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「敦賀君! 敦賀君!」

呼びかける監督の声に、蓮は虚ろな瞳で空を見つめたまま反応しない。緒方と共に駆け付けたキョーコは、フロントガラス越しに蓮の表情を目の当たりにして、息を飲んだ。

(敦賀さん、あの時と同じ瞳をしている。「殺してはダメ」と思わず叫んでしまった、あの時と……!)

「救急車の手配をっ」

意識を取り戻す気配のない蓮に下手な素人判断はできないと感じ、緒方は車から離れてスタッフに指示を出す。それと入れ替わりに、キョーコが蓮の傍へと歩み寄った。

「敦賀さん、死んでません!!」
「えっ…!?」

キョーコの叫ぶ言葉にぎょっとして、緒方が振り返る。いくら魂が抜けたようだとは言っても、蓮の命に別状があるとまでは彼は考えていなかっただけに、彼女の発した内容は余りにも突飛なものに聞こえた。

「怪我一つしていませんっ。無事です、生きてます!」
「きょ……京子さん?」
「誰も傷ついていません! だからしっかりして下さい、敦賀さん!」

必死に呼びかけるキョーコの視線の先で、人形のように無反応だった蓮の口元が微かに動いた。

「……と……ら…」
「敦賀さん!」
「……血……止まらない…んだ………はや、く止めな…と……」

焦点の合わない目で、蓮は何かに操られるようにたどたどしく言葉を落とす。

「血なんて一滴も流れていません! 飛び出した子もお祖母さんも、スタントマンさんも……敦賀さんだって怪我はありません!」
「血が、出て……いない……? では、これは……」

蓮はゆっくりと俯き、両の手の平を見つめた。食い入るように凝視していた瞳が、過去と現実の狭間で揺れ始める。

「敦賀さん……っ」

耳に届いたのは、彼にとっては仮の名称だった。過去には存在しなかったそれを辿るように、蓮は名を呼んだ相手へと顔を向けた。

「も…がみ……さん……?」
「敦賀さんっ」
「どうして、ここに……? 俺は、一体……」

呟いてから、蓮はガバリと身体を起こして周囲を見回した。ブレーキを踏んだ瞬間の光景が頭の中でフラッシュバックし、その結果何が起こったのか、蓮は確認をする為に横断歩道へと鋭く視線を投げる。そこには既に人影はなく、白いラインが梯子状に路面に描かれているのが見えるだけだった。

「子供さんもお祖母さんも無事です。事故は起こりませんでした」
「そう……そう、か……。良かった……」

キョーコの説明に、蓮はドッカリとシートに沈み込む。蓮が意識を取り戻したことに気付き、緒方やスタッフが口々に蓮の名を呼びながら車へと駆け寄った。

「敦賀君! 大丈夫ですか!?」
「緒方監督……ご心配をおかけしてすみません。大丈夫です」

申し訳なさそうに微笑む様は、いつもの敦賀蓮そのものだった。緒方の肩から力が抜け、ほおっと安堵の溜息が漏れる。

「俺が呆然としていた為に、余計な時間を取らせてしまいました。この場所を使える時間は限られています。撮り直しをするなら、すぐに車を移動しますので……」
「その必要はありません」

改めて撮影に入ろうとする蓮に、緒方がきっぱりと言い放った。

「今回の事は時間に追われるあまり、きちんとした危機管理体制が取れなかった僕の責任です。日を改めて、万全の状態で収録をやり直します」
「ですが、それではクランクアップまでに俺の方の予定がつかないかもしれません」
「その時には申し訳ありませんが、敦賀君の車の運転もスタントの方にお願いするつもりです」
「緒方監督……!」

全てを己の手でこなしたいと、そう希望する主演俳優に緒方は引かなかった。

「焦って事を為しても、またトラブルが重なるだけです。今日の屋外ロケはここまでにしましょう」

緒方は蓮にそう言い残すと、スタントマンの五十嵐の方へと踵を返した。

「……くっ……」
「敦賀さん……」
無念そうに唇を噛む蓮に、キョーコがおずおずと声を掛ける。

「私もそろそろ戻りますので……敦賀さんが無事で良かったです」
「最上さん……もしかして、収録の途中で来てくれたの……?」
「今はあちらも撮影がストップしていますから。BOX“R”の監督さんが、私より早くここに来ているはずなんです」

私事の為に仕事に穴を開けたのかと問われるのを恐れて、キョーコは手早く説明した。

「そう……。どちらにしても君のお蔭で助かった。ありがとう」
「少しでもそう思ってくださるなら…………」
「何?」

話の途中で口を噤んでしまったキョーコに、蓮が問いを投げる。

「このカーアクションをスタントの方にお願いする事になっても、受け入れてもらえますか」

キョーコが真っ直ぐに蓮を見つめる。

「……なぜ、そういう話になるんだ?」
「皆、すごく心配したんです。緒方監督も、スタッフの人も……私だって……。敦賀さんをこれ以上、危険な目には合わせたくないんです」
「危険なんてなかったよ。君に約束しただろう? 怪我だってしていない」
「本気で…言ってるんですか? 敦賀さんにとってあれ以上に危険な事なんてないんじゃないですかっ?」

思わず声を張り上げて、キョーコはハッと両手で口を押さえる。言うべきではなかったと、後悔しているかのように。

「君は……本当にこういう事には敏いね。お守りであると同時に、両刃の剣でもある……」

落とされた声に、キョーコがビクリと首を竦めた。

「これを克服しなければ、俺はまた同じ事を繰り返すんだろうな……」

昨日と、今日と。続けて記憶を呼び覚まされたのは、決して偶然などではないだろう。まるで神が自分を試しているようだ、と蓮は心中で重く息を付く。

「二回とも君が傍にいてくれた事も、偶然ではないんだろう。それならば、俺も覚悟を決めなければいけない……」

これが第一の試練なのかもしれないなと、蓮は腹を括った。

「敦賀さん……?」
心配そうに見上げるキョーコに、蓮は彼女へと視線を合わせた。

「帰ったら、聞いて欲しい話があるんだ。多分、長くなると思う。『彼』ではなく、『俺』が『君』に話をしたい」
「……はい。ではまたその時に」

蓮の口調に何か感じるものがあったのか、キョーコは神妙に頷くと綺麗に一礼をして蓮の元を去った。

今ある守りを永遠に無くす事になるのか、その守りの最大の効力を手に入れるのか……蓮は全てを数時間後に預け、車に乗り込むとエンジンをかけた。

スタート地点である、ロケバスの停車している場所へと向かう為に。

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