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タイミング 12

――爆弾はいきなり投下された。

「キョーコちゃん、俺は君のことが好きだよ」
田中は爽やかな笑顔で、その一言をいとも簡単に言ってのけた。


席を立って10分ぐらい経った頃だろうか、蓮はキョーコちゃんを伴って帰ってきた。
開店時から入った客の注文量が落ち着いて、大将さんの手が空いているうちにと、蓮はキョーコちゃんがお世話になっている二人に煮物の礼も兼ねて挨拶を済ませたらしい。

「大将、普段から口数の少ない人なんですけど、今日は本当に『ああ』とか『うむ』とか、それぐらいしか言ってくれなくて……すみません、敦賀さん」
「いや、お店のやっている忙しい時にのんびり話をするわけにもいかないだろう。おかみさんには君がお世話になっていることに対して感謝の気持ちを伝えることもできたし……だから気にしないで」
「は……はい……」
目に見えてしょぼんとしているキョーコちゃんに蓮は宥めるように話しかける。

……ふっ、警戒されたな、蓮!!

この部屋に移動するときに俺達は店内でもかなり目立っていたから、それが大将さんの目に止まらないわけがない。
毎日のように店に顔を出す若い男の常連客と、キョーコちゃんの知り合いと名乗る男二人。
この組み合わせは保護者代わりの親父さんから見れば、不安材料以外の何物でもないだろう。
その内の一人から「ご挨拶」などされた日には、仏頂面に更に磨きがかかるというものだ。

さあ、これからが大変だなぁ~~、蓮。
頑張って親父さんを攻略するんだなっ。

…………などと暢気に面白がっていたのは、つい先刻まで。

そう、田中がとんでもないことを言い出すまではだっ!


「え……?」
キョーコちゃんが目を丸くして、田中を呆然と見ている。
何を言われたのか分からないという様子だ。

「キョーコちゃんのことを気に入っているって言ったんだよ。俺はいつも君の事を見ていた」
「あ…あの、それは何かの気の迷いか、お酒に酔って幻覚を……」
「店の中をパタパタと元気に動き回って、ニコニコと笑顔を振りまいて。まるで小動物みたいだな~と思って見ていると、管を巻く酔っ払いを簡単にいなしてしまう猛獣使いみたいなところもあったりして……面白くてずっと君を見つめていた」

戸惑いの声を漏らすキョーコちゃんに、それ以上話させまいとするかのように田中は言葉を続けた。
 
「俺がこの店に何度も通っていたのは料理が美味いということもあったけど……何よりも君に会いたかったからだ、キョーコちゃん」

心の内を誤魔化すことなく真摯に告白する田中に、キョーコちゃんは何と答えていいのかと戸惑っているのがありありと分かる。
彼女はあの……その……と小さく呟いて、持っているお盆を胸にギュッと抱えた。

「私…………っ」

どうしていいのか分からない、と不安な面持ちで、キョーコちゃんは助けを求めるように、導かれるように蓮を仰いだ。

彼女の視線の先にいる蓮は、吸い付くように田中を凝視していた。
一見感情を宿していないのかとも思える、無表情ともいえる表情で。
しかしその瞳は怒りの色を示し、膳に置かれた手はきつく握り締められ小さく震えていた。

心細げに自分を見ているキョーコちゃんの気配に気づいた蓮は、彼女へ顔を向け、何かを話しかけようと口を開く。
しかし言葉を発することができず、その事実に蓮自身が驚いたように、ただ息を飲んだ。

僅かな沈黙の中、言葉を失くした二人は互いだけを見つめていた。

「それでさ、さすがにキョーコちゃんって看板娘だよなぁって思うわけ」
張り詰めた緊張の糸を断ち切るように、田中がいきなり明るい声で話し始めた。

「料理屋って食べ物が美味いばかりじゃ客は来ないんだよね、やっぱり接客は重要だから。そういう意味でキョーコちゃんは満点だな」
先程までとはうって変わった口調に、キョーコちゃんは目をぱちくりとさせて田中を見る。

「そんな仕事上手なキョーコちゃんがお気に入りでさ、ここにはずいぶん通わせてもらったよ」
悪戯っぽくウインクをしてみせる田中に、彼女はほっと力を抜いて弱々しく笑った。

「田中さん、女たらしって言われません?」
「えっ、そうかな。俺は常に事実しか言わないからね。特に女性相手には」
キョーコちゃんのささやかな逆襲に、田中は笑って答えてみせる。

「そういうのをタラシって言うんですっ」
キョーコちゃんはツンと怒ったような素振りで立ち上がるとスタスタと襖へ向かった。
そしてチラリとこちらに視線を送ったかと思うと、パシンッと小気味良い音を残して退出していった。


「どういうことです……?」

地獄の釜が開いたかと錯覚するような底冷えのする声で、蓮が田中に問い質す。

ああ……俺、今、ほんっとうに心の底から、この場から逃げ出したいんですけどーーーっ!!!

「どうって君が耳にしたままだよ。俺はキョーコちゃんが好きだと伝えただけ……いや……」
田中は口角を斜めに上げ、ふてぶてしささえ感じる笑みを浮かべた。

「君ができないことをやっただけ、と言った方がいいかな」

挑むように話す田中に、蓮は鋭い視線を放つ。
殺気すら感じさせる容赦のない目の光は、蓮が本気で怒っていることを赤裸々に語っている。

「駄目だよ、敦賀君。君は曲がりなりにも俳優だろう?そんな顔をしていては気持ちがバレバレだ」
クツクツと笑いながら田中は蓮を揶揄する。

「ちょっとした仕返しだよ、君がキョーコちゃんを飽くまで後輩だなんて主張して、自分の気持ちを隠したまま俺を排除しようとした……ね」

田中の表情から笑みが消え、強い眼差しだけが蓮を刺すように貫いていた。


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