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タイミング 9

「空いているお皿があれば下げさせていただこうと思ったんですけど、お食事の方はあまり進んでいないみたいですね」

空になったジョッキをお盆に置きながら、キョーコちゃんはチロリと蓮を見る。
「特に敦賀さん、ちゃんとお食事なさってくださいね!」
「ああ、これから頂くよ。せっかくの大将さんの料理だしね。会話に夢中になって箸が進まなかっただけだから」
「そんなに楽しい話をされていたんですか?芸能界の裏話とか?」

テーブルの上にある数々の料理を運んだ時に蓮が素顔を晒しているのに気付いてから、キョーコちゃんは「先輩」からいつもの「敦賀さん」へと呼び方を変えていた。

「そうだね。根性を武器に芸能界に乗り込んで、今は呪われたお嬢様を悪鬼の如く演じているタレントさんの話などを少し」
「な、なんですか、それっっ!人を勝手に酒の肴にして遊ばないでください!!」
キョーコちゃんはむぅぅぅと唇を尖らせた。

「もしかして……」
キョーコちゃんは向かって左に座っている田中の方へブンッと勢い良く顔を向けた。
「さっきの田中さんの大笑いって、私のことで笑っていたんですか?」
ジトーーッと半目で睨む彼女にうろたえて、田中の顔が強張る。

「いやあの、なんと言うか……その、さ、キョーコちゃんって本当に未緒……なの?」
「そうですよ。皆さん、ほとんど気付きませんけどね」
田中の狼狽振りは目に入っていないのか、キョーコちゃんはむっつり顔で答える。

「でもさキョーコちゃん、なまじ気付かれない方がいいんじゃないの?『あ、未緒だ!』なんて一般の人に囲まれちゃうよりは」
彼女がなぜそこまで不機嫌になるのか疑問に思い、単刀直入に聞いてみる。

「だって、これが敦賀さんなら『ええっ、あなたが嘉月なんですか!?』なんて絶対に言われないじゃないですか。なんだか不公平です!差別です!不条理すぎますーーっ!!」

ふっ、不公平に差別って、なんだそれ……っ!!
キョーコちゃん、君って子はホントに………っっ!!!!

目の前では蓮が口に手を当ててヒクヒクと肩を震わせて笑っている。

「敦賀さんっ」
「あ、いや、失礼。そういう考え方もあるのかと思って……」
「そりゃぁ私は新米のペーペー俳優で、そんなことを考えるのもおこがましいって分かってますけどね」

それにしたって皆、気が付かなさすぎるわ!と憤慨するキョーコちゃんに蓮が優しく微笑みかける。

「君は役どころによって変身するからね。裏を返せばそれだけバリエーションのある役を演じることができるということだから、同じ俳優としては羨ましいくらいだよ」
「そ……そうですか……?ありがとうございます…っ」
真面目に語る蓮に、キョーコちゃんは顔を赤くして俯いた。

「本当に……」
田中が呆然とした態で呟く。

「君が未緒を演じているんだ……」
「そうですよ。そして皆さん、次は一様に『じゃあ、未緒やってみてよ』っておっしゃるんですけどねっ」
「うん、じゃあやってみてよ、未緒」
「へ?」

思いがけない言葉にキョーコちゃんが間の抜けた言葉を返す。
彼女は狐につままれたような顔で、やってみせろとさらりと発言した先輩俳優の顔を仰ぎ見た。

「せっかくここに嘉月もいるんだから、面白いじゃないか……?」

蓮はグラスを胸の位置まで掲げると、場にいる人間を見渡す。
次の瞬間、彼は手にある物を躊躇いなく一直線にテーブルへと下ろした。
コンッ……というガラス特有の高い音が鳴り響く。

「未緒……君は何を知っていると言うんだ?」

冷たい光を宿した鋭い眼差し。
笑みを湛えていた口元はその面影を消し去り、感情を抑えた冷ややかな声を放つ。
蓮を……いや俺達を取り巻く空気が数瞬前の穏やかな色を無くし、強く張られた弦のように切れんばかりに張り詰めた。

クスリ……

俯くキョーコちゃんから小さな笑い声が漏れる。
彼女はゆっくりと顔を上げ、流れるように蓮へと視線を向けた。
棘のある薔薇を思わせる艶やかな微笑み。
美しくも毒のあるその表情は、「キョーコちゃん」のものではなかった。

「先生、あなたが知られたくないと思っていることを」
挑発めいた言葉に、蓮が僅かに眉を動かす。

素性を隠している嘉月に気付き、追い込む未緒……
先週TV放映されたダークムーンの一場面だと思い出す。
撮影自体はかなり前に終わらせていたが、蓮とキョーコちゃんの初めての対決シーンだっただけに印象も深い。

「ねえ、そこにいるんでしょう?美月」
甘さすら感じる声で未緒は呼びかけた。
動じることのなかった嘉月が未緒の後方へと即座に目を走らせ、重苦しささえ感じていた空気に乱れが生じる。

「明るい美月、可愛い美月、優しい美月………」
未緒は振り返り「美月」へと優雅に手を差し伸べる。
ビクリと田中の身体が後ろへ退き、咄嗟にその手から逃れようとした。

未緒はクスクスと楽しそうに笑う。
「何を怖がっているの?恐れるべきは私ではないのに。知らないということは幸せなことね」
未緒の白い手がスラリと田中の頬に当てられる。

「本当に破滅を望んでいるのは私ではないわ。破壊の神は別にいる……既にあなたの傍に」
「やめろ…!」
嘉月が焦りの色濃く、未緒に制止の声をかけた。

彼女の手が震える田中の頬の線をなぞり、するすると下方へと移動する。
「ほら、もう喉元まで……」
フッと口角を上げ婉然と笑う彼女は魔に魅入られた者を思わせ、ゾクリと冷たいものが背中を走った。

「やめるんだ!」
嘉月が未緒の腕を掴み「美月」の喉に当てられていた手を引き離した。
腕を取る男に彼女が鋭い視線を投げると、彼はその眼差しを真っ直ぐに受け止める。
そして、至極満足そうに微笑んだ。

「ゲームオーバーだ、最上さん」

その一言に彼女の表情から波が引くように険しさが消え、同時に俺達は空間に施された緊迫の呪縛からも解き放たれた。
いつの間にか息を詰めていたことに気が付いて俺は肩の力を抜き、止めていた息を全て吐き出す。

隣では田中が真っ青な顔で、未だ身動きをすることもできずに固まっていた。


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