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一遇の魚

通りすがり程度のオリキャラ視点。軽めの短編です。




「あ、敦賀さん……」

妙に柔らかな声音に誘われて振り向くと、高校生ぐらいの茶髪の女の子が、自分の背よりも高い位置から掲げてある巨大なパネルを見上げていた。

「……君、敦賀蓮のファン?」

いきなり声を掛けられた事に驚いたのか、その子は大きな瞳でまじまじと俺を見つめる。

「ファン……とは違う気がしますけど……あなたは敦賀さんのファンなんですか?」

今風な外見とは異なる丁寧な言葉遣いが意外で、それが初対面の女の子と話を続ける気にさせた。

「いや、俺というよりは姉貴が好きでさ」
「お姉さんですか」
「そうなんだよ。でも、だからってこの広告の前で待ち合わせなんて、ありえないだろう?」

主演したドラマが過去最高の視聴率を誇ったという俳優の顔が大きく印刷されているパネルに、チラリと目線を投げて肩を竦めた。

「お姉さん、よっぽど敦賀さんのファンなんですね」
「まあね。ドラマをチェックするぐらいなら可愛いもんだけど、敦賀蓮が表紙の雑誌やら、CMをしている商品やら、何でも揃えようとするから部屋は敦賀蓮だらけだ。正直、勘弁して欲しいよ」
「ふぇぇ……すごい。さすが敦賀さん!……………何ですか?」

何やらひどく感心して言う様子が可笑しくて、つい吹き出すと、女の子は張りのある頬をぷっくりと膨らませた。

「いや、珍しいなと思ってさ」
「何がです?」
「だって、芸能人の事を『さん』付けでなんて、あまり呼ばないだろう? 俺の姉貴なんて『蓮、蓮!』って、煩いぐらいに呼び捨ててるぜ」
「よ……呼び捨てなんて、とんでもないっ!」

ボンッと音を立ててすっぽ抜けてしまうのではと心配になるほど、勢いよく首を振リ出した少女に引いて、思わず一歩後ずさった。

「とんでもないって……普通そういうもんだろ?」
「普通はそうだとしても、私には畏れ多すぎてそんな事、口が裂けても言えません!」
「そんな、別に減るもんじゃなし」
「減ります! そんな事が知られれば、私の命の火が確実にっ」

ひどく切羽詰まった声で涙混じりに訴えられて、俺の笑いのツボの導火線の方に火がついた。激しく笑いつつ、彼女の背中をバシバシ叩く。

「き、君、面白すぎっっ!」
「他人事だと思って、笑わないでください!」
「だって、誰に知られるって言うんだよ。命を左右するほどの相手だなんて、神か? 悪魔かっ?」
「あえて言うなら、神であり、大魔王であり、帝王であり……」

俯き加減で呟いたかと思うと、その子はいきなりガクガクブルブルと、残像が目の端に残るほど大きく身体を左右に震わせた。

「どれが現れるにしても、私の命はカウントダウン目前だわっ!」

世も末とばかりに叫んだその時。俺と目が合い、動きをピタリと止めた彼女の顔が、見事に赤く染まった。

「すっ、すみません! 取り乱しまして」
「い、いや……」
……としか言いようのない俺に、ぺこぺこと頭を下げる姿はまるで米つきバッタだ。

「よっぽど怖いんだな。その人」
「はい、それはもうっ。でも凄く信頼できて、誰よりも尊敬している人なんです!」

きっぱりと言い切った、強い瞳。それは信念のようなものさえ感じさせた。今の今まで動揺しまくり、信号機のように顔色を変化させていたのが嘘のように、一転して揺らぎのない意思を口にする。

……何だろう、この子。

コロコロ、コロコロと表情が変わって、しかも出てくるのは予想外の反応ばかりで目が離せない。

お洒落や化粧をして外見を綺麗に飾り、男の目を惹きつける女の子は多い。けれどこんな風に内面を素直に曝け出して、心を強く引きつけるような子にはそうそうお目にかかれない。

「……君さ、この後、時間ある?」
「え?」

無防備な瞳に上目遣いに見上げられて、うっと言葉に詰まった。この子、もしかして結構可愛いんじゃないか?

うん、やっぱり繋ぎをつけておいて、いいかもしれない。

「この後、姉貴と合流するんだけどさ、それで良ければ一緒に食事でも……」
「やあ、こんな所でどうしたの?」

言いかけた言葉を遮られて、突然現れた見知らぬ声の主に視線を投げる。予想よりも高い位置にあった顔に焦点を合わせた瞬間、驚きに目を見開いた。

「こんな所って……敦賀さんこそ、どうしてこんな所にいらっしゃるんですか?」
「俺は君を見かけたから、車を止めて降りてきただけ。事務所に行く途中なんだろう? 送っていくよ」

目の前の女の子の肩に手をかけて微笑んでいるのは、正真正銘、間違いなく……

「つっ、敦賀蓮……!?」
「こんにちは。君はこの子の知り合いなのかな?」
「い、いや、その……」

突拍子もない展開に、言葉が出ない。

だいたい芸能人なんて人種は、こんな往来で素顔で歩いていたりしないもんだろう? 特にこういう誰もが知っているような、ビッグネームは!

もしかして俺の見当違いだろうかと、左横にあるパネルの顔と、女の子の後ろに立っている規格外の体格の男の顔を見比べた。

……どう見ても、同じに見える。俺の目が狂っていなければ。

「この広告を見ていたら、話しかけられたんです。お姉さんが敦賀さんの大ファンなんですって」
「そう……それは嬉しいね。お姉さんに宜しく伝えてもらえるかな?」

にっこりと笑うその姿には妙に迫力があり、俺はそれに圧倒されてただ頷く事しかできなかった。

それでは失礼しますね、と流れるようなお辞儀をして敦賀蓮と共に外車に乗り込んでいく女の子に、メアド一つ聞けなかった事を思い出したのは数分後。

何気なくかけていたテレビ番組で彼女を見つけて絶叫したのは、その更に数日後だった。

「いきなり大声出さないでよ!」

突然叫んだ俺に、冷たい視線を投げる姉貴にムカついて片眉が斜めに上がった。
……が、ふと思い出して、ニヤリと笑う。

「そう言えば姉貴、知ってるか? 敦賀蓮って神で大魔王で帝王なんだってさ」
「何言ってんの、アンタ。どこかで頭でも打った? どっちにしても、蓮の事を軽々しく口にしないでよ!」

ひとしきり憎まれ口を叩くと、姉貴は読んでいたファッション雑誌に再び目を落とした。

……別に、何とでも言えばいいさ。

待ち合わせの時刻に30分も遅れた姉貴に、あの出会いの事は話していない。

もう少し早く来れば、寝ても覚めても想っている大好きな俳優に会えただろうに。そして、もっと早く来てくれていれば、俺もあの子に会わなくて済んだかもしれないのに。

逃がした魚は大きいと言うけど、ホントだよなあ……。

……ま、せめて一人でほくそ笑むぐらいの旨みはあってもいいよな?

テレビの中の『京子ちゃん』に視線を移して語りかけると、彼女は明るい声で返事をして、大きく頷いた。


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