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タイミング 1

「おい、社!社じゃないか!?」
雑踏の中、かけられた声に振り向くとスーツ姿の男が人並みを掻き分け足早に近づいてくる。
「お前、田中……か!?久しぶりだな!今、何してんだっ」
数年ぶりに顔を見る大学時代の悪友に顔がほころぶ。

「見ての通り、ごくフツーのサラリーマンさ。今も営業廻りが終わったところだ。お前こそ、まだやめてないのか?LME」
「ああ、なんだかんだで続いてるよ」

何気に失礼なことを言う男に苦笑いで答える。

「しかしお前が芸能事務所なんて華やかな職種に興味があるとはなあ。いまだに納得いかないんだが」
「芸能事務所って言ったところで俺の仕事は単なる裏方だ。やっていることは会社員と変わらないよ」
「そういうもんか?」

疑問を投げかける友に「そういうもんだ」と頷いてみせる。
俺は常日頃から社内のことや自分のいるセクションについて、必要以上に話をしないように心がけていた。

なまじ芸能界という世界はあらゆる人々の関心を惹く。
たいていの人間は俺が芸能事務所に勤めていると知った途端、誰それに会わせてくれだの、プレゼントを渡してくれだの、裏事情を教えろだのと煩い事この上ない。
ましてや俺があの敦賀蓮のマネージメントをしていることが知れようものなら……考えたくない事態に陥ることは想像に難くなかった。

「お前、仕事始めてからつきあい悪くなったよな。そんなに忙しいのか?」
「まあな。今日は久しぶりに丸一日休みがとれて、羽を伸ばしていたところだ」

日本一忙しい芸能人、そのマネージャーである俺はやはり同じペースで忙しかったりする。
だが、どれほど休みがとれずとも俺はこの仕事にやりがいを感じているし、楽しんでもいた。

「せっかく会えたんだ!これから予定がないなら少し付き合え、いい居酒屋を知っているんだ」
誘いの言葉にたまには旧友と飲む酒も美味いだろうと、俺は田中の勧める店へと足を運んだ。


看板と暖簾に大きな達磨が描かれた、中年層が好みそうな店構え。
“今時の若者”という形容詞が似合いそうなこの男が選ぶ店としては、地味な印象はぬぐえない。

「へぇ、お前がこういう店に来るとはなぁ」
「オヤジしてるって?まあ店構えはともかく、ここはマジで料理が美味いんだ。男と来るときはこの店で飲むことにしてる」

では女性同伴のときは?と聞くだけ野暮なんだろうな。

「それにな」
「うん?」
「バイトの女の子がちょっと可愛くてさ」

ああ、そうだろうとも。そういうことだろうとは思ったさ。
あまりにも変わらない悪友の言葉に少しばかり脱力する。

「彼女、最近は店にいないことが多いんだけど今日はいるかなぁ」

一人ごちながら田中がガラリと店の戸を開ける。

「いらっしゃいませ!何名様ですか?」

元気の良い可愛らしい声が耳に飛び込んできた。
パタパタと伝票を持ったまま小走りに出迎えてくれたその子は、俺の顔を見るなり大きく目を見開いた。

「や、社さん!?」
「キョーコちゃんっ!?」

驚きの声をあげる俺達に、知り合いか?と田中が聞いてくる。

知り合いも何も……昨日も会ったばかりだ。
俺がマネージメントする俳優の可愛い後輩であり、大切な想い人。
ヤツ本人は恋心を否定しているが、最近の行動や言動を鑑みるに、もはや俺に対しては既に開き直っているとしか思えない。

「社さんにはいつもお仕事でお世話になっているんです」

俺の代わりにキョーコちゃんが田中の問いに答えた。

「仕事っていうとLMEに勤めてるんだ?」
「……!ちょっ……」
「え、ええ、まあそんなもんです。こちらの席へどうぞ」

―――気付いていない人にはナイショにしておいてください。

店の中程の席へと促しつつ、キョーコちゃんがこそっと俺に耳打ちをした。

彼女はまだ新人とは言え立派にデビューを果たしているタレントでCMやドラマに出演し、最近では話題の人としてトーク番組にも顔を出すようになってきた。
「ダークムーンの未緒」といえば若中年層ならば知らない人間の方が少ないはずだ。

とはいえ予備知識なしに、あの未緒と目の前にいるキョーコちゃんが同一人物だと気づくのはおそらく難しいだろう。
憎悪の塊のような強烈な悪の印象の未緒と、愛らしく微笑む居酒屋の給仕さんなキョーコちゃんとではあまりにもギャップが激しすぎる。

もっとも、だからこそこういうバイト的な仕事も続けやすいのかもしれない。
芸能人とわかれば変なちょっかいを出してくる酔っ払いもいるだろうし、物好きな連中が押しかけてくる可能性もある。
これから先、もっと売れて顔が知られるようになれば話も違ってくるだろうが、今のところはあえて波風を立てる必要もない。

けれど残念なことに俺は確信している。
京子がその実力を広く世間に知らしめるのは、そう遠くない未来だということを。

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