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タイミング 11

「このサラダ美味いな、シャキシャキしてて。大根じゃないし何だろう?」
「山芋ですよ、社さん」
「へえーー、山芋ってとろろにして食べるもんだとばかり思ってたよ」

室内飲食厳禁状態が過ぎ去り、並べられた料理をようやく堪能する。
いくら空腹でも流石にあの状況で俺一人、食べる度胸はなかった。

「蓮、お前食に大してこだわりがない割によく知ってるな」
「それは分かりますよ。その山芋サラダを頼んだの、俺ですから。なるべく胃に負担の係らなそうなものを選んだので」
「ああ、そういうこと……」
根本的に食事というものに対して関心の薄い蓮は、好みではなく機能面や利便性を重視してそれを選ぶ。

「そういえば前にキョーコちゃんに怒られたっけな。蓮に食べ物を選ばせるなって」
「怒る?キョーコちゃんが?どうして」
田中が不思議そうに聞いてきた。

「とりあえず栄養がとれればいいからって栄養補助食品に頼ったり、食べやすいからってだけでコンビニおにぎりを買ったり、とにかく食生活が杜撰なんだよ。下手をすると忙しいのを理由に食事をすることさえしないからな」
「へぇー、しっかりしてそうに見えるけど意外だな」
「他の事に関しては嫌味なぐらいに完璧にこなすんだけどな。こればっかりは悩みの種だ」

「嫌味ってどういう意味ですか」と苦笑してこぼす蓮に構わず、大振りに肩を落としてハーーッと溜息を吐く。
本当になまじ毎日、毎食のことだけに軽く流すこともできない。

「社さん、別に多少食べないところで身体を壊すわけではないし、そんなに気にしなくてもいいじゃないですか」
「当たり前だ!食べないで体調を崩したりしようものなら、俺は無理やり口に押し込んででもお前に食事をさせるからな!」
「…………………………」
「……蓮?」

突然黙り込んだ蓮に何か違和感を感じて、再度あいつの名を呼ぶ。
「蓮、どうした……?」
「いえ、男性に食べさせてもらう図というのはあまり美しくないかな……と。そんなことにならないよう善処させてもらいますよ」
「当てにならない政治家みたいなセリフだな。俺が嫌ならキョーコちゃんに頼もうか?」
「ここぞとばかりに説教を食らいそうなので、それも遠慮しておきます」

蓮は苦虫を噛み潰したような顔で、迷うことなく辞退した。
その様子が可笑しくて、蓮にこんな表情をさせるキョーコちゃんの影響力はやはり絶大だと改めて思う。

「敦賀蓮に説教をする新人タレントか……考えてみると凄いな、それ」
田中が至極もっともなことを言う。

「キョーコちゃんは特別だからね。前に俺が風邪でダウンした時に代マネを頼んだことがあって、それ以来何かと気遣ってくれているんだ。本当に蓮を思って心配してくれてるってことが分かるしね」
「……そうでしょうか」
「え?」
思ってもみない所から疑問の声が上がる。

「後輩としての義務感……ではなくて?」
「蓮……お前、それはキョーコちゃんに対して失礼だろう。確かに代マネの時には仕事としての義務感の方が先に立っていたかもしれないけどさ」
キョーコちゃんの自己満足発言……あれはショックだっただろうとは思うけど。

「でもダークムーンの撮影に入ってから弁当を作って持ってきてくれたり、演技の練習に付き合ってくれたりっていうのはまぎれもなく純粋にキョーコちゃんの好意だと俺は思うぞ」

蓮がスランプに陥った時に俺はあいつを助けることができず、自分の力のなさにかなり歯痒い思いをした。
多分キョーコちゃんも同じ思いを抱いていたのだろう。
少しでも助けになるようにと俺から蓮の予定を聞いて、学校を半日休んでまでして弁当を作って持ってきてくれた。
結局はそれがきっかけで蓮はスランプを克服することができたんだ。

「キョーコちゃんはお前のことを大事に思っているよ」
彼女の名誉のために畳み掛けて言うと、蓮は考え事をするように口元に右手を持っていき、コホンと一つ乾いた咳をした。

「すみません、ちょっと失礼します」
蓮はサングラスと帽子を持って席を立つと、俺達に背を向ける形でそれをつけ、静かに襖を開けて部屋の外へ出た。

その姿が見えなくなるや否や、今度は田中が大きな溜息を吐く。

「どうした?」
「いや……お前はいつも一緒にいるから慣れているのかもしれないが大した存在感だな、敦賀ってヤツは。普通に話していても常人とは違うオーラを感じるよ」
「蓮が一般人と異なるって言うのは傍にいる俺が一番良く分かっている。天才肌というか、生まれ持っている気質が違うと言うか、華があるっていうのはアイツのような人間のことを言うんだろうな」

世の中にはそういう人間もいるんだな……
ポツリと洩らす田中に、俺は言葉を続けた。

「でもな、それ以上に蓮は努力をしているんだと思う。あの容姿に加えて、仕事には凄く真面目で常に要望以上の物を結果として出す。その上、人当たりは良く誰にでも優しい……なんて出来すぎだろう?多分、蓮はそういう自分を己に課しているんだ」
だからこそどうしても人付き合いは広く浅く、感情も抑えたものになる。

「仕事以外のことには人にも物にも執着をしない。そんなヤツがただ一人、気にかけているのがキョーコちゃんなんだよ」
「キョーコちゃんか……」
田中が感慨深げに彼女の名を呟く。

「俺、あの子があんなに感情表現が豊かな子だとは思わなかったよ」
キョーコちゃんのあの死相その他をそう表現するのか……恋は盲目とは良く言ったものだ。

「思っていたよりも面白い子だな。キョーコちゃんが傍にいれば飽きるということはなさそうだ」
「それは保証する。ただ黙ってみているだけでもふよふよと動いて百面相をやってくれるから」
「ふよふよって、なんだよそれ。クラゲか?」
何やらツボに入ったのか、田中がクツクツと笑いだす。
「いいな、見てみたいよ。クラゲなキョーコちゃん……っ」

涙が出るほどに笑い続けると、田中は両の指を交差した手の上に額を預けた。

「ずっと見ていたい……だけど、それは俺には無理なんだろうな」
「田中……」
「未緒の演技、本当に冗談抜きにゾッとした。彼女はこれから芸能界で生きていく人間なんだって思い知らされたよ……彼の計算通りだな」

蓮の意図を察していながらそれに屈服せざるを得なかった田中の心情を思うと、かけるべき言葉が見つからない。

「このだるま屋に通い続けたとしても、彼女の方がここにはいられなくなる日が来るんだろうな。そしてそれはそんなに遠い日のことではないんだろう?」
「おそらくは……ね。キョーコちゃんがLMEでもとりわけ有望株なのは間違いないよ」
「そうか…………」

田中はそう一言言うと、何かを決心するかのようにグッときつく目を閉じた。


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