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HAZARD 12

あまりにも危機感がない……!

蓮の心にいつも、ほんわりと留まっている少女の姿が目の奥に浮かぶ。

無防備だとは思っていた。独身の男の部屋にいても警戒心一つ抱かず、単純な嘘にもあっさりと騙される。それは彼女が純真無垢で、天然記念物的な乙女だからだと納得していたのだが。

「……分かっていないんですね」
テーブルの上の灰皿に視線を置いたまま、蓮の口から言葉が送り出される。

「あの子は自分の価値を分かっていない……そういう事なんですね?」
確認を求める問いに答えるでもなく、事務所の長はゆったりとした仕草で愛用の葉巻へと手を伸ばした。

「己の価値なんてもんは、自分だけでは判断できないもんだ。他と比較をしたり、他者が自分に与える行動や判断に基づいて、自分なりにそれを解釈する。それが正しい認識かどうかは、また別の話になるが……」

トンと音を立てて、社長は指で挟んだ葉巻の片端をテーブルに落とす。

「この世に生まれて、最初にその判断をする為の手がかりを与えてくれるのは、両親なんだろうな」

火のつけられた葉巻から、独特の匂いが立ち上った。ローリィはそれを慣れた手つきで口に咥えると、細く煙を吐き出した。

「子供は親の愛情を一身に受けとめて、自分が愛されるべき存在なのだという事を知る。自分の身に危険が及べば親が心配すると気付いて、我が身をを守ることを覚える。そうやって己の価値を知っていくんだろうな」
「……親の愛情……ですか……」

それは蓮にとっては、重すぎるほどに与えられたものだった。

父から、母から……溢れんばかりの愛情を贈られ、それを当たり前に享受していた。自分が愛されるべき存在だという事を、彼は知っていた。

人目を引く容姿、他よりも秀でた才能。気性も穏やかな彼は、誰からも好意を持たれていた。しかしそれが己自身ではなく、両親の名を通して評価されていると思い込んだ彼は、自分自身への正当な評価を欲し、もがき苦しんだ。

苦悩した末に道を外し、彼は過ちを犯した。だが、例えどん底に落ちようとも、それでも彼は疑わなかったのだ。
己の価値を。
だからこそ、立ち上がれた。自分を生かす道が必ずあると、信じられたからこそ。

自己再生の為に、敦賀蓮として日本で生活をするようになってから数年が経つ。そして最近になってようやく、見限られたとばかり思っていた親の想いに気付く事もできた。

当たり前と思っていた親の愛情がどれほど強く深いもので、どれほど自分を支えてくれていたのかを、今の蓮は知っている。

「最上君は最初に受けるべき愛情を、適切に与えられる環境になかったようだな」

―――百点を取り続けたらきっと、いつかお母さん、笑ってくれるから。

幼い少女は満点に届かなかったテストを握り締め、そう言って笑った。
親から子に向けられる、たった一つの笑顔。それを得ることすら、彼女には簡単な事ではなかった。……代償を求められた。

「勿論、成長するに従って世界は広がる。無償の好意や愛情を与えてくれるのは親だけではないのだが、最上君はそれに気付く機会がなかったのかもしれん」

―――他人の気持ちを中心に、ずっと世界がまわってた。

何かに打ち込むのは自分以外の誰かの為と、少女は言った。
誰かの役に立つ事で、彼女は自分の価値を必死に見出そうとしていたのかもしれない。

かつて聞いた少女の打ち明け話が、蓮の心に重くのしかかる。あの小さな身体に、彼女はどれほどの悲しみを抱えていたのだろうか、と。

「最上君は、愛情を受け取る為の基盤ができていないんだ」
「……ええ」
「自分の価値を知らないから、寄せられた想いをそのまま無防備に受け止める。守る事に考えが及ばないから、それをふるいにかけようともしない。だがそんな事を続けていれば、いつかは器にヒビが生じ、紛れ込んだ悪意によって破壊されてしまうだろう」

……想像するのは、あまりにも容易だった。
社長の話は決して誇張ではなく、いずれ起こり得る出来事なのだと、そう確信できるほどに。

「彼女はまず、愛さなければならない」

その声の真剣な響きに、件の少女に想いを寄せる蓮の心がビクリと揺れた。

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