更新履歴


カテゴリー


タイトル一覧


リンク


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

君の傍に 2

「それにしても京子ちゃん。こんな人気のない所で、女の子が一人でいたら危ないよ」
「あ……はい。でも今は光さんが来てくださいましたし、大丈夫です」

 仕事中にうだうだと自分事で悩んでいた私に気づいていながら、それを咎めないばかりか、こうして心配をして隣にいてくれる……その温かな優しさにほんわりと頬が緩む。

「いや、俺だってその、そんなに安心されてもちょっと……」

 段々、尻すぼみになってしまった光さんの言葉。それは、最後まで聞き取ることができなかった。けれど光さんの少し困ったような横顔に、面倒見の良い先輩に甘えすぎていた自分を今更ながらに自覚する。

「あの……すみません。でも私みたいな女っ気がないのに、何かをするような物好きな人間はいませんし、どうぞご心配なく」
「なっ! それは違うよ、京子ちゃんっ。絶対にそんな事ないから、十分に気を付けてっ!!」
「ふぁっ、は、はいぃっ」

 身を乗り出して、すごい剣幕で否定する光さんの迫力に押され、条件反射的にコクコクと頷く。

「京子ちゃん、本当に分かってる!?」

 いつも穏やかな先輩にしては珍しく鋭い突っ込みに、自分の思考の傾向が読まれているらしいと頬の筋肉が引き攣った。

「で、でもですね、今日のゲストさんのような可愛らしい方だったら心配にもなりますけど、私に……なんて有り得ません。相手だって選り好みするでしょうし」
「あのね、京子ちゃん。男が皆、美加さんのようなタイプが好きなわけじゃないんだよ。むしろ……むしろ俺なんかは、君のほ」
「光さん、聞きたい事があるんですが」
「……っ、え?」

 失礼になるとは思ったけれど、光さんに訊ねてみたいとふと思い立って、途中で話を遮った。あと20分もしたらテレビ局を出て、敦賀さんのマンションに出向かなければならない。食事を作るという約束を果たす為に。

 敦賀さんとお付き合いをするかどうか……その返事を、私はまだしていない。君の気持ちが固まったら聞かせてくれればいいからと、尊敬するあの人は答えを出す為の猶予を与えてくれたから。

 ……とは言え、こんな中途半端な状況で敦賀さんに会うのは正直なところ、気が重かった。あの人の本心は勿論、自分の気持ちすら掴めない、この状態では――

「……うん、俺で良ければ幾らでもどうぞ」

 いきなりのお願いに面喰った感じではあったけれど、それでも光さんは快く頷いてくれた。思えばこの1年間で、どれほどこの柔和な人に支えてもらった事だろう。至らない後輩に適切に手を差し伸べてくれる、信頼できる先輩……だからこそ、聞いてみようと思った。

「恋って、そんなに簡単にできるものなんでしょうか」
「えっ、京子ちゃん?」
「人を好きになってお付き合いをして、でもやっぱり相性が悪いからとすぐに別れて、また他の人を好きになって……人の心って、そんなに簡単に割り切れるものなんでしょうか」

 まるで食べ物の好き嫌いのように、人に対しても「好き」だとか「嫌い」だとか軽く判断してしまうなんて……私には分からない。10年以上もアイツを想い続け、その本心を知ってからは憎しみという強い負の感情を抱くようになった私には。

「それは、美加さんの事?」
「……はい。本番中に恋愛に関するお話を伺って、そういうものなのかなぁ……と考えてしまったんです」

 まじまじと光さんに見つめられ、何となく居心地の悪さを感じて下へと目線を落とした。

「そうだなぁ……簡単に割り切れるかと言われれば、それは人それぞれだと言うしかないけれど、でも人を好きになるのはそんなに難しい事ではないと思うよ」
「そうなんですか……?」
「例えば、この子可愛いな、とか優しい子だな、とか。そんな小さな好意が積み重なって、いつの間にか好きになっていたりするんじゃないかな。その子といると幸せだって感じている自分にね、いつか……気付くんだよ」

 ―――些細な事に「幸せ」が伴えば「恋」

 以前、恋をした事がないと悩んでいた敦賀さんに伝えた言葉が、光さんの話す内容と重なる。

「それは感覚的に分かる気がします。でも……そんな風に自然に好きになった人を、同じようにいつの間にか嫌いになっていたりするものなのでしょうか」

 坂の上から転がる小石のように、唇から零れ落ちる疑問。光さんは少し考えるように軽い唸り声を上げると、再び口を開いた。

「恋心が長続きするかどうかは状況とか相性とか、いろんな要因が関係するんだろうけど、性格的なものも大きいかもしれないね」
「性格ですか……」
「多分、京子ちゃんや俺みたいなタイプは一途に相手を想って、そう簡単に割り切る事ができないんじゃないかな。真面目で融通が利かないって言うのか……俺と一緒にしては京子ちゃんに失礼だろうけど」
「いいえ、私も自分がそういう性分だと思っていますから」

 苦笑して頭をかく先輩に肯定の意を返すと、「うん……」と柔らかな言葉が耳に届いた。

「それとは逆に、人付き合いに長けていて恋愛対象になりやすい人は、その辺りは上手にこなしてしまいそうだよね。美加さんとか、敦賀さんみたいな人は」

 敦賀さん……!

 例として出された名前に反応して、心臓が大きく跳ねる。そんなはずはないのに、まるで私の胸の内を見透かされているように感じて。

「敦賀さんも、恋愛事には慣れているんでしょうか」
「う……ん、断言はできないけど、そういう印象はあるかな。美加さんも言っていたよね」

――私が本気で迫って落とす事ができなかったのは、敦賀蓮さんだけよ。

『美加さんの誘いを断った男性はいますか』という視聴者からの質問に、サラリと出されたのは抱かれたい男№1の称号を持つ人の名前。昨日から心中を惑わし続ける人がいきなり話題の焦点となった時は、危うく籠の中のネタマゴを落とすところだった。

「あれほど軽やかにかわされたのは初めてだったわ。あの人、かなり女性の扱いに長けているわよ」

 美加さんはそう言って肩を竦めて笑うと、「私を振った見る目のない男性の話なんてやめましょう」と早々に次のネタマゴを手に取った。けれど、敦賀さんについて語った美加さんの口調に、棘や嫌味のようなものは一切見られなくて。

「異性の誘いを上手に断るのは難しいけど、それを嫌味なくスマートにこなしてしまうのは、恋愛の経験値が高いっていう事なんだろうな」

 光さんの言葉に、膝の上に置いた手が知らず握り拳を作る。

 敦賀さんは、以前ここで坊に打ち明けてくれた。俺は恋をした事がない、恋をしてきたと思っていただけなんだ、と。

 でもそれは、裏を返せば過去にお付き合いをしていた女性がいるという事で……。

「恋愛を芸の肥やしと言う人もいるぐらいだしね。考え方は色々だとは思うけど、表現力を必要とされる俳優さんにとっては、数をこなすことも必要なのかもしれないよ」

 それはつまり、恋をしていなくてもお付き合いはできると、そういう事? 仕事の為に、経験値を積む為に、誘う事もあると……。

「最上さん、ここにいたんだ」

 突然の呼び掛けが、胸を潰しそうなほどに圧迫していた思考を絶ち切った。その張りのある声の主を目にして、今度は息が止まりそうになる。

「つ、敦賀さんっ」
「待たせてしまって悪かったね。ところで、こちらは……?」

 問い掛けられた私が答える前に、光さんは座っていた若干高い位置にある床から下りると敦賀さんに近づき会釈をした。

「顔を合わせるのは初めてですね、敦賀さん。LMEタレント部の石橋光です」

 ブリッジロックという3人組のユニットに所属しています、と補足した光さんに、にこやかに挨拶を返した敦賀さんから伝わってくるのは、ピリピリとした刺すようなオーラ。それはいつもの似非紳士笑顔とは違う、分かり易い不機嫌さだった。光さんでさえ気づいてしまうのでは、と思うほどの。

 もしかして話を聞かれていた……?

 そうと意図した訳ではないけれど、ご本人のいないところで噂話をしていた形になってしまった状況に引け目を感じて、私は敦賀さんの顔を見る事ができなかった。


関連記事

Powered by FC2 Blog
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。