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「続きは?」とのお声をいただいたので……キョーコ視点で、前・後編という形にします。本誌発売の前日なので、時期的にはセーフと言う事にしておいてください。




「これでもう、終わりなんだ……」

気の進まなかった「ダークムーン」の打上げ。

でも監督や百瀬さんや、ドラマの撮影が進むにつれて仲良くなった人達と話すのは楽しくて、これからは会う機会もなくなるのだと思うと一抹の寂しさが胸を過ぎる。

今日は普段あまり話す機会がなかった人も声を掛けてくれたから、余計にそう思うのかもしれない。

「えーーっ、京子ちゃん? びっじーん!」
「ホント、綺麗だよね」
「そのドレスもよく似合ってるよ」

一次会ではこそばゆいほどに浴びせられた美辞麗句。一流ホテルのメイクマジックは魔法の威力も絶大らしく、プリンセスローザ様のない私でも2倍増しか、もしかするとそれ以上の大人美人へと変身させてくれていたみたいで。

女性扱いなんてされた事がなくて戸惑ったけど……ちょっと嬉しかったかな。

えへへ、と照れ笑いが漏れる。

二次会は百瀬さんと大原さんの間に座って女の子トークで盛り上がったし、制服姿で気楽に参加する事もできた。振り返ってみて、概ね楽しい一日だったと思う。

うん、楽しい一日だったわ。
そう思おうとして、チクリと胸が痛んだ。

本当に……鍵なんて開かなければ良かったのに。

そうすれば、敦賀さんとだっていつも通りに話す事ができて、心から豪華なパーティを満喫できたのに。

……敦賀さんとは、ほとんど話をしないままだった。
私は敦賀さんを避けていたし、敦賀さんも私に近づこうとはしなかった。

まともに挨拶もできない後輩だと、呆れられたのかもしれない。

それはとても怖い事だけど……その反面、どこかで安心する自分もいた。

このまま素の自分が敦賀さんと会う事がなくなれば、この想いもいずれ消えていくかもしれない。

無理をする事なく、自然に……あった事さえ忘れるぐらいに。

叶う事もない、叶えようとも思わない厄介な代物だもの。なくなるに越した事はないわ。


ピチョン……

水道の蛇口についた水滴が落ちる音を耳が捉えて、思いの外長い間、思考の小箱に入り込んでいたことに気付く。

「ダメよ、ダメダメ。こうやって考え込んじゃうからいけないのよ! 敦賀さんの事なんて、きれいさっぱり頭の中から追い出してしまわないとっ」

一人で言うには大きすぎる独り言を呟いて、勢いよくトイレのドアを大きく開けた時。

「へぇ……俺をどう追い出すの……?」

掛けられた声に、身体が硬直した。壁を背に凭れていた人が、コツコツと足音高く近づいてくる。

「君と話がしたくて待っていたんだけど、もしかして迷惑だった?」

まさかトイレの前でお待ちになっていたんですか?
私などの為に、こんな所で、一体いつから……?

「イ……イエ、トンデモアリマセン……」

聞くに聞けない質問を押し込めて、片言で言葉を返す。

「そう、それなら良かった。では行こうか」

私の手首を掴むと、敦賀さんは私に同意を得ることもせずに、スタスタと早足で歩き出した。

「あ、あのっ、私はもう帰りますので! 皆さんにはもう、挨拶も済ませましたしっ」

だから一緒に会場には戻れません、と主張してみたけれど、敦賀さんが足を止める気配はない。

「敦賀さんっ!」
「俺も戻るつもりはないよ。これから帰宅するだけだ」
「えっ、でも主役の敦賀さんがこんな早い時間に帰るだなんてっ。ダークムーンの最終回だって、まだ放映している最中ですよ!?」
「一通りの挨拶は既に済ませているし、別に構わないよ」

歩むスピードを緩めることなく、敦賀さんはエレベーターホールへと向かう。

「だから一緒に帰ろう」
「一緒に帰るって、敦賀さんはお酒を飲まれていますよね?」
「ああ……勿論タクシーを使うよ」

クスリ、と笑いながら敦賀さんが答えた。

「でしたら、一緒でなくて別々の車にした方がいいですっ。敦賀さんのマンションと私の下宿先では、方向が全く違うじゃないですか」
「同じだよ」
「え?」

きっぱりと断言されて、自分の頭の中にある地図を広げてみる。敦賀さんのマンションとだるまやとこのホテルと……三つの点を線で結べば正三角形ができるぐらい方向が違うはずだけど……思わず首を傾げる。

「君は俺と同じ所に帰るんだから、方向を気にする必要はないだろう」
「あ、あのっ、今日は例のお仕事はないんですよね?」

ヒール兄弟は、今日はお休みのはずなのに。

確認の意味で訊ねると、敦賀さんは足を止めて私に振り返った。

「打ち上げは楽しかった?」
「え……?」
「今日は楽しかったのかと、聞いているんだよ」

突然何を言い出すんだろうと疑問に思いつつ、特に濁す必要もないので思う事をそのまま返答する。

「それは楽しかったですよ。皆さんいい人ばかりで、これが最後の集まりだと思うと寂しいです」
「そう……俺はね、楽しくなかったよ」

睫毛の陰を頬に落とすように、敦賀さんは僅かに目を細める。

「それに、ずっと寂しくて仕方がなかった」
「敦賀さんがですか?」
「なぜだか分かる……?」

分かるも何も、敦賀さんの周りにはいつも人がいて、華やかな雰囲気で楽しげで。敦賀さんだってずっと笑顔で話していたから、寂しいと思う暇さえなかったはずなのに。

「最上さん?」

考え込む私に、敦賀さんが催促するように名前を呼んだ。

「いえ、分かりません……」
「そう? 簡単なのにね」
「ご期待に応えられなくて、すみません」
「最上さん……君がいなかったからだよ。君が俺の傍を離れていたから、まるで暗闇の中にいるようだった」

真っ直ぐに見つめる瞳に、吸い込まれそうになる。この人はどこまで本気で、そんな事を言うのだろう。

ランプが点灯してエレベーターの扉が開くと、敦賀さんは私の背中に手を回してエスコートをするように中へ入った。

そのまま奥へと押し込まれて、鏡の前に立つ。敦賀さんとの近すぎる距離を目の当たりにして、コクリと喉が鳴った。

これは……まずいかもしれない。
―――今の私には。

「敦賀……さん」
絞り出した声が、僅かに掠れた。鏡越しに向けられた眼差しが、強く私を射竦める。

「だからね、これから三次会をしよう?」

段々に私の顔へと寄せられる……綺麗な面立ちの、その表情が変わっていく。

「俺の部屋で」

光に反射して浮かび上がる、凍てついた微笑み。

「君と俺と、二人っきりで」

残響を感じる声に、心臓が跳ねるように早鐘を打つ。

背後の扉が静かに閉まっていくのを鏡が映し、それがまるで別世界の出来事のように感じられた。

「ねえ……キョーコちゃん」

クツリと笑うと、敦賀さんは普段とは違う呼び方で私の名前を口にした。長い二本の腕が私の身体を挟むように前へと伸ばされて、お腹の辺りで交差する。

後ろから抱き締められるような形に。
鏡面に浮かぶ二人の姿に。

……現実感がなくなっていく。

「他の男など、見えないようにしてあげるからね」

耳元で怖い程に優しくそう囁いたのは、私の知らない「男の人」だった―――


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