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HAZARD 6

彼女にとって、俺は事務所の先輩でしかない。

そう己を戒めつつも、その先輩という位置付けの中では誰よりも彼女の近くにいると、蓮は何の疑問を持つ事もなく思い込んでいた。

その認識をあっさりと覆す社長の発言に息を呑む。

「一番近い……石橋君が…?」
「うん…?」

零れ落ちた言の葉を拾い、ローリィは僅かに目線を上げて蓮の顔を見た。

「なんだ、疑問に思うまでもないだろう。石橋はLMEの売れ筋のタレントで、最上君にとっては同じセクションの直接の先輩に当たる。それにデビュー前から同じ番組で一緒に仕事をしていて、毎週のように顔を合わせているからな」
「デビュー前から毎週のように…ですか? 最上さんがタレントとしてレギュラー番組を持っているという話は、聞いた事がありませんが」
「特に言う必要もないと思っているんだろう。TV番組に関わる業務だからと言って、全てが顔の出る仕事だとは限らない。元々はラブミー部で引き受けた一時的な依頼だったんだが、このまま続けて欲しいと先方から要望があったらしいからな」

ラブミー部の仕事、即ち愛に奉仕する業務……と言えば聞こえは良いが、例えばそれはベテラン女優の荷物持ちであったり、事務所の廊下掃除であったり、摂食に問題のある俳優の代理マネージャーであったりと、早い話が雑務全般をこなす何でも屋だ。

デビュー前から続けているというその仕事も、そういう類のものなのだろうかと、蓮は顎に手を当てる。

「しかし1年近くも携わっている仕事なら、少しは話題に出てもおかしくないんですが。石橋君の事にしても、あの子から彼の名前を聞いた事なんて……」

―――1度もない……

続くはずの言葉は、音を伴う前に蓮の口内で消えた。

「蓮。お前は自分がどんな仕事をしていて、どの女優と仲が良いなんて話を事細かに最上君に説明するのか?」
「……それは……」
「彼女には彼女の世界があるって事だな」
「ですがっ…」

社長の言う事は至極尤もであったが、それでも蓮は納得できないものがあった。彼女らしくないと心のどこかが引っ掛かり、違和感が拭えない……

(いや、単に俺がそう思いたいだけなのか)

彼女にとって自分は気の置けない存在なのだと、そう信じていたいだけなのかもしれないと、蓮は力なく笑みを浮かべた。

考えてみればキョーコは自分の請け負っている仕事について、積極的に話をしたりはしない。ダークムーンで共演するようになり、蓮と会話をする機会が増えてからも、その姿勢は変わらなかった。

彼女がクー・ヒズリの世話役になった時は、社が気づき、蓮が話を切り出した。ダークムーンの収録中に妙に考え込んでいた彼女に声を掛けた際には、思い切り挙動不審な態度で逃げられている。

彼女がナツの役作りに困っていた事を知ったのはクーの口からであったし、モデルウォーク特訓後のBOX“R”の撮影についても、「おかげで順調に進んでいます」という報告めいた話以外は聞いていない。勿論、共演者に傷つけられるほどのトラブルが生じていたという事も―――

(彼女が気を許してくれていると、俺は何をもってして判断していたのだろう)

少女と自分との距離を突きつけられたような気がして、蓮は足元が歪む感覚に襲われた。

ダークムーンの撮影も終盤に差し掛かかり、これからはキョーコと顔を合わせる確率が格段に低くなる。それについて蓮は寂しいと感じてはいたが、不安に駆られるというような事はなかった。

蓮が厄介な馬の骨と認定している男達は事務所も違えば、活動しているジャンルも異なる。そう簡単にキョーコと遭遇をするわけもない。距離も心も自分の方が近いと確信していたからこそ、大した防衛策も打たずに構えていられた。……思わぬダークホースの存在に気づきもせずに。

―――京子ちゃんに何かしようものなら、俺は……!

そう叫んだ彼の切羽詰まった様子は、ただの後輩への心配などという枠を超えていた。

「……石橋の事が気になるか?」
「気になどならないと…そう言えればどんなに楽でしょうね……」

恋とは甘いものだと、かつての蓮はそう思っていた。夢見るように相手を想う、柔らかで美しい感情だと。

けれど今は。

悔しいと、妬ましいと、苦しいと……叫ぶ心。

それを見透かしているだろう男に、蓮は心を覆い隠す事はしなかった。

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