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君の傍に 1

惣也さんが企画されたアンソロ本、「Give me the fairy's LOVE」に寄稿した小説「SIMPLE」の別バージョンです。
シチュエーションが似ているのはブログにサンプルとして掲載した冒頭のみで、後は別展開となります。





「最上さんの手料理が食べたいんだ」

 にこやかに話されて、カップに伸ばしかけていた手がピタリと止まる。

 食に対して意欲を示さない敦賀さんが、こんな事を言うなんて。明日は屋外ロケの予定だけど、雨が降ったら延期になるだろうな……などと考えてしまったのは、これまでのこの人の杜撰な食生活を省みれば仕方のない事よね?

「最上さん?」
「は、はいっ! え……と、明日の晩ですね。分かりました、喜んでお引き受けします!」

 どんな気まぐれかは分からないけれど、敦賀さんの貴重すぎる要望を疎かにするわけにはいかない。是非とも、きちんと栄養を摂っていただかなければ。

「ありがとう。それで……できれば明日だけではなく、君の都合の良い日にはできるだけ俺の部屋に作りに来て欲しいんだ」
「は……?」
「駄目かな?」
「い、いえ、それは構いませんが……」
「じゃあ、お願いしたよ。はい、これ。うちのスペアキー」

 テーブルの上を滑るように差し出された、銀色のカード。一般の家屋の鍵とは明らかに形状の異なるそれは、何度か目にしたことのある物だった。

「あの、こんな大切な物をお預かりする訳にはいきません」
「軽い気持ちで預けようとしている訳ではないよ。ずっと悩んで、ようやく決心したんだ」

 カードを押し戻す私の手を止めるように、敦賀さんの大きな手が重ねられる。

「最上キョーコさん、俺と付き合ってもらえませんか?」
「……へ?」

 思いも寄らない話題転換に頭がついて行かず、間の抜けた音が唇から転がり落ちた。

 付き合う? 付き合うと言うと……

「敦賀さんのご要望とあればどこにでもお付き合いしますが、一体どちらにお供すればいいんでしょうか」

 この大先輩のように顔の知られている芸能人はうっかり買い物にも行けないだろうから、代わりに店の中に入って買い出しをして欲しいと……きっと、そういう事よね? 店内でファンに囲まれたりしたら、迷惑になるもの。

 ん? でも社さんが一緒にいれば、ブリザード技でどうにでも乗り切れそうな気もするけど……それなら最初から、私じゃなくて社さんに頼んだ方が早いわよね。だとしたら一体……

「最上さん?」
「あ、は……はいっ!」

 思考のるつぼに嵌りかけていた私を、耳触りの良い美声が現実へと引き戻す。

「そうだね。どこに、と言う君の疑問に答えるならば……」

 敦賀さんは言葉を区切ると、柔らかな微笑みを私に向けた。

「君に付き合って欲しいのは、俺の人生。共にして欲しいのは、これからの未来」
「……は……?」
「君に俺の傍にいて欲しいんだ」

 覆われたままの手が、握り締められる。私の指に触れている敦賀さんの手からしっとりとした熱を感じて、胸が強く圧迫されるような感覚に陥った。

「以前、カインとセツカとして、一緒に行動したよね」
「は、はい……」

 謎の俳優カイン・ヒールをサポートする為に、兄妹という設定でこの人の傍近くにいた時期があった。強面で人嫌いだけれど、妹には甘くて優しい、それでいて子供のような我儘を言う兄さんが私は大好きで、役を離れる時にはひどく寂しい思いをした。それはもう……戸惑いを覚えるほどに。

「君と二人で過ごす時間はとても楽しかった。凄く幸せだったよ。君はどうだった?」
「私も……楽しかったです。敦賀さんが次は何をするんだろうって、私はそれをどうやって返そうって、いつもワクワクドキドキしてました」
「そう、良かった。あんな感じでいいんだ。あの時のように、誰よりも俺の傍にいて、一番に俺を思って欲しい」
「それは、兄妹ごっこを再開するという事ですか……?」

 尋ねる私に、敦賀さんはゆっくりと首を振った。

「いや、今度はごっこではない。そして、兄妹でもない」

 私へと向けられた眼差し。それは優しげでありながら、否とは言わせない強い光を宿していた。ドクン、とぶれるように、身体の中で鼓動が反響する。

「異性として……一人の男として、君の横に立つ権利をくれないか」



「はぁーーぁ……」
「坊君、溜息なんてついてどうしたの?」

 巻き毛の美女を視界一杯に捉えて、ハッと今の自分の状況を思い出す。咄嗟に右腕ならぬ右の翼を横に大きく振って、なんでもないよとアピールをした。

「そう? ずいぶん切ない呼気だったから、恋の悩みかしらなんて思ったんだけど」
 
 遠慮なしに鋭く切り込まれて、心臓が勢いよく口から飛び出しそうになる。

 なんでこんなに驚くのよ、私っ。これは恋なんかじゃないのに……!

『この気持ちが恋だと言うのなら、いっその事、君をさらって逃げようか』

 混乱しまっくっている心を隠し、恋愛宣言をしたばかりの女優さんに即興で書いたボードをかざして見せた。

「あらぁ、素敵。坊君との逃避行なら考えちゃおうかなぁ」

 コロコロと鈴が転がるような笑い声が返る。可愛い感じの人だな、と思わず顔が綻んだ。

「すみません、美加さん。坊とイイ雰囲気のところを申し訳ないんですけど、そろそろ本番ですので、スタンバイお願いします」
「はーい。お邪魔が入って残念だったけど、また後でね、坊君」

 スタッフの呼び掛けに応じて踵を返した女優さんを見送り、私もオープニングにおける坊の定位置へと移動した。



 今日の「やっぱきまぐれロック」のゲストは、既に両手の指の数を越したのではというほどに交際宣言を繰り返し、「恋多き女」として注目され続けてきた女優、井上美加さん。
 
 私には到底理解できないけれど、それでも恋は人を綺麗にする、なんて言葉が少し分かったかもと思えるぐらいにその人は光り輝いていた。もっとも、余りにもバイタリティが有り過ぎて、レギュラー全員が振り回されたというのが正解かもしれないけれど。

「ちょっと疲れた、かな……」

 坊の衣装をクリーニングに出し、俯き加減に歩いていて、ふと足が止まる。そこは以前、敦賀さんがスランプに陥った時に、ブラックホールを築いていた場所だった。吸い寄せられるようにあの人が座っていた所に立ち、1mほどの高さがある床に腰を下ろす。

 あの時の敦賀さんは恋の前兆にさえ気付いていなかったのに、一体何がどうなっているんだろう。好きだって自覚した女の子は、どうしたのかな。敦賀さんに限って、振られるなんていう事はないと思うんだけど。

 ――付き合ってみないと分からない事もあるものよ。恋なんて、愛に行きつくまでのお試し期間だもの。いろんな人と恋をして、自分に合う人を見つけないとね!

 「きまぐれ」の収録の時に、笑いながら言い切った美加さんの言葉が、通り風のように脳裏を過ぎった。

 敦賀さん……好きな人と付き合ってみて、合わなかったとか?
 それでお試し感覚で、私みたいなのに声を掛けてみたの? 

 心に湧き上がった仮定はしっくりと馴染んで、私の中に渦巻いていた疑問をすっぽりと包み込んだ。

 付き合って欲しいと言った敦賀さんの声にからかいや嘘は感じられなくて、だからこそ分からなかった。なぜ敦賀さんが私と付き合いたいなどと言うのか……その答えがゲストの女優さんによって、思いがけなくもたらされた気がする。

「京子ちゃん、こんな暗い所でどうしたの?」

 不意に呼び掛けられて声のした方向に顔を向けると、光さんがこちらへと歩いてくるところだった。

「何か悩み事でもあるとか?」
「え、あの、どうしてですか?」

 いきなりストレートに訊ねられて、取り繕う事もせずに反射的に問いを返した。

「なんとなく、現場入りした時から元気がないなって思ってたんだ。これでも一年以上、京子ちゃんとは仲間として一緒にやってきたからね」

 少しは京子ちゃんの事を分かっているつもりだよ、と光さんは穏やかに笑って、私の横へと座った。


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