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君の傍に 5

「それは、どういう事かな?」
「あれ……意外ですね。聞いていないんですか、敦賀さん。俺と京子ちゃんの関係について」

 地を這うような低い声に、カラリと明るい声が答えた。その相反する響きが衝突し、轟々と音を立てて生じたブリザードが二人の間に見えるような気がして、思わず身震いをする。

「あなたがここへ京子ちゃんを迎えに来たという事は、てっきり事情を知っているんだとばかり思ったんですけどね」

 ひ、光さん、違いますっ。敦賀さんは迎えに来た訳ではないし、事情なんてこれっぽっちも話していません! と言うか、誰に知られようとも、この人にだけは絶対に知られる訳にいかな……っ

 心の中の絶叫は、私の肩を掴む人の視線がこちらへ流れてきた事によって、瞬時に消え失せた。

「最上さん……?」

 い……いぃやああああぁぁぁっ……!!!

 敦賀さんの、問い質すような呼び掛けに凍りつく。いっその事、本当に氷のように固まって口を閉ざしてしまえたら、どんなに良いだろう。

 だって本当に言えないんだもの、私が坊だっていう事は……!

 無謀にも大先輩に対して大嫌いだと断言したり、言葉の勘違いを思い切り笑い飛ばしたり、恋バナを聞き出して講釈を垂れてみたり……前科があまりにも有りすぎて、今更打ち明ける事など到底できない。どう考えても雷が落ちる程度では済まないだろうし、下手をすれば絶縁すら言い渡されるかも……なんて、そんな事は想像もしたくない。

「敦賀さん、京子ちゃんをそんなに追い詰めないでくれますか。俺は単に、あなたと同じ事をしているだけなんだから」
「……同じ事……?」

 恐れおののく私を見かねたのか、光さんが出してくれた助け舟に、敦賀さんの意識が移行した。言葉を繰り返しての、大魔神もかくやという問い掛けに、例え相手が大物と言われる芸能人であってもソツなく司会を努めてきた先輩は、揺らぎなく話を続ける。

「あなたほど人気があって恋愛事に長けた人なら、この程度の駆け引きはお手の物だろうし、俺をうまく煙に巻いたつもりだったんでしょうけど……残念ですね」
「君はどうしても、俺を恋愛上手な遊び人に仕立てあげたいみたいだね?」
「遊び人だなんて、とんでもない。ただ、京子ちゃんに関して俺にそのやり方は通用しないと、そう伝えたかっただけです」

 ピンッと真っ直ぐに一本の糸を張ったような、緊迫した空気。私の名前こそ挙がってはいるものの、到底口を挟める雰囲気ではなくて……ただ息を詰めて経過を見守っていた私に、光さんはつと顔を向けると、やんわりと笑った。

「俺と京子ちゃんが出会ってから、もう一年以上が経つよね」
「は、はい」
「その間、俺は……俺は、ずっと京子ちゃんの事を見てきた。明るくて、真面目で、それでいてちょっと突飛な行動をする事もあって。君がどんな子で、どういう物の考え方をするのか、俺なりに知っているつもりだよ」
「光さん……」

 元々は、成り行きで引き受けただけの仕事だった。それでもこうして続ける事ができて、今では愛着すら覚えるのは、添え物にすぎない着ぐるみをを進行役の一人として接してくれた先輩達がいたからなのだと改めて感じた。私自身が意識をしていないところで支えてもらっていたのだと……それはどれほど幸運な事なんだろう。

「だからこそ分かるんですよ、敦賀さん」

 過去を振り返らせた、柔らかな流れ。それは、続いた音によって容赦なく断ち切られた。

「京子ちゃんは、違うんだって事が」

 ドクン、と心臓が大きく鳴り響く。

「俺も本気なんです。だからあなたの思い通りにはならない……簡単に諦めたりはしません」
 
 どこかが麻痺した思考は、その後に一言二言、光さんが話した内容を捉える事はできなかった。軽く手を上げて、踵を返した背中が壁の向こうへと消えた……その一点をぼんやりと見つめる。

 ―――京子ちゃんは、違う

 きつめの口調で光さんが告げたそれが、何を意味するのかは分からない。けれど、私を「違う」と言い切った、その響きは確信に満ちていた。

 違う……そう、やっぱり違うんだ。

  こんな事で気付いてしまうなんて、ひどく情けない気がした。他の人に突きつけられて、初めて思い知るなんて。

 敦賀さんの本当の想い人に、もし私がなれるなら―――

 心の奥底で、いつの間にか芽生えていた淡い期待。叶わないと悟った瞬間に、はっきりと形となって現れた自分の願いは、哀しいほどに道化て見えた。


「最上さん」

 名前を呼ばれて声のした方へと顔を上げると、怖いぐらいに真剣な眼差しとぶつかった。

「あ…の、私っ」
「……いいから、おいで」

 敦賀さんは何か物言いたげな唇を引き結ぶと、私の手首を取り、歩幅の差異を構う事なくスタスタと歩き出す。

「つっ、敦賀さんっ、私一人でも歩けますから、この手を離してください!」

 配電室を出て、廊下を抜けた先にあるのは幾つかのスタジオ。このまま人気絶頂の俳優氏に手を引かれて行こうものなら、好奇や嫉妬の視線に晒される事は間違いない。そんな恐ろしい事は、何としても遠慮願いたかった。

「手を離したら、君はどうするつもり?」
「そ……それは勿論、身の程をわきまえて、敦賀さんの後ろを三歩下がって歩かせていただきますっ」

 これから暗黒を背負った魔王様にどんな追及をされるのか……それを思えば、今すぐに身を翻して駆け去りたいのは山々だけど、そんな事をすれば更に恐ろしい状況になるのは目に見えている。不自然に引き攣った声はそのままに、とにかく逃げる意思がない事ははっきりと伝えた。

「女の子を背後に付き従わせる趣味はないよ。横に来て……地下駐車場まで行くから」

 有無を言わさぬ声音に圧されて頷き、連れられるままに普段は使わないエレベーターへと乗り込んだ。扉が開くと、そこに広がっていたのは何十台もの車が置かれた薄暗い空間で、その一角に止まっている見慣れた高級車へと歩を進める。

 前方で車の鍵を解除する小さな音がすると、敦賀さんは再び私の腕を取り、助手席側に回り込んだ。えっ、と思う間もなくドアが大きく開かれて、まるで荷物でも置くかのようにドサリと車内に押し込まれる。

「敦賀さん!?」

 勢いで運転席に倒れかかった上半身を起こして、体勢を立て直しつつ抗議の声を上げると、それを塞ぐように強い力で抱き締められた。

「…つっ……!」
「君は、彼にも食事を作っているの……?」
「何を、す……え?」

 耳にしただけで胸が痛むような掠れを帯びた声に、唇から出しかけた音が行き場を失くす。

「君は俺といる時と同じように、こうやって彼の車の助手席に座って、彼の家に行くんだ?」
「あ、あの……っ?」
「今まで俺以外の男とも、こんな風に何度も二人だけで会って、心を通わせてきたのか…っ……」

 まるで物を扱うような乱暴な行為に対して理由を聞こうとしたのは私の方なのに、逆に幾つもの事を問い詰められて――何をどう答えたら良いのか、私には分からなかった。


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