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タイミング 17

携帯から短い着信音が鳴り、メールがきたことに気づく。 手袋をはめて鞄から取り出すと、画面には先ほど一緒に飲んでいた男の名前が表示されていた。

「田中から……?」
ボタンを押してメールの内容を確かめる。

「社、今頃は敦賀クンに真綿で首を絞められている頃か?
せいぜい頑張って切り抜けてくれ!」

…………余計な世話だっっ!!!

全く誰のせいだと思っているんだか……
ムッとしてクリアボタンに指が伸びかけた時、文の下の方に改行が多く入っていることに気づく。
画面下にスクロールすると更に文章が現れた。

「俺も新しい自分ってものに賭けてみるよ。今日の酒は苦いけど良い酒だった。また飲もうぜ」

……素直にこっちを最初に書いておけよ。
危うく勢いで消すところだったじゃないか。

ふっと笑みが零れる。

「どうしたんですか?社さん」
訊ねる蓮に、メールに書いてある内容を説明する。

「真綿で首……だなんて、とんでもない誤解ですよね、社さん」

ほぉぉ。
信じていたのにとか、裏切り者だとかのたまっていたのは何処のどなたでしたっけね。
……と思ってもこれ以上の墓穴を掘るのは御免なので、苦笑いをするだけに留めておく。

「キョーコちゃんから聞いた新しいプロジェクト……だるま屋に顔を出さないことに対しての理由付けというわけでもなさそうだな」
「ええ、メールの内容からするとそのようですね」
「苦いけど良い酒か。ハプニングの連続だったが、あいつにとって今日という日が良い意味で転機になればいいけどな」
「転機ですか。……出会いって不思議なものですね」
しみじみとした声で蓮が言う。

「数時間とか、数日とか……時間の長さは関係なく、その後の人生に影響を与えるような出会いというものがあるんですから」
「蓮、お前そんな出会いを体験したことがあるのか?」
実体験を伴うような発言に疑問を抱き、何気に聞いてみる。

「ええ……ありますよ、子供の頃に一生忘れられない出会いが。そしてそれは今でも続いているんです」

謎掛けのような答え。
けれど、その出会いについて語る蓮の表情が柔らかくあまりに幸せそうだったので、不躾に聞きだそうという気は起きなかった。

「そういえば……キョーコちゃんも幸せそうな笑顔をしていたよな」
「……え……っ?」

蓮の声に僅かに動揺の色が滲む。
キョーコちゃんの話題にはつくづく敏感なヤツだ。

「自分を作っているって言った時のキョーコちゃんだよ。彼女、本当に演技をするのが楽しくて仕方がないんだな」
「それは……一緒に演技をしていても伝わってきますね」
「そういえばお前は既に聞いてたんだな~、キョーコちゃんが演技の勉強をしている理由」
「え、ええまあ……」
俺の言い方に何かを察してか、蓮が語尾を濁して答える。

なるほどね。
思わず顔がにんまりとニヤけてくる。

二人が互いに嫌い嫌われていたピーク時の頃、蓮は判を押したように「根性は気に入っているけど、動機が気に入らない」とキョーコちゃんについて断じていた。
そんな蓮の態度が明らかに変わったのは彼女が代マネをしてからだ。
おそらくあの時にキョーコちゃんの演劇への想いを聞いて、動機に関しても評価を覆したのだろう。

どんな美人女優もお色気タレントも南瓜にしか見えていないのではないか、と疑いたくなるほどに興味を示さなかった蓮が、良くも悪くも気にかけていたキョーコちゃん。
いざ燻っていた引っ掛かりが取れてみれば、それこそ石が坂道を転がるがごとくに惹かれていったのだろう。

「お前ってさぁ」
「なんですか」
蓮が構えるように警戒の言葉を発する。

「何だかんだ言ってもしっかりオイシイ所は押さえてるよな~。今のキョーコちゃんを支えている、その理由についての数少ない理解者だなんて、それは彼女も信頼を失いたくないよなぁ」
「…………………………」

薮蛇を恐れるかのように、だんまりを決め込む隣の男。
それを通させるつもりは無論ない。

「彼女、お前が目標だって言ってたよな。とすると、キョーコちゃんはお前が演技を続ける限り、ずっとお前を追って来るわけだ。嬉しいよなぁ、俳優冥利に尽きるよなぁ」
「……社さん、何が言いたいんですか」
「べっつに~。お前はそれで満足できるのかなーって思って」
「社さん……!」

蓮が責めるように俺の名を呼ぶ。
少々遊びがすぎたか?
まあ、この辺が引き際だろう……
俺はシートに深く座り、背凭れに体重を預けた。

「理由はどうあれ……キョーコちゃんはお前のことを他の誰よりも意識しているよ、蓮。このチャンスを逃していいのか?いつまでもお前を見ているなんて、そんな保証はどこにもないんだぞ」
「意識しているとは言っても、それは単に俺が彼女の先輩だから……」
「キョーコちゃんの先輩なんて幾らでもいる。それこそお前の後輩もな。大勢いる彼らに対しても同じ態度で接しているとでも言うのか?……そんな都合の良い言葉で逃げるなよ」

そうやって自分を誤魔化している限り、蓮が自らかけた錠は外れることはない。

「蓮……少しは本腰を入れたらどうだ?冗談にしてしまえば楽かもしれないが、それではいつまで経っても前には進めないぞ」
「それは、さっきのあの子への告白について言っているんですか?」
「そうだ」

きっかけは田中への嫉妬だったのだろうが、あそこまで言っておいて笑い飛ばしてしまってはキョーコちゃんにだって失礼だ。

蓮は大きく嘆息すると、片手で前髪をかき上げた。
癖のない髪がサラサラと額に零れ落ちる。

「あれは……別に冗談で言ったわけでも、彼女を笑ったわけでもありません。ただ……」
蓮は一度言葉を切り、声のトーンを若干落として後を続けた。

「固まった彼女が次の反応をするまでの、そのたった数秒間を耐えることができなかった勇気のない俺が……あまりに滑稽で可笑しかっただけですから……」
暗く自嘲の笑みを浮かべる蓮に、俺は内心頭を抱えた。

「お前、余裕がないなぁ……芸能界一いい男とまで言われているくせに」
「そんな肩書き、最上さんに通用すると思いますか?」
「通用……しないだろうな」
「そうでしょう。そんな看板、あの子は踏みつけるか蹴飛ばすかして通っていきますよ」
後には何も残りませんね、ときっぱり言い切る蓮。

お前……どうしてそういう事に関してはキョーコちゃんの思考パターンを的確に把握しているのに、肝心な部分が丸っきりなんだ?
何か、何か間違ってないか!?

……ああそうか、これが恋愛音痴というものか……
分かってはいたものの、改めて目の当たりにすると脱力感も倍増だ。

「それに……まだ、早いんですよ」
横でがっくりと肩を落としている俺に構わず、蓮が真面目な声で話を続けた。

「彼女にとっても、俺にとっても……まだ乗り越えるべき問題が残っていますから……多分、それを解決しないことには向き合えない……」

その言葉には妙に確信めいたものを帯びた響きがあった。
俺が知らないキョーコちゃんと蓮の、それぞれの状況と思惑があるのだと示唆するように。

……だが、それならな、蓮。

その問題とやらを二人が片付けるのは一体いつの日のことなんだ?
明日か?明後日か?1年後か?
10年後なんて言うのは洒落にならないからな……!

おそらくはその間、俺はずっとこの二人の間でヤキモキすることになるのだろう。
想像すると眩暈がしてきそうだ。

「社さん、着きましたよ。……どうかしたんですか?」
額に手をつき、うな垂れた俺を蓮が心配そうに声をかける。

「……少し酔いが回っただけだ、一眠りすれば治るさ。それよりも蓮、明日は早朝に事務所へ顔を出してからダークムーンの現場だ。帰ったらしっかり休んでおけよ」
「はい、今日はありがとうございました、社さん。楽しかったですよ」

穏やかに微笑む蓮の様子から察するに、どうやら社交辞令ではないらしい。
こういうところは本当に子供みたいに真っ直ぐで憎めないヤツなんだよな……

ああ……もうこうなったら乗りかかった船だ、とことん付き合ってやるさ……!
その代わりに、いつかお前とキョーコちゃんの最高の笑顔を拝ませてもらうからなっ!

自ら重い荷物を背負い込んだ気もするが仕方がない。
結局のところ、俺は不器用なあの二人が気に入っているのだから。

蓮の車が闇の中へと消えていく。
俺はその車体が街の中に溶け込むのを確認してから、小さな光を放つアパートの鍵を手に取った。



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「タイミング」本編 END





楽屋落ち小ネタはこちら(以下反転)

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――こうなったら乗りかかった船だ、とことん付き合ってやるさ……!
――自ら重い荷物を背負い込んだ気もするが仕方がない――

「社さん、別にわざわざそんな重い荷物を負うことはありませんよ。俺と最上さんのことは放っておいてくださって構いませんから。むしろその方が助かります」
「ふーーーん」
「な、なんですか」
「じゃあこれからは俺が気にかける必要はないってことだな。例えばキョーコちゃんにお前の予定を教えて差し入れをしてもらうキッカケを作ったり、お前が演技をしている間に待機しているキョーコちゃんに他の男が来ないようにさりげなく傍についていたり、キョーコちゃんの様子が変だからって俺が一人単独で調べに行って逐一お前に報告をしたり、お前がマジ怒りでキョーコちゃんを脅かして地の底まで落ち込みそうな彼女を慰めたり、更に……」
「社さんには常日頃からお世話になると共にご心労をお掛けすることも多々あることと思いますが、今後とも変わらぬお付き合いとご助力を願えればと……っ」
「分かれば宜しい」


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立場弱いです、蓮。



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