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HAZARD 8

「あの少女にとって、最上さんがどんな存在だと言うんですか?」

感情を乱す事なく話の方向性を見定めようと慎重に言葉を返す蓮に、ローリィの笑みが揶揄するようなものから、深く満足げなものへと変化する。相手の心情を見極めて表に出したそれは、大手芸能事務所を統括する業界人としての顔だった。

「天宮君は子役として早くに名声を得たせいか、自尊心が高くてな。他の俳優の演技を見ても嫉妬による粗探しばかりで、相手を認めるという事がなかったらしい。なまじ演技力があるだけにその気持ちも分からないでもないが、この世界は才能一つで渡っていけるほど単純なものでもないからな」

―――なぜ、あんな演じ方一つ知らないような奴がもてはやされて、この俺が……!

身に覚えのある感情に、封印しているはずの過去の傷がジクリと疼く。

人が荒む動機というものはある程度パターン化しているのかもしれないな、と感じた痛みから距離を置くように、蓮は思考を客観的なものへと強引に置き換えた。今思うべきはそこではないと、分かっているが故に。

「彼女は最上君と出会って、他人を妬むあまり本来の目標を見失っていた事に気が付いたそうだ。俳優としての自分を取り戻したいと言ってな」
「それでラブミー部に入ろうと考えたんですか?」
「『人を倣う事によって得る道があるかもしれない』、そんな柔軟な考え方ができるようになるとは思いませんでした……と彼女は笑ったよ」

衣擦れの音と共に、ソファーに身体を預けていた社長が身を起こし、蓮の顔を真正面に見据えた。

「蓮……最上君は人を変える。ケースによっては再生させると言ってもいい」
「再生……?」
ずいぶん大仰な表現だな、と蓮は密かに眉を顰める。

「お前も知っているだろう。最上君の影響で心の有り様が大きく変化した人間が、他に何人もいる事を」

それまでとは一転したローリィの真摯な声に、ふと彼の身内である小さな少女の姿が脳裏に浮かんだ。

『蓮さま』と無邪気に慕ってくれる、まだ幼さの残る女の子。社長のただ一人の孫娘であるその子供は、心に大きな傷を負っていた。誰が慰めても頑なに殻にこもっていた彼女の心を解き放ったのは、蓮の想う少女だ。

(他に社長が仄めかす相手と言えば……)

蓮は記憶を手繰り寄せ、そう言えばと思い当たったのはキョーコに対して好感を持っていなかった頃の出来事だ。

社長の命で新開監督と共に、アイドル歌手の矯正をする為のプロジェクトに強制的に引き込まれた事があった。彼としては積極的に動く気のなかったそれを、結果として成し遂げたのもキョーコだった。

「マリアちゃんに松内瑠璃子……二人は彼女によって、良い方向へと導かれたかもしれませんね」

父親に対して大きな一歩を踏み出す事ができたマリア。仕事への情熱を取り戻した瑠璃子。どちらも本人にしてみれば、それが岐路になったと言って良い程の劇的な変化となったはずだ。

『最上君は怖い』という社長の言葉の意味が、輪郭を帯びてくる。

「確かに最上さんの影響力は大きいのでしょうが、でもそれが一体……?」

自分を煽るだけなら、同年代の男の影だけを匂わせれば良い。だが、それに留まる事のない社長の言動のその思惑はどこにあるのだろうかと、蓮は下手に探る事はせずに率直に訊ねた。答えは既に彼の手の内に用意してある。そう確信して。

「なあ、蓮。自分を変える転機を与えてくれた人間がいたなら、人はその相手に対して他とは一線を画した感情を持つようになると思わないか」
「そう…ですね。特別な存在になるとは思います」
「その想いが単なる好意で終わるなら支障はない。だが……時にそれは、固執や執着を生む」

『固執』『執着』―――先ほど思い浮かべたばかりの、心当たりの有りすぎる単語に、ドクリと心臓が跳ねる。

「問題は、それを最上君が全く意識していないと言う事だ。このまま自覚をせずに同じような事を繰り返すなら、彼女が危険だ」

常に飄々と構えているローリィの口から真剣に告げられた警告に、蓮は息を呑んだ。

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