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珍しいな……そう思ったのが最初。

トレーニングルームで一汗をかき、シャワーを終えてさっぱりとしたところでソファーに腰掛けた。
そのタイミングを計ったかのように送られてきた、社さんからの一通のメール。

彼とは常に行動を共にしているし、必要なときには電話で連絡を取っているから、メールなどほとんど使ったことがない。
何の用件だろうと疑問に思いそれを開いた瞬間、着物姿ではにかむ最上さんの笑顔が目に飛び込んできた。

「なぜ」とも「どこで」とも考える間もなく、指は社さんの携帯に繋がる短縮ボタンを押していた。
しかし返ってくる筈のマネージャーの声はなく、代わりに聞こえてきたのは少しこごもった、しかし聞き流す事のできない話をしている男の声。
俺は社さんから彼の居場所を聞き出すと、上着を羽織り地下の駐車場へと急いだ―――



「余裕がないなぁ」
一騒動が過ぎ去り、帰りの車内で社さんは俺に言った。

余裕だって……?
そんな物が一体どこにあると言うんだ……?

あのダークムーンの軽井沢ロケ……
俺が沖縄にいて撮影班と合流することのできなかった二日間。
その僅かな間に彼女は性質の悪いストーカーに付け狙われ、一番厄介だと感じていた彼女の幼馴染はライバルと化し、俺に対して宣戦布告をするという変貌を遂げていた。
そしてあれから左程経たないうちに、今度は下宿先の常連客が彼女に片思いときた。

「相当太くて強い馬の骨でないと……」
暢気にそんなことを言っていた、かつての俺。
例えどんな男が彼女にアプローチをしても、愛を失くした彼女がそう簡単に誰かに惹かれることはないと、そんな根拠のない安心感を持っていた。

それが俺の都合の良い思い込みに過ぎないと、そう気づかされたのはあの人が……クー・ヒズリが来日した時だ。
社長から彼の世話係に任命された彼女は、その数日間でこれほどかと驚く程に彼に懐いてしまった。
無条件の信頼と溢れるほどの敬愛を捧げ、彼女は熱に浮かされたように彼の話をする。
あの人は「父親」という位置に収まってはいるが、それは単に彼が彼女の親の年代であったからに過ぎないと、俺の中で警報が鳴り続ける。

彼に嫉妬するような感情はさすがにないが、しかし彼女にとって第二、第三のクーが現れないとは限らない。
彼女の中で「父親」ではなく「恋人」という地位を獲得し得る男が……!

彼女には彼女だけの世界があり、俺の知らない人々との出会いがある。
そんな事は重々承知しているし、その全てを俺が把握することは不可能だ。

だが俺の知りえない場所で、あの携帯メールの画像のような誰をも惹きつける笑顔で彼女が笑い、そんな彼女に惚れる男がいる。

そう思うだけでゾクリと身体に悪寒が走る。

俺の預かり知らない所で彼女が誰かに求められ、俺が何も気づかない内に彼女がそれを受け入れてしまったら。
彼女の中で俺という存在が男であることの意味を無くし、一縷の望みさえも失ってしまったなら。
……俺は一体どんな行動に出るのだろう……?

幸せになる資格はないと自制し続けて、己の気持ちを打ち明けるどころか、例え想いを寄せてもらってもそれを受け入れることすらできない状況で……なのに彼女への独占欲は留まることを知らず、膨張していくばかりだ。

あまりにアンバランスなこの感情を、俺はどこまで制御できるのだろう。


「蓮、あれって……」

社さんに言われるまでもなく、俺はドアの向こうから姿を現した彼女に気づいていた。
こんな朝早い時間にどうしたのだろう?
思いがけず会えたことに喜びを覚え、自然に頬が緩むのを感じる。

戸を閉めるために彼女はドアノブを廊下側のものへと持ち替え、ふとこちらに顔を向けた。
目が合った、と感じた次の瞬間。
彼女は大きな音を立てて思い切りドアを閉めると、俺達がいる方向とは反対の通路へと急ぎ足で歩き出した。

何なんだ……

今、確かに彼女は俺の姿を確認したはずなのに、わざと目を逸らした……?

まさかと思う一方で、それが勘違いではないこともまた、俺は確信していた。
目が合った時に彼女はひどく驚いた様子で、戸惑いの表情を見せたからだ。

戸惑う……?俺に対して?

彼女がそんな素振りを見せるのは、俺が欲望を顕にした時だけだ。
君が欲しいと、そう願う心が表に出た時、彼女は敏感に反応し戸惑いと警戒の表情を見せる。

ならば理由は一つしかない……昨夜の俺の「告白」だ。

結果として冗談で済ませてしまったあれが俺の真実の言葉だと、それに気づいて彼女は俺から逃げているのか……!?

逃げて、心の平安を保つために俺という存在を……抹消して……?

駄目、だ……逃がさない……っ!
俺を消すなんて、そんなことはさせない……!

彼女を追うべく、俺は人気のない廊下を早足に突き進んだ。

本当に気づかれてしまったのだろうか、俺の気持ちに。
俺は彼女の中から抹消されてしまうというのか……
この想いごと……!

そうして失ってしまうのか?俺は……

彼女が俺に向ける無垢な笑顔を。
嬉しそうに俺の名を呼ぶ彼女の声を。
無邪気に俺を見つめる彼女の眼差しを……俺は失くしてしまうのか?

……否……できるわけがない…………!

階段へと逃げ込もうとする彼女の腕を間一髪で捕らえ、そのままこの手で抱き締める。
ここが何処だとか人目に立つとか……周りの状況を考える余裕もなく、そんなことはどうでも良いとさえ思った。
ただ、彼女を離すことだけは絶対にできなかった。

「なぜ……逃げる……?」

理由を聞く俺に、彼女は逃げているわけではないと見え透いた嘘を付く。
それで俺が騙されるとでも思っているのか……?
そんなに俺の目が節穴だとでも?
……ずいぶんと見くびられたものだな、俺も。

本当にどうしてくれようか、この娘……!

荒んだ感情が意識を支配した時、彼女が俺の腕の中から抗議をするように顔を上げた。
俺を見るその瞳に戸惑いの色はなく、あるのは何かを主張するかのような強い光。

俺の腕の中で、既に逃げ道を失った君に何かできるとでも……?

反撃に転じようとする彼女の行動を、冷めた心で待ち構えた。
そして飛び出した予想外の言葉に、俺は不意を付かれ……
疑ってみることすら一瞬忘れてしまった―――


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