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タイミング 2

「乾杯!!」
喉を冷たいビールが勢い良く駆け抜ける。

仕事抜きで酒を飲むのは本当に久しぶりで格別に美味かった。

「おまえ、ここにはよく来るのか?」
「ああ、一ヶ月ぐらい前にこの店を見つけて、それ以来マメに通っているよ」
「へえー」

店内をグルリと見渡してみる。
仕事帰りといった感じのサラリーマンがほとんどで、8割方席が埋まっている。
調理場では少々頑固そうな印象の親父さんが刺身の乗った皿を手早くカウンターに置き、ふくよかで優しそうな女性がそれを盆に乗せてキョーコちゃんに渡していた。

あの人達がそうなんだな……

キョーコちゃんから居酒屋のご夫婦の好意で下宿させてもらっていると聞いてはいたが、まさかここがそうだとは……
偶然ってあるもんだなぁなどと考えていると、田中がなにやら身を乗り出してきた。

「おい、社。やけに親しそうだったけど、あの子お前の彼女だったりしないよな?」
「ええっ!?」

そんなとんでもなく心臓に悪い冗談はやめてくれっっっ!
心の中で思わず絶叫する。

いや、決してキョーコちゃんがどうこういうのではなく!
問題は彼女に惚れているアノ男だっ。
あいつは無自覚な頃から彼女に嫉妬しては本性そのままに身も凍るような怒りの形相を顕にしてきた。
それを2度ほど目撃している俺としては、その嫉妬を真正面から受ける勇気はない。

「いや、違うよ。彼女は単なる同僚だ」
内心、冷や汗をかきつつ動揺を隠して当たり障りのない言葉を返した。
田中は一言ふうん、と言うとテーブルに置いてあるメニューへと目を落とす。

「お待たせしました!」
キョーコちゃんが注文していたつまみを持ってきた。
その中に頼んでいない煮物があることに気付く。

「大将からのおごりだそうです。いつも私がお世話になっているからって」
にこっと笑うキョーコちゃん。

この子はここのご夫婦に可愛がられているんだな……

彼女の辛い過去の経緯を聞いている俺としてはその事実がひどく嬉しく感じて、カウンター越しにこちらを見ていた大将さんに礼をこめて会釈をする。

「今日のお勧め料理はなんだい?」
田中がキョーコちゃんににこやかに話しかけた。
「そうですねー。今日は烏賊のいいのが手に入ったって大将が言ってましたから……」
丁寧に説明をする彼女を改めて見るに、事務所で会うのとはあまりに違うその雰囲気に思わず見入ってしまう。

この店の指定のものなのだろう、かすりの着物をきちんと着こなし、その一挙手一投足が洋服の時とは全く異なる動きをする。
足の踏み出し方、裾さばき。腕の上げ方一つとってもそれは、着物を着こなす術を熟知しているものだ。
そういえば瑠璃子ちゃんとの演技対決の時の彼女の所作は、本物志向の新開監督を唸らせていたっけ。
あの頃の蓮はキョーコちゃんに対して冷たかったよな……
と、そこまで考えて名案を思いつく。

「キョーコちゃん」
「はい?」
席を離れようとした彼女に声をかけて引き止める。
「良かったら写真撮らせてくれない?着物が凄く似合ってて可愛いからさ」

えええっっと真っ赤になり、手をぶんぶんと振って断ろうとするキョーコちゃんに「まあいいから」と薄い手袋をはめて携帯のカメラを向ける。
「撮るよ」
俺が引く気がないことを悟ってか、観念したらしいキョーコちゃんは手を前に組み、少し拗ねた表情をした。

「ほらほら、笑って」
その一言に彼女はふわりと微笑んでくれる。

うっわぁぁぁぁ……

シャッター音の直後に表示された画像を見て、俺は声なき声を上げた。
液晶画面にはうっすらと頬を染め、はにかむキョーコちゃんの笑顔。
これは……可愛い。恋心とか一切抜きで見ても無茶苦茶可愛い!

「変に写ってないですか?」
不安げに聞くキョーコちゃんに綺麗に撮れたよと携帯を差し出す。
が、戸口付近の席から追加注文の声があり、彼女は俺達に断りを入れるとそちらへと足を向けた。

「どれ、見せてくれよ」
俺は画像を保存すると、覗き込もうとする田中の前へ携帯を滑らせた。
「これは……可愛いな」
「だろう?」

田中の率直な感想ににんまりと同意する。
こんな笑顔を見たら、キョーコちゃんに想いをよせている蓮などノックアウトものだろう。
今頃ヤツは一人、自分の部屋で寂しく久しぶりのオフを過ごしているに違いない。

いつも頑張って仕事をしているご褒美だ。

俺は写真をメール転送にし、件名のみを入れて送信した。

TO 敦賀蓮
FROM 社幸一
SUBJECT 可愛いだろう?

これを見てアイツはどんな顔をするのか、想像するだにワクワクする。

送信してから1分も経たないうちにマナーモードにしていた携帯が俺の右手の中で震え出し、その反応の速さに思わず笑いがこみ上げてきた。

「あのさ、社」

俺が携帯を開けボタンを押すのと同時に、どうやら電話がかかってきていることに気付いていないらしく田中が話しかけてきた。

「お前、キョーコちゃんと知り合いなら俺のこと、彼女に紹介してくれないか。俺、彼女のこと好きみたいなんだ」

思いがけない言葉にテーブルの上から耳元へと移動する予定だった右手が動きを止める。
  
ディスプレイに表示された『敦賀蓮・通話中』の文字が、俺の手の中で小刻みに震え始めた。


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