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HAZARD 10

向けられた問いの趣旨が掴めず返答に戸惑う蓮に、社長は更に言葉を乗せる。

「お前は『共演者キラー』などと言う二つ名がある割に、どこを叩いても埃一つ出ないほど身綺麗だしな」

全く面白みがない、と零す愛の推奨者に、それは果たして責められるべき事なのかと蓮は不条理なものを感じるが、そこは演技を生業とする者だけに表には出さない。

「仕事は飽くまで仕事、プライベートとは別物ですから。共演している女優さんもそれぐらい分かっていますよ」
「それはお前が『お友達オーラ』で圧力をかけて、否が応でも相手に分からせるようにしているだけだろうが」

ピシャリ、と社長が蓮の言い分を絶つ。

「いいか、客観的に見ても『敦賀蓮』という俳優は、女性にとって魅力的なはずだ。容姿は上々、性格は温和で業界の受けも良く、収入も申し分ない。彼氏にでもできれば、それだけで箔がつくというものだろう」
「あまり嬉しい褒め言葉ではありませんが」
「別にお前を褒めるつもりはねぇからな。ただ異性の目から見て、俳優『敦賀蓮』はかなりのお買い得物件だという事だ。それにも拘わらず、言い寄る女に煩わされる事もなくゴシップの一つもないのは、それだけお前がうまく立ち回っているという事だろう」

それは一般的には推奨されるべき事でしょう、と蓮は溜息を付いたものの、豪奢なアラブの衣装に身を包んだ雇い主に『一般的』などと言う言葉がいかに無縁なものであるかを思い、もう一つ細い息を落とす。

「これ以上は過干渉をされるかもしれない、少し距離を置くべきか、ここはやんわりと突き放しておこう……そんな計算や警戒心が常に女性に対してあるはずだ。お前は相手から向けられる好意に対して、その間合いの取り方を心得ているからな」
「……それは俺に限らず、誰もが持ち合わせている処世術のようなものではありませんか?」
「まあ、その通りではあるがな」

女性のあしらい方が狡猾だと指摘されているようで少しばかりムッとした蓮が反論するも、海千山千の相手はそれを澄ました顔であっさりと肯定した。

「お前の言う通り、多かれ少なかれ誰もが人付き合いをする上で心得ているはずのものだ。しかし、最上君の場合はその判断力が著しく欠如している」
「欠如……?」
「そうだ。向けられる感情に対して、彼女はそれを疑う事なく受け取り、真正面から返してしまう。その想いと同程度のものか、あるいはそれ以上のものをだ」

―――向けられる好意には、同じように好意で返す

蓮が石橋光に対して焦りを感じずにはいられない、最大要因。それを他者に改めて指摘された形となり、蓮の胸に燻っていた危機感が現実味を帯びる。

「大抵は人と人とが関わっていく中で自然と身についていくはずなんだよ、こういう人間関係においての距離感ってのは。だがどうやら、彼女はその下地ができていないらしい」

社長の言葉に、蓮が小さく息を呑む。多少は聞き及んでいる彼女の生活環境……それは客観的に見ても決して恵まれたものではなかった。

「……尊敬する人。疎まず私を育ててくれた人々。厭わず私に温かい寝床を与えてくれた人々」
「何ですか、それは」
「最上君の履歴書の、尊敬する人物という項目に書かれていた内容だ。オーディションの選考の時に、両親と書けば済むものを変わっていると思い、気になってな」

(……変わってなどいない……)

深い森の中で泣いていた少女の姿が、蓮の脳裏に蘇る。母親を思って涙を零していた、小さな小さな女の子。

(最上さんを育てたのは不破の両親で、温かい寝床を提供したのは下宿先のご夫婦だ。彼女の親ではない)

蓮の表情に、陰りが落ちる。

「育ててもらう事、寝食を与えてもらう事……最上君はそれを自身に向けられる無償の愛情として受け止められない環境にあったようだな」

あの十年前の夏の日に、彼女から知り合いの旅館に預けられているという話を蓮は聞いていた。

でもあの子は笑ったから……

一人でいるよりも不破の家にいる方がずっと楽しいと心からの笑顔を見せたから、蓮はそれを重視する事はなかった。母親の仕打ちに対して悲しみはしても、預けられた家で何かしらの負い目を感じながら暮らしているなんて、考えもしなかった。

込み上げたやるせなさに、胸が圧迫される感覚に陥る。

「その顔から察するに、最上君から多少は事情を聞いているらしいな」
「……ええ。親の都合で、知り合いの家に預けられていたという話は聞いた事があります」

蓮は幼い頃に出会っていた事には触れず、再会後にキョーコから説明された事実のみを述べた。

「なあ……蓮。あの子は愛情を拒否しているだけではない。愛情の受け取り方を知らないんだ」

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