更新履歴


カテゴリー


タイトル一覧


リンク


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
蓮視点で、暗め。苦手な方はご注意ください。



* * * * * * * * * *


 食事が喉を通らないんだ。

 電話越しに告げた一言。ただそれだけで、君はこの部屋にいる。―――俺の目論見通りに。


「身体が基本なんですから食欲がないとは言っても、少しでもいいから食べてくださいね」

 出来立てのクリームシチューをガラステーブルに置きながら、彼女が俺をたしなめる。諭すその声は、いつもより格段に柔らかい。

 気にしているのだろう、俺の様子がおかしい事を。
 分かっているのだろう、問題を抱えているのはカインではなく、敦賀蓮だという事を。

 それでもあえて問い質そうとしないのは、相手の気持ちを重んじる、この子らしい思慮深さから。人の良い君は何も言わずに、救いの手を差し伸べる。その温もりに、俺がどれほどの想いで縋っているかも知らずに。

 たった二日間、別行動をするだけの話だった。明後日にはまた、兄妹としての生活を再開する。それなのに、その僅かな別離が耐えられなかった。

 彼に宛てられた、あのメールを見てからは特に―――

 ずくりと疼く、淀んだ感情。それを理性で押さえて、手に持つスプーンを口へと運んだ。とろみのあるシチューの熱が、穏やかに舌に馴染み、強張った心が僅かに緩む。

「……美味しい」

 温かい、旨い……そう素直に感じる事ができるのは、これが彼女の手料理だからなのだろう。もっとも、そうでなければ最初から夜食などという面倒なものを、あえて食べようとは思いもしないのだが。

「良かった……敦賀さんは食は細いですけど、出したものはきちんと残さずに食べてくださるので作り甲斐があります」
「そう? こうやって作って貰っていてなんだけど、俺みたいに食べる事自体を敬遠するようなタイプは、何を作ったら良いのか迷って作り辛いんじゃないかと思っていたよ」
「そんな事はないです。敦賀さんは好き嫌いもないですしね」

 にっこりと笑い、彼女は知らずに火が燻っている爆弾へと足を掛ける。

 ―――『好き』

 彼女の言葉に、過敏に反応し毛羽立つ心。理不尽な想いで君を傷つける事がないよう、荒ぶる気持ちを抑えていたというのに、自らNGワードを選ぶとは。この子は本当に俺の地雷を踏むのが上手い―――哀れとすら感じてしまうほどに。

「好き嫌いは……ないよ。君の作るものは何でも好きだ」
「あ、ありがとうございます」
「君が作ってくれるから、好きなんだよ」
「はいっ。敦賀さんにそう言っていただけるなんて、光栄です!」

 料理を褒められたと思っているのだろう、はにかんだ笑みを浮かべる彼女へと手を伸ばし、細い顎を掴んで視線が合うように上向かせた。

「本当に、自分でもどうしようもないぐらいに好きなんだ。だから例えそれが戯れであろうと、この言葉を君が他の男に向けるのは許せない」
「え?」
「おかげで午後からはひどく苛立って仕方がなかった。最上さんの事しか考えられなかった。だからこうして君を呼び出したんだよ」
「あの……敦賀さん?」

 話の雲行きがおかしくなった事に気付いた彼女は、眉を八の字に下げ、不安そうに俺を見る。その様子に嗜虐心を擽られ、自然に口角が上がった。

「駄目だよ、最上さん。男が誤解するようなメールを、気軽に送ったりしたら」
「メール……ですか?」
「送っただろう? 貴島君に」
「確かにいただいたメールに返信しましたけど……どうして敦賀さんが、その事をご存じなんですか?」
「今日は貴島君と一緒の現場でね。彼が食事をしている最中に、君からのメールが届いたと言うので見せてもらったんだ」

 話しながら物理的な障害になっているテーブルに片手をつき、上半身を乗り出して最上さんとの距離を縮める。顕になっている彼女の耳元へ、顔を寄せて囁いた。

「彼に伝えたんだろう? ……『大好き』って」

 吐息交じりに伝えると、華奢な身体が小さく跳ね上がる。

「……っ、そ、それは抹茶と小豆の組み合わせの事でしてっ、特に他意は……」

 始まった弁解。それに構わず、目の前にある耳たぶを軽く食んだ。―――柔らかい。
 耳から首筋のラインに唇を這わせ、甘い感触をじっくりと確かめる。舐めるように、口付けるように、辿った筋を彼女に残していく。

 頬に、顎に……額に。

 滑らかな肌を、順番に唇で触れる。映画の撮影の前に、手袋を外して彼女の顔に触れた、解放の為の儀式の通りに。

 あの日、俺は現れたクオンを制御する事ができなかった。彼女に指摘されるまで、その事実に気付いてもいなかった。
 再び闇に侵される恐怖に苛まされ、君がいなければ子供のようにうずくまり震えている事しかできなかったに違いない。

 君がいるから、俺は立っていられる。
 君の温もりが、俺を支えてくれている。
 俺だけの、大事なお守り。

 俺には君しかいない……それなのに君は、俺のいないところで他の男を気にかけていたんだね?

 あのメールを見てからは、彼女の事しか考えられなかった。過去の狂気に引きずられ、堕ちる可能性への畏怖よりも、唯一の少女が俺から離れていく未来への怒りと恐怖が思考を占領した。

「……敦賀さ、ん、一体、何を……っ」

 羞恥と困惑に赤く染まった身体を固まらせて、やっとの事で声を振り絞って尋ねる君に、目を細める。

「何って、決まっているだろう。君を可愛がっているんだよ」
「可愛がるって、私は今、セツじゃありません」
「勿論、分かっているよ。ねえ、最上さん。君、前にこの部屋で一緒にいようと宣言してくれただろう?」
「え……あの、それは、クイーンローザ様の」
「確かそういう意味の言葉があったよね。何て言ったかな」

 一筋たりとも逃げ道など用意させる気はない。彼女の話を強引に断ち切り、柔らかな頬を両側から覆って俺の手の内に閉じ込めた。

「ああ、そうそう」

 俺を―――
 俺だけを見つめている瞳を確認し、一つの言葉を伝える。

「一蓮托生だ」

 かつて耳にした四字熟語。俺の日本での名を含んでいたから、何とはなしに意味を調べて記憶に残していた……その単語が、今この状況でこれほどに相応しいものになろうとは。ふつふつと笑いが込み上げてくる。

「ねえ、最上さん。この言葉の通りに、俺の全てを君に托すよ。だから、約束して」

 俺の様子が異常だと気付き、恐れを抱きながらも、仕事への責任感や俺への義理で変わらずに傍にいる。そんな生真面目で優しい君に与えるのは、更なる呪縛。

「俺だけを見て生きて」

 違える事は許さない―――
 彼女の唇に強く、誓いの刻印を落とした。


関連記事

Powered by FC2 Blog
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。