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HAZARD 14

社長の言いたい事は分かっていた。
俺から引き出そうとしていた言葉も。

けれど、俺はそれを口にする事ができない―――

横にガタゴトと揺れる車内で吊り革を握り締めた蓮は、次々と景色が流れる窓に視線を置いたまま、数日前のローリィとのやりとりを思い出していた。

最上さんの事は大切で守りたいと思う。その気持ちは誰にも負けはしないし、他の人間にその役を譲る気もない。

君を守ると軽井沢でキョーコに語った、その言葉を蓮は違えるつもりはなかった。だがそれと同時に再確認したのは、キョーコに気持ちを打ち明ける事はできないという事実。

俺は大切な人を作れない。
……その資格がない。

犯した罪を忘れない事、それだけが俺が生きていく為のたった一つの術なのだから。

愛を否定しているキョーコの状況は蓮にとって都合が良く、それに甘えている自覚はあった。

だが彼女の意志がどれほど強いとしても、少女を求める男は既に現れていて、閉じこもったままの檻から外へ出そうと手を伸ばし始めている。彼女が抵抗するならば、無理やりに引きずり出そうとする輩も出てくる事だろう。

俺はどこまで守れる?
どうやって守り抜く?

常にあの子の傍にいることすら難しいというのに。

社長の言う通り、こんな状況で「守る」など茶番もいいところだ、と蓮は自らを嘲り、冷たい笑みを浮かべる。だが、あの時の蓮にはその一言を突き通す事しかできなかった。

長い前髪から垣間見える荒んだ眼差しが、蓮の心情を赤裸々に物語る。

艶のないボサボサの黒い髪、日本人離れした身体つき、醸し出す不穏な空気……それらは他の乗客を圧倒し、決して空いてはいない車内において、蓮の周りにのみ空間ができるという異様な状況を形成した。

彼が芸能人だと気づく者はなく、当人に至っては他の人間など存在しないといった風情で、埋没するように更に思考を深めた。

―――俺はこれからB・Jという役を通して、封印し続けた男に対峙する。

過去に捕われない為に。
過去を克服する為に。

だがそれは、過去の自分を赦すという事ではない。

少なくともその権利を持っているのは俺ではなく、そしてどれほど時が経とうとも、赦しなどもたらされようはずもなく……だからこそ彼女を求める事はできない。

それでも。

それでも彼女を他の誰にも渡したくないと……そう思うこの心はどれほど強欲なのか。

蓮は切符を自動改札に通すと、胸の内を削るような苛立ちを隠す事なく、忙しげに行き交う人々の先に見える約束の場所へと向かった。



「一体、どういうつもりですか! 俺の事で彼女を巻き込むのは、いい加減に止めてくださいっ」

日本有数の待ち合わせ場所で蓮と会うはずだった俳優部の顔見知りは、時間を過ぎても一向に姿を見せず、その代わりに現れたのは強烈なピンク色のツナギを着た少女だった。

その彼女は、今はスレンダーな身体の線も顕に、男を煽情するかのような上下共に丈の短い革の服を身に着けている。部屋の入口近くで魔女の異名を持つ美容師と話し込み、目を輝かせている少女に気付かれぬよう、蓮は小声で抗議を続けた。

「お前に叱られる筋合いはねえな」

肩を怒らせて憤る蓮に、事務所の長は耳でも掻きかねない呑気さで言葉を返す。

「これから最上君に会う機会が少なくなると、お前がしょんぼりとしていたから、俺としては気を利かせたつもりだったんだがな」
「しょんぼりとなんてしていませんっ!」

声は小さくとも息はひたすら荒く、蓮はローリィに噛み付いた。どうしてこの上司は、わざわざ人の神経を逆撫でするような物言いをするのかと、腸を煮え繰り返して。

「だいたい『病的に兄を好きな妹』だなんて設定、悪趣味にも程があります!」
「そうかぁ? お前には好都合だろう。ラブミー部の最上君が、てらいもなくお前に甘えるんだ。ずいぶんオイシイ設定だろうが」
「社長っ!」
「それにだ。これでお前も細かい事を気にせずに、人を愛し、愛される喜びを彼女に教える事ができる。……いいか、蓮」

壮年期を過ぎて尚、壮健な男の瞳がスッと細められ、鋭利な光が蓮を射抜く。

「これは、お前の為だけにセッティングした事ではない」

真剣な響きを帯びたその声に、蓮は小さく息を飲んだ。だが提示された状況は、「はい、そうですか」と受け入れられるほど簡単なものではない。

「例えそうだとしても、ホテルの一室に若い男女が寝泊りするというのは問題でしょう」
「問題? お前、一体彼女に何をするつもりだ?」

それまでの真摯な表情が一転し、社長の口角がニヤリと斜めに上がる。

「な……っ! 俺がどうこうという事ではなく、一般常識の話をしているんですっ」
「何を言ってるんだ、お前は」

ローリィは蓮に視線を流すと、笑止とばかりに鼻先で笑った。

「B・Jの正体は一般の観客はおろか、共演者にさえシークレットなんだろう? お前の事を知り得ない世間の目など、どうして気にする必要がある」
「そういう事ではなくてですねっ」
「蓮。俺はお前の理性は信じているが、くれぐれもハメは外すなよ」

そんな釘を刺すぐらいなら、最初から無茶な設定を押し付けないでくださいよ!

絶叫せんばかりの蓮の心からの訴えは、童顔の美容師と共に近づいてきたキョーコと目が合った瞬間に、喉の奥の奥へ葬り去るしかなかった。


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