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甘さなし、暗め、ブラック風味の蓮視点です。
苦手な方はスルーしてくださいね。





その姿を目にした瞬間、耳の奥で心臓の音がドクリと大きく木霊した。

「貴島君…に……最上さん……」
「え……っ、あれ、キョーコちゃん!?」

唇から零れ落ちた言葉を社さんが拾い上げるのを、意識の端で僅かに捉える。

なぜ貴島と一緒に
どうしてそんなに綺麗な姿で
彼に寄り添い、腕を組み
親しそうに笑い合っているんだ……!


「やあ、敦賀君」

軽やかな声が、機嫌良さげに俺の名を呼ぶ。喉元まで込み上げてくる、この鬱々とした想いに気付く様子もなく。

「こんにちは。貴島君、それに……最上さん」
「あれ、敦賀君は分かるんだ。この美人さんが京子ちゃんだって」

でも、ここはまず驚いてみせるところだろう?と笑う貴島に形ばかりの笑みを返し、傍らの女性へと顔を向ける。

俺の心臓を今にも握り潰そうとしている、愛しい少女へと。

「最上さん……?」
「はい。……こんにちは、敦賀さん」

スッと頭を下げた彼女の長い髪が、滑らかな身体の線を辿ってさらさらと零れ落ちる。優美な動作で姿勢を戻した最上さんは、他を圧する凛とした美しさをその身に纏っていた。

「今日は制服で参加すると聞いていたけれど、ドレスに変更したんだね」
「ああ、本当に彼女、制服で来ていたんだよ」

制服姿だと出演者と気付かれずに門前払いを食わされるかもしれないとホテルの前で佇んでいた彼女を、それならばと美容室に連れて行ったのだと、貴島が楽しそうに説明をする。

余計な事を……と思わずにはいられなかった。

テレビカメラが入るような規模の大きなパーティで
こんなにも衆目のある場所で
彼女を飾り立てるなんて……!

彼女の魅力を、俺以外の人間が知る必要はないと言うのに―――

「ロケの時には俺が見る前に、敦賀君が風のように連れ去っちゃったからさぁ。『大人美人』な京子ちゃん、すっごく気になってたんだよな」
「それはすまなかったね」
「でもまあ、こうして実際に美女ぶりを堪能する事ができたし、お姫様をエスコートする誉に預かれたから満足かな。ね、京子ちゃん?」
「あ……ありがとうございます……っ」

ほわりと頬を染め、照れ恥じる……彼女の表情は、過去数度に渡って俺が引き出そうとしたものだった。

「蓮」と呼ばせようとして空振りし、「綺麗だ」と伝えようとして途中で遮られた……その夢見る反応をあっさりと手に入れている貴島に、言いようのない嫉妬心が湧き起きる。

……それは……俺が得るべきものだ……!

そう思う資格も権利もないと言うのに、それでも湧き上がるのはどうしようもないほどの独占欲。

「お礼を言われるほどの事ではないって言ってるのに、京子ちゃんは真面目だなあ。……おっ、逸美ちゃん達も既に来ているんだな。あっちにも挨拶をしに行くとしようか、京子ちゃん」
「はい……!」

貴島が当たり前のように最上さんを誘った。クイと持ち上げられた腕には、今も尚、彼女の手が掛けられている。俺を闇の淵から掬い上げてくれた、温かで柔らかな手が。

……君は、俺のお守りだろう?
どうして他の男に、その手を預ける?

なぜ、こうまで俺を追いつめる……

「じゃあ敦賀君、ちょっと行ってくるよ」
「……ああ……」
「それでは参りましょうか、お姫様」

紳士然と言ってのけた貴島に、最上さんがにっこりと微笑む。メルヘン思考の彼女にとって、これはこの上なく心くすぐられる言葉に違いない。

「最上さん……っ」

思わず引き留めた乾いた声に、彼女が立ち止まった。俺に振り返り、軽く会釈をすると、そのまま貴島と連れ立って歩いていく。

……どういう事だ。
普段のあの子とは違う……

盛装の礼に、貴島の求める「大人美人」を演じているのだろうか。感情豊かなあの子が、あんなにも表情を抑えて……いつも俺を見ればニコニコと笑って、挨拶をすると言うのに。

そこまで考えて、思考が止まった。

笑って、ない……?
俺に対して、ただの一度も……
貴島と一緒に入場した時には、楽しそうに微笑んでいたのに。

ドクドクと心臓が早鐘を打つ。気付いてしまった現実が、信じられずに。


―――父を超える事。
それが幼い頃からの目標だった。

彼が歴史に残る視聴率を叩きだしたドラマのリメイク版で主役を演じ、当時の記録を超えて金字塔を打ち立てて……夢を叶える為の一歩をようやく踏み出す事ができた。

そのドラマの完結と成功を祝う、記念すべき日だと言うのに。
最上さんの存在があってこその、この晴れの舞台なのに。

彼女がいてくれたから、俺は嘉月を理解し演じる事ができた。
彼女が呼びかけてくれたから、俺は敦賀蓮に戻ることができた。

その彼女が、俺から離れていく……?

目の前が暗くなり、込み上げてきた吐き気に眩暈がする。

俺は…………
俺が本当に欲しているものは……

「蓮! 大丈夫か!?」

焦りを帯びた社さんの声に、ハッと我に返った。

「……ええ、大丈夫ですよ、社さん」
「そうか……なら、いいんだが。言うまでもない事だが、今日お前がエスコートすべき相手は誰なのか……分かっているよな」

無論、言われずとも分かっている。だからこそ、俺はあの子を追う事ができなかったのだから。

「勿論ですよ。この大仰な打ち上げはドラマの延長線のようなものですし、嘉月と美月が揃ってこそ意味が有りますからね」
「ああ、ここは飽くまで仕事の場だからな。マスコミや芸能関係者が一堂に集まっているだけに、個人をアピールするのにも好都合だ。そういう意味では今のキョーコちゃんはいい宣伝になっているよ。お前にとっては不本意だろうがな」
「いえ、そんな事はありませんが……」
「この一次会に関しては、貴島に『京子』の売り出しに一役買ってもらっていると思って、割り切っておけ」
「……はい」

俺の心情などお見通しの提言に、意地を張ったところで無駄だと悟り、素直に頷いた。

今だけ……俺があの子をフォローできない分、彼に任せておくだけだ……。

「それにしても、キョーコちゃんが役によって変わるのは何度か見てきたけど、あれもまた強烈だよなぁ。会場にいる人間の視線を、軒並み攫ってるぞ」

彼女が誰よりも綺麗な存在だなんて事は、とっくの昔に知っている。
もう10年以上も前に。
大切な、宝石のような少女。

「察するに、お前の『お守り』も相当に可愛いんだろう?」
社さんが暗にセツを指して、俺に尋ねる。

「……そうですね。俺が10分ほど傍を離れている間に、ガラの悪い男達に囲まれて、かどわかされそうになっていたぐらいには」

うわっ、と横で引き攣った声が上がった。

……あの時、汚い手で彼女に触れ、乱暴に地面に打ち付けた男に箍は呆気なく外れた。

枷の存在を忘れて拳を振り上げ、その行為に髪の毛一筋ほども迷いはしなかった。

危険だ、とシグナルが鳴る。
彼女が傍にいると、俺が生きていく為の意味を……存在意義を忘れてしまう、と。

それでも、BJを演じるには彼女が必要だった。

クオンの闇に翻弄されない為に、一番の目的を果たす為に、俺は戒めとしていた腕時計を外して彼女に会った。

仕事を完遂する為に彼女を選んだ…………はずだった。

「蓮、お前……まさかとは思うが、その男達と揉め事なんか起こしてはいないよな?」
「ご心配なく。彼らには丁重にお帰り願いましたよ」

こそりと聞いてくるマネージャーに、抑揚なく受け答える。

実際に、闇に捕われかけはしたが、相手に怪我はさせていない。もっとも、あの子の一声がなければ、どうなっていたかは分からないが。

俺を動かす事ができるのも、止める事ができるのも最上さんだけ。あの少女だけが俺にとって唯一であり、絶対なんだ。

だがその彼女は今、俺以外の男の傍らに佇んでいる。俺には見せなかった笑顔を、惜しげもなく振りまいて。

―――そんな事は赦せない。赦せるはずがない……

君が俺から離れるような事があれば、俺はどうなってしまうか分からない。

だから、最上さん……っ!

心も身体も千切れるような痛みに、彼女がどれだけ自分に侵食していたかを思い知らされる。

……いつか決壊するだろうと感じていた。

あの子が俺の想いに気付かず、このまま翻弄され続けたなら、壊れてしまうだろうと。彼女を壊してしまうだろうと、ずっと恐れていた。

何と言う勘違いをしていたのだろう。
破壊者は、俺ではなかった。

彼女が他の男に寄り添い、立っている。ただそれだけの事で、子供の頃から追い続けた目標は色を失くし、打ち立てた塔は瓦礫と化した。廃墟となったその場所で呆然と立ち尽くす俺に、本当に望むものは何なのか、それは横暴に突きつけてくる。

灰色の世界に浮かび上がる、鮮やかな輝き。蕾の中に隠されていたそれは、今夜、誰の目にも明らかに咲き誇り、甘い香りを放っている。

……俺だけが知っていれば良かったんだ。

元から親しかった者は勿論、それまで歯牙にもかけなかった者までが、大人の魅力を湛えた彼女に引き寄せられている。

……冗談じゃない……

頬を染めて、嬉しそうに彼女が笑う。俺の存在など意識もせずに、視線一つ寄越さずに。

……駄目だよ、最上さん。

俺だけを見て。
俺だけに笑って、俺だけを思って。

俺だけを気にかけて。

俺だけの傍にいて、俺だけに触れて、俺だけの……


カシャン、と胸の奥で何かが壊れる音がした。


「どうやら撮影班が到着したようだな。蓮……色々と思う所はあるだろうが、とにかく気持ちを入れ替えろよ」
「ええ、切り替えは済んでいますよ、社さん」

彼女とは後でいくらでも話ができますからね、と心配性なマネージャーに穏やかに笑いかける。

敦賀蓮と言う名の、俳優の顔で。



ねえ……

かれはひっしに、おさえようとしていたのに。
それをこわしたのは、きみ。

だからね。
きみがせきにんをとってくれるだろう?

かわいい、かわいい……キョーコちゃん。


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