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タイミング 10

俺はマネージャーという職業柄、様々な俳優の演技を見てきた。
だから実際の演技は画面を通してみるそれとは、全く迫力が違うということも良く分かっているつもりだったのだが―――

「田中さん、田中さん!大丈夫ですか?」
キョーコちゃんが田中を心配そうに覗き込み、顔の前で手を左右に振る。
その声に触発されてかヤツの身体がピクリと動き、キョーコちゃんへと目の焦点を合わせた。

「あ、ああ……大丈夫だよ、ありがとう。ちょっと驚いただけだから」
田中が強張ったままの表情でなんとか笑みを作る。

「まあなー、ホラー映画を生で体験したようなもんだし。キョーコちゃんにとってこの役は天役だから」
「社さん、それあまり嬉しくないですってば……」
「だって俺、鳥肌立っちゃったよ、ほら」
腕をまくってキョーコちゃんの目の前に差し出してみせる。

「え……本当に立ってる」
「ね?」
「社さん、寒がりなんですか?」

ちっ、がーーーーーーうっっっ!!!

がっくりと脱力する俺を見て、蓮がクスクスと笑う。

「役者の演技に直に触れる機会なんて、社さんでさえ滅多にありませんからね。田中さん、ささやかな余興でしたが楽しんでいただけましたか?」
「あ、ああ……」

あえて田中に振る辺り、蓮もいい性格をしている。
あれだけ真っ青な顔をしていたんだ、堪能しすぎて卒倒寸前だったのは分かりきっているだろうに。

「最上さん、ビールを二つ追加してくれるかな。あとウーロン茶も一つ」
「あ、はいっ、かしこまりました!」

襖を閉める音と同時に蓮は田中へと視線を移し、不敵ともいえる笑みを口元に浮かべた。
「いかがでしたか?俺の後輩の演技は。なかなか面白かったでしょう?」
問いかける蓮に田中は咄嗟に声を出すことができず、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
その様子から察するにこいつも気がついているのだろう。

確かにキョーコちゃんの演技は素晴らしく、妖しくも恐ろしい未緒という少女を上手く演じていた。
だがあの場の空気を本当の意味で支配していたのは、未緒をして破壊の神と言わしめた嘉月……すなわち蓮だ。
彼が生み出した息もつけないほどの緊張感の中で、妖艶に微笑む未緒は更に凄みを増し「美月」を恐怖に陥れた。

「蓮と共演する人間の演技は本物になる」
なぜそう言われているのか、その理由をこの身で初めて理解した気がする。

「彼女……まだ演技の勉強を始めてから1年も経っていないんですよ」
田中の返事がないことに構わず、蓮は話を続ける。
「楽しみでしょう?これから彼女がどんな風に成長をしていくのか、どんな風に化けるのか……」

「君は……っ」
田中が腹の底から搾り出すような声で、蓮に話しかけた。
「演技者としてのあの子を気に入っているのか……?」

その問いに蓮は僅かに瞠目し、フッと表情を和らげる。
「そうですね、気に入っていますよ。俺の演技に対して的確に反応してくれる信頼のできる役者さんは大勢います。ですがどう演じるのか全く予測がつかず、そして想像以上のものを返してくれるのは彼女だけなんですよ」
蓮のその言葉に装飾はなく、率直に京子という女優への期待を滲ませていた。

「失礼しまーす」
元気のいい声と共に、噂の主が注文していた飲み物を運んできた。

「はい、田中さん。喉が渇いたでしょう。でも一気飲みはいけませんからね、身体に毒ですから」
「ああ、ありがとうキョーコちゃん」
田中は苦笑いを伴って答えながら、ジョッキをテーブルに置くキョーコちゃんをじっと見つめた。

「え……なんですか?私の顔にシソウでも???」

ん?シソウってなんだ?
思想?違うな。歯槽…も変だし、死相……?
まさかとは思うがありそうな発想だ、キョーコちゃんなら……

「いや……あのなキョーコちゃん、演技するのって楽しいか?」
「……それは未緒のようなホラー映画を思わせる悪鬼の如きイジメ役でも楽しいか、という意味ですか……?」
ドロドロと腐臭も漂いかねない物凄い形相で、キョーコちゃんは田中を睨めつける。
……これは死相?
やっぱり死相で正解だったのかっ?

「いやいやっ!そういう意味じゃなくてさ。俺、芸能界なんてただ派手なだけの世界だと思っていたから、君みたいな子が興味を持つようなイメージは持っていなかったんだ」
「……確かにそうですね。昔の私は芸能界に入るつもりなんて、これっぽっちもありませんでしたから……」

ドンッッと更に暗い表情になるキョーコちゃんに、田中が思わず身を引く。
こいつ、こういうキョーコちゃんを見るのも初めてなんだろうなぁ。

「そ、それならどうして演技の勉強を?」

おっ、なんとか気持ちを立て直して聞き返したぞ。
この状態のキョーコちゃんを前にして挫けないとは思ったより頑張るな……などと少しばかり感心しつつ、増加するであろう負の波動を覚悟して構えの姿勢に入る。

……が、思いがけずその受け入れ態勢は徒労に終わった。

キョーコちゃんはほんわりと、そう正にほんわりという表現がぴったりの柔らかな、そして花のような笑顔を見せたのだ。

「自分を作るため、です」
「え……?」
「私、ある時に自分が何も持っていない空っぽの人間だって気がついたんです。でも演技をしていると自分の力で新しい自分を作っていける、育てていけるってそう思えてそれが嬉しくて……」

キョーコちゃんは両手を重ねると、大事なものを包み込むように胸へと当てた。

「だから私、演技の勉強をしているんです」

そのキョーコちゃんの幸せそうな様子は、彼女の演技を見た後でさえ田中の心の中で燻り続けた疑問に十二分に答えるものだった。


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