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「思ったよりもスムーズに打ち合わせが終わったな、蓮。これから移動するには……まだ早いか」

斜め上方にある時計――普段腕時計をしない俺にとって壁にあるそれはかなりありがたい存在だ――に目をやると、まだ8時にもなっていないことを指し示していた。

「コーヒーでも飲んでいくか」
「そうですね」
駐車場に向かいかけた足を休憩室へと方向転換すると、廊下の先にあるドアが開き、明るい茶髪の女の子が現れた。

「蓮、あれって……」
俺が呟くのと同時に彼女もまた俺達の方に気がついたらしく、ドアノブを押す手がピタリと止まった。

「キョーコちゃん、おは……」
バターーーーーーーーーーンッッ!!!!

片手を上げて呼びかけた俺の声は、勢いよく閉められたドアの音に消されてしまった。
彼女は俺達に背を向けると、反対方向へと真っ直ぐににスタスタと歩き出す。

「え、ちょ……ちょっとキョーコちゃん……!?」

思いがけない行動に目が点になり、俺は困惑して隣の男を振り仰ぐ。
蓮は呆然と石の用に固まっていたが、次の瞬間、スッと眼差しを前方へと据えて、言葉もなく急ぎ足で歩き始めた。

や……やばい……!あの目は……不味いだろう……!

俺は慌てて、二人の後を小走りに追いかけた。
リーチの差なのだろうか、キョーコちゃんと蓮の距離はみるみる詰められ、彼女がそれに気づいて焦っているのが後姿からでもはっきりと分かる。
階下へと続く階段を目指してキョーコちゃんが角を曲がろうとした時、蓮は手を伸ばして彼女の腕を掴み、そのままの勢いで抱き寄せた。

おっ、おいっっ……!!

俺は咄嗟に辺りを見渡し、人がいないかどうかを確認する。
まだ時間的に早いこともあり、幸いなことにそれを目撃した人間はいなかった。

「なぜ……逃げる……?」
怒りと苛立ちを含んだその声に、蓮の腕の中にいるキョーコちゃんの身体がビクリと震える。

「べ……別に、逃げてなんていません」
「そう……?俺、前にも教えたと思ったんだけどな。この業界、挨拶は大事だよって……」

この業界的に考えるなら、事務所で堂々と女の子を抱きしめるのは止めてほしいんだが……って、そんなところを突っ込んでいる場合じゃないっ!

キョーコちゃんを追い詰めているはずの蓮の声は、むしろ追い詰められた男のそれで。
普段、細やかな配慮を欠かさない蓮が人目のある場所でこんな暴挙に出ているという事実が、キョーコちゃんの身の危険性を物語っている。

「蓮……っ!」

止めに入ろうとしたその時、蓮の胸に顔を埋めていたキョーコちゃんがキッと面を上げた。

真っ赤に染まった頬……強く結ばれた唇。
そして彼女の潤んだ瞳に浮かぶのは、責めるような強い光。
それを蓮は冷ややかな眼差しで、怯むことなく受け止めた。

キョーコちゃんは意を決したように、冷たく見据える蓮の目を負けじと見つめ返し、口を開いた。

「わ……私……っ、敦賀さんが好きです……っ!」

キョーコちゃんのその言葉に、蓮は大きく目を見開き息を飲む。
時が止まったかのような空白の数秒が過ぎ………蓮はフッと微笑んだ。

「そう……なんだ……」

キョーコちゃんの背中を支えていた右手が彼女の顎へと当てられ、残された左手はしっかりと腰を抱き直す。
彼女を見つめる蓮の表情から戸惑いは消え、代わりに表れたのは妖しくも美しい……淫靡ささえ感じられる壮絶な微笑み。

「俺の気持ちは昨日君に伝えてあるよね……それならば」
蓮の親指がキョーコちゃんの唇をゆっくりと撫で上げる。

「俺達は互いに想い合っているという事だ」
「つ……敦賀さん……っ」

男でも赤面してしまう程の妖艶な表情の蓮に、キョーコちゃんが動揺を滲ませた声を上げる。

「蓮って呼んで?キョーコ……」

しっとりと濡れそぼるような響きをまとう、誘いの言葉。
しかしその声を紡ぐ唇は、返す言葉を待たずに彼女のそれへと距離を縮めていた。

「ま……っ、ま、待ってください~~~~~~~っっっ」

キョーコちゃんが焦りも顕に、両手で蓮の口をひっしと押さえた。

「ん……?どうしたの、キョーコ?」
蓮は口元に当てられたキョーコちゃんの指を右手で押さえると、軽い音を立ててキスをした。

「~~~~~~っ!!!!」
「ん?」

キラキラと光輝く蓮の笑顔は、つい昨日、俺も食らったあの含みのあるもの。

「す、すみません!ごめんなさいっ!ほんの少ーーーし、昨日の仕返しがしたかっただけなんです~~っ!!」
滝のように涙を流すキョーコちゃんの身体を、蓮は両手をぱっと離して開放する。

「愛の告白をするのにあんな挑戦的な目をしたら駄目だろう。君はそれで俺に追いつくつもりか?まだまだ甘いな」
蓮はキョーコちゃんを斜めに見据えて言い放つ。

「だからと言ってこんな嫌がらせをしなくても……」
「何か言ったかな?」
「いえっ!!なんでもありませんっっ!」

キョーコちゃんの小さな呟きさえも、聞き漏らすことなく攻め立てる蓮。
……それはちょっと大人気ないだろう……?

「おい蓮、先に仕掛けたのはお前なんだし、幾らなんでも可哀想じゃないか」
「自業自得ですよ。俺を騙すならもっと演技力をつけてからにするんだね、最上さん」

むっつりと不機嫌そうに言う蓮に、俺はヤツがキョーコちゃんに「騙された」ことを知る。
それが例え瞬間的なものであっても……彼女に溢れんばかりの恋情を抱える蓮にとってはあまりに辛い仕返しだったのだろう。

「先に行ってますから」
蓮は一言残すと俺達を振り返ることなく、さっさと休憩室へと歩き出した。

地に手足を付き、がっくりと哀愁を漂わせているキョーコちゃんに近づいて肩に手を置く。

「キョーコちゃん、気持ちは分かるけど少しやりすぎたかな?さっきは突然俺達を無視して、早足で歩き出すから驚いたよ……」
そう、元々はあの行動が蓮の平静さを失わせ、箍の外れた振舞いをする結果へと導いたんだ。

「だ……だって……」
キョーコちゃんが涙目で俺を見つめる。

「昨日の敦賀さんの悪戯のせいで、私、なんだか眠れなくて……敦賀さんに会ったらあの時の事を思い出してしまいそうで、それでどんな顔していいのか分からなくて……冗談だとは分かっているんですけど……っ」
言葉を区切りながらキョーコちゃんは真っ赤になって説明をする。

「今日は部室に忘れた教科書を取りに早めに事務所に来たんですけど、まさかこんな時間に会うことになるとは思わなくって、気が付いたときには必死で逃げていたんです……」
素直に心情を話すキョーコちゃんに、俺は心の内で思いっきりガッツポーズを取りたい気分だった。

蓮っ!お前、全く見込みがないわけではなさそうだぞっ!!良かったなぁ……っ!!

「そうしたら敦賀さんに捕まって、どうして逃げるんだって責められて。元々は敦賀さんが昨日あんな意地悪なことをしたせいなのにって、私悔しくなって……」

……え……っ……?

「だから例え一矢でも報いることができたらって思ったのに、あっさり見破られた上に遊ばれて……」

なんだか話の方向が……

「私の演技なんてまだまだだって見せ付けられて……!」

ちょ、ちょっと待っ……

「社さん!私っ、絶対に敦賀さんに演技で追いついてみせます!!そしていつの日か敦賀さんに『参った』って言わせてみせるんだからーーっ!!」

あーーあ…………っ

結局そういう結論になってしまうわけね……
蓮と言いキョーコちゃんと言い、どうしてイイ所まで近づいておきながらわざわざ離れていくんだろう。

俺、本当にこの二人をこれからも見守っていくのか……?
……ちょっと考え直そうかなぁ……

「社さん……?」
意気消沈している俺にキョーコちゃんが怪訝そうに声をかける。
少し眉根を寄せ、心配そうに俺の顔を覗き込んだ。

「どうしました?気分でも悪いんですか?もしかして昨日のお酒がまだ残っているとか……?」

今の今まで自分のことで嘆いていたのに、俺の様子がおかしいと気づいた途端にそんなことは放り出してしまうキョーコちゃん。

はあ………おそらくはこうやってほだされることを繰り返して、俺は二人を影ながら応援していくことになるんだろうなあ。

ほぼ確定した未来を覗き見たような気がして、俺は小さな溜息を漏らす。

「社さん?」
「大丈夫、少し寝不足なだけだよ。コーヒーでも飲めば目が覚めるから。キョーコちゃんも一緒にどう?蓮の悪ふざけのお詫びにアイツに奢らせるからさ」
「はい!それではお供させていただきますっ!」

ニッコリと笑うキョーコちゃんに、俺も同じように笑みを返す。
今頃は蓮も平常心を取り戻していることだろう。

お詫びが自販機のコーヒー一杯では安すぎるかな?などと軽口を叩きつつ、俺達は蓮が待つ休憩室へと足を向けた。


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