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HAZARD 13

誰を、と聞く必要はなかった。

「彼女は、自分自身を愛さなければならない……」

今あの少女に必要なのは、己を知り、慈しむ事。ひいてはそれが、自らを守る事へと繋がる。

「以前、最上さんが俺に言った事があるんです。私は空っぽの人間だと。演技を続ける事で自分自身を作っていきたいと、彼女は目を輝かせていました」
「ほう……」

蓮は社長が彼へと向けた言葉を受け、少しでも先手を取ろうとするかのように話を続ける。

「彼女は自分を確立する為の基盤を作っている最中です。我が身を想い、自らを生かす為の術を身に着けようとしているんです」
「……なるほど。そうして輝き始めた彼女は、あらゆる人間を惹きつけているわけだ。防御の構えを取る事すら知らずにな」

ゆったりとした民族衣装を身に纏う男は、口から吐き出した細い煙の先を追うように目線を遠くへと流した。

「それで……蓮。お前はどうするつもりだ?」

来るであろうと予測していた問いに、蓮は暫し沈黙を守った。サラリと出されたその問いが、口調に反して決して軽いものではないという事を悟っているが故に。

「……守ります。あの子を守るのは、俺の役目だと思っています」
「守る? どうやってだ。分単位でスケジュールが埋まっているお前が、彼女をどうやって守り抜く?」

心の内ではとっくにに決まっていた……だが他者にはっきりと宣言する事に対して生じていた迷い。それを押さえて明かした意思を、ローリィは事もなげに一蹴した。

気持ちだけでは守れないと、そう伝える社長の様子には皮肉めいたものはなく、それが件の少女が置かれている状況の危機感を更に募らせる。蓮は腹に、グッと力を込めた。

「最上さんが助けを必要としている時は、何としてでも彼女を守り、救ってみせます」
「それは無理な話だ。彼女はおいそれと人に弱音を吐くような子じゃない。それはお前だって、よく知っているだろう」
「例え打ち明けてくれなくても、あの子の様子がおかしい時には見破る自信があります」
「ダークムーンの収録が終われば、お前と最上君が顔を合わせる事もなくなるだろう。それでは気付く事すらままならん」
「では一体俺にどうしろと……!」

バンッとテーブルを叩く音が部屋中に木霊する。

大きく身を乗り出した蓮は己の行動に驚くように両手を付いたまま固まっていたが、数秒後には目を伏せ、元の位置へと腰を下ろした。

「……すみません」
「感情を表に出すことが悪いとは言わん。特にお前みたいなタイプはな。だが、八つ当たりしても仕方ないだろう?」

激した蓮に全く動じる様子を見せなかった雇い主は、僅かに俯く相手に淡白に言葉を投げる。

「お前は既に答えを知っているはずだ」

あえて核心から外れるような言動をとらざるを得ないその心の内を把握しておきながら、着実に追いつめる容赦のなさに、蓮は唇を噛んだ。

「今の最上君に必要なのは、彼女に掛け値なしの愛情を与えられる人間だ。彼女にそれを伝え、受け入れられるように根気強く接し、本物の愛情を教えられる男だ。お前にそれができるのか、蓮」

そう簡単にできるなら、こんなにも苦しい想いを抱えはしない……!

蓮の表情が何かに耐えるように歪み、左手がそろりともう片方の手首へと向かい、腕時計を覆い隠す。

「幸せになる資格がないなどと、いつまでも自分を縛っているような男では、彼女を支える事はできない」

握り締めた手首に、キリと爪が食い込む。社長に何の装飾も施されていない剥き出しの刃で切り付けられ、痛みを感じながらも、蓮はそれを顔に出そうとはしなかった。

「それでも俺は、あの子を守りたいと思っています」
「話にならん。子供の持論だな」
「何とでもおっしゃって下さい。どうやらこれ以上は平行線のようですね」
「ああ。……だがな、蓮。これだけは言っておく」

ローリィは、彼の親指ほどの長さが残っている葉巻を灰皿へと押し付け、点る火を消した。燻るような音が張り詰めた場を制し、瞬き一つ程の時間が空白となって流れる。

「芸能事務所の社長という肩書を外して言うならば、最上君は俺にとって恩人だ。コウキとマリアに和解する為の切欠を与えてくれた、大切な娘だ。生半可な覚悟の男に手を出させる気はないからな」
「……肝に銘じておきます」

蓮はソファーから立ち上がると雇い主に一礼をし、扉の開閉音のみを残して姿を消した。



「バカが……ここまで言っても、まだ自ら囚われるのか」

室内に残った男が溜息ながらに発した響きが、霧散する事を恐れるように空間に漂う。

「過去を振り切る意志がないままに、あの役をやるなど……それがどれほど危険な事なのか、分からん奴でもあるまいに」

下手をすれば飲み込まれるだろう。
封印をした過去に。

苦渋に満ちた吐息に、ドアを叩く音が被さった。入室を許可されて静かに開けられた扉の先に、常に部屋の主に付き従う男が現れ、室内へと歩を進める。

「敦賀様が退出されたようですが、あまり良い方向にお話は進まなかったようですね」

主人の感情を正確に読み取る部下に、ローリィが薄い笑みを浮かべた。

「予想通りではあるがな。全く、こういう事に関しては融通が利かなくて、意外性に欠ける奴だ」

……それでも、「俺には関係ありません」などと言うセリフが出なかっただけマシなのかもしれないが。

やはり彼女の影響力は絶大だ、とピンクのユニフォームを着た少女の姿を思い描く。知らず鍵を握り、自らだけでなく他者の運命をも変える力を持つ、大いなる爆弾を。

そして、その導火線はおそらくこの手にある。

ローリィは自重するような低い笑い声を漏らした。

「旦那様……?」
「どうやら荒療治が必要のようだ。愛する事に不器用な、愛すべき者達にな」

さて、どんな課題を突きつけてやろうか……

そう言葉を落とした興行主の瞳には、常に物事を楽しむ彼本来の光が宿っていた。

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