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灯火

 ―――騙されたと思って、一緒に居てみませんか……?

 あの時の言葉は、決していい加減な気持ちで伝えたものではなかった。何かに悩み、躊躇い、そして戦おうとしている敦賀さんに、成功するための切っ掛けを掴んで欲しくて―――そう思ってお守りを差し出した。

 それが浅はかで、あまりにも無防備な行為だったことに気づきもせずに。


 「セツ……」

 耳に慣れた低い声が、今の私の名を呼んだ。

「なぁに? 兄さん」

 長身の兄へと近づき、人が一人、入る程度の距離を開けて足を止める。顎を少し上に上げ、私の目線よりも高い位置にある顔を振り仰いだ。大切なこの人が、抱えている感情を見落とさないように。

「兄さん?」

 黙ったまま私を見下ろしているカインにもう一度呼びかけると、皮の手袋を纏う手が伸ばされて、滑らかな感触が私の頬を覆った。

「お前になら、幾らでも騙されてやる。だから……」

 切れ長の目が、私を見据える。

「決して俺から離れるな」

 強く、切なく。願うように、縋るように―――私を絡め取る言霊が放たれた。


 敦賀さんが抱えている苦悩。それは、私が感じていた以上のものだった。常軌を逸した奔放な狂気……自分の中にあるそれを敦賀さんは恐れている。彼という存在が、揺らいでしまいそうなほどに。

 お守り一つでどうにかなるような、些細な悩みではなかった。お世話になっている先輩の力になりたいと、その程度の気持ちで救える闇ではなかった。

 ……だから、引きずり出された。

 心の奥底に秘めていた想いを。
 たくさんの鍵をつけて、隠していた心を。

 いとも簡単に自覚させられてしまった。

 敦賀さんを救うために必要なのは、距離を保ち安全なところから向ける有体の好意などではなく、どれほど危険であろうとも傍にあろうとする覚悟を伴った情愛だった。


「離れないわ。私は兄さんのものだもの。……そうでしょう?」

 冷えた心と指先で私に触れる人に、捧げるための言葉を唱える。向けられている眼差しと同じように真っ直ぐに、けれど敦賀さんとは異なる、迷いのない強さを込めて。

「セツ……」

 頬に当てられていた手が震え、それは私の背中へと回された。両腕で引き寄せられた広い胸に、身体を預けて瞼を閉じる。

 ―――敦賀さんは、狡い。

 騙される気なんて、これっぽっちもないくせに。
 甘い想いを封印していた数々の鍵を取り払って、望んで傍にいるように仕向けて……それでも足りずに直接言葉で訴えて、自らの力を得るための礎を築こうとしている。

 敦賀さんは負けると分かっている勝負に挑むような、愚かな人ではない。私の本気を引き出すことで勝利への道が開けると、そう彼が信じ、私を頼ってくれているのなら……それならば。

 私は、闇に迷うこの人を照らす灯りとなろう。光と言うにはささやか過ぎる輝きと、熱と言うには緩やか過ぎる温もりと。敦賀さんの心に踏み込むことを許されていない私には、そんなものしか差し出すことはできないけれど。

 それでも変わらず傍にいよう。この人が苦しみを克服し、自らを縛っている呪縛から解き放たれる日まで。

 だって、私が見たいから。

 敦賀さんが身の内にある光源に気づき、大きな翼を広げて鮮やかに羽ばたく姿を。それを一番に見るのは私でありたいから。だから……今は利用されてあげる。

 私のとっておきの目的を果たすために。


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