれないか」

差し出された手の平にそろりと手を出しかけて、はたと動きを止めた。

「どうした…」
「あの、私はいいとしても……そんな約束をして、敦賀さんの足を引っ張るような事にはなりませんか……?」

ただでさえ分刻みのスケジュールで忙しい人なのに、私の為に時間を割いて体調を崩したり、敦賀さん自身を磨く為の貴重な時を奪うような事があったら……!

不安に駆られた私の頭を、ぐしゃぐしゃっと敦賀さんの大きな手が掻き回した。

「つ、敦賀さんっ、何をするんですか!」
「君は気を使いすぎ。俺はこれでも利己主義でね。自分の損になるような事はしないよ」

心底呆れたように言うと、敦賀さんはふわりと表情を和らげた。

「君は俺に多くの感情を与えてくれた。誰にでも優しく誰にでも平等で……そんな作り物の『敦賀蓮』に、息をする事を教えてくれたんだ」
「作り物だなんて…!」

反論しようとした私を制するように敦賀さんは小さく頷くと、「もっとも」と言葉を付け加えた。

「君には最初から、他と平等に優しくなんてしてあげられなかったけれどね。感情が溢れて、覆い隠す事ができなかった。君は俺にとって、いつでも特別だったんだ」

君にとっては迷惑だっただろうけど、と敦賀さんが肩を竦めて苦笑する。

散々意地悪をされたあの頃……あれは生理的に嫌われていたからではなかったの……?

私が「きっとそうに違いない」と思い込んでいた、敦賀さんの中での私の評価が次々に覆されていく。

「君と出会い君に惹かれて、俺は今まで見えなかった物が見えるようになり、理解をする事ができるようになった。君が傍にいてくれれば俺は新しい自分を知る事ができる……変わることができるんだ」
「私は、敦賀さんのお役に立てているんですか……?」
「俺には君が必要なんだよ」

差し出しかけて止めたままだった手を強く握られ、驚いて敦賀さんを凝視する。そこにあったのは、さも楽しそうに口角を上げた、悪戯好きな少年のような表情……『敦賀蓮』らしからぬ顔。

「だから君が嫌だと言っても、この手は離してあげない」
「そ…それって選択権がないじゃないですか…っ」
「そんなものは最初からないよ。君が俺を想ってくれていると分かった以上、躊躇う理由がどんな物であろうと捻じ曲げて俺の傍にいさせるから」
「横暴ですっ」
「なんとでも。でもこれが本当の俺だから。それとも……君はこんな俺は嫌いか……?」

突然、無垢な子犬のような眼差しを向けられ、頬の筋肉がピキリと引き攣る。明らかに答えを欲しているその様子に、差し出された手を素直に取っておけば良かったと後悔しても時既に遅し。

じっと私を見詰める瞳に、退路を絶たれる。

「……っ……だ……だ…」
「うん?」
「大好きですっ!」

ぎゅうっと目を瞑り眉間に力を入れて、胸の内に秘めているはずだった言葉を思い切り解き放つ。

いつもの完全無欠な『敦賀蓮』とはちょっと違う……色々と逸脱した今日の敦賀さんに、私はもう白旗を揚げるしかなかった。

「本当に?」
「本当ですっ」
「俺の傍にいてくれる?」
「はい…!」
「ずっとだよ?」
「ずっと……ずっと一緒にいます」
「うん……約束だ」

掛け合いのような告白の末に待っていたのは、何もかもを浄化するような神々しい笑顔。

「君と二人で未来を紡げば、きっと綺麗なハーモニーになるよ」

軽やかな音色が一つ、私の唇に舞い降りた。





「二重奏」 END

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