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はあああああっ……
熱いコーヒーを一口飲み、俺は深い溜息を吐いた。

社さんの言う通り、彼女を必要以上に攻め立てて可哀想な事をしてしまったとは思う。

だが……あれはないだろう?

人の気も知らずに、仕返しだという理由だけであんな手の込んだことをして。
逃げる彼女を追いながら、実際に俺がどれほど精神的に追い詰められていたかなんて、あの子は気づきもしないのだろう。

やっとの思いで捕まえてみれば、抜き打ちのようにあんなセリフを言って俺を惑わせて……あまりに儚い幻を見させて……!

彼女が俺を好きだと言うのなら、例えそれが偽りだと分かっていても……いや分かっていたからこそ、このままキスの一つもしてやろうかと本気で思って彼女の顎を取った。
寸での所で止められて、指先への口付けに留めたはしたが……
あれが彼女と二人きりで人の来ない場所だったなら、俺は自分を止められたかどうか自信がない。

こんな出来事がこれからも続こうものなら、絶対に俺、決壊するぞ……
休憩室に着いてから何度目かの溜息を吐く。

そんな俺の心境とは裏腹に、廊下からは彼女と社さんの楽しげな話し声が聞こえてきた。



「はいどうぞ、最上さん」
紙コップに入ったホットココアを彼女に手渡す。

「ありがとうございます」
彼女は礼を言うと、俺の差し出したコップを両手で受け取った。

「ココア一杯で終わりとは安い代償だなぁ、蓮」
社さんがここぞとばかりに突っ込みを入れてくる。

「恋の演技の授業料も入っていますからね。プラスマイナスで丁度いいくらいじゃないですか」
遊ぶ気満々の彼に乗るのも癪で、わざと素っ気無く言葉を返す。
「すっごく心臓に悪い授業でしたけどねっ」
不貞腐れるように零す彼女に、それはこっちのセリフだと俺は心中で反論した。

「それにしても……」
温かいココアを飲んで一心地ついたのか、小さなコップの湯気の向こうで最上さんがほんわりとした声で話し始める。

「例え演技でも『好き』って言うのは恥ずかしいものですね。敦賀さんはドラマなんかで慣れているんでしょうけど……よくできるなって私、感心しちゃいました」
「そう……?別に演技なら、例え嫌いな相手にだって簡単に言えるものだろう?」

先ほどのやるせない思いが胸を過ぎり、つい否定的な意見を言ってしまう。
向かい側の席では社さんが、捻くれ者めと言わんばかりに俺を睨み付けている。

「ええっ?」
最上さんが心外とばかりに声を上げた。
「そんなことないですよっ。少なくとも私には無理です!好きでもない人に好きなんて言えません!」

ペキョッ……

俺の手の中にあった紙コップが潰れ、跡形もなく姿を変える。

「嫌いな男に演技でもいいから告白しろなんて言われたら泣いて辞退しますっ。何と言っても私、先生曰く『極度の役所偏食症候群』ですからっ!」

念を押すが如く、彼女はご丁寧にも再度強調してみせる。

「役所偏食症候群って、キョーコちゃん、それ自慢にならないよ」
「でも先生が命名してくれたから、つい嬉しくって……」
「キョーコちゃんは本当にクーに懐いているんだね~」

自分が何を口走ったかも気づかずに、彼女は社さんと共にクー談議へと話題を転換していく。
俺は潰れたコップを捨てるために椅子から立ち上がり、ゴミ箱へと足を向けた。

社さんの視線が背後から妙に絡み付いてくるような気がするのは、おそらく気のせいではないのだろう。
小さな幸せに浸っているとほくそ笑んでいるに違いない。

俺だって、分かってはいるんだ。

彼女の言う「好き」の中には親友も入れば社長も入るだろうし、ともすれば椹さんだってそのカテゴリーの中に入るのかもしれない。

それでも彼女が俺を、無意識のうちにでも好きだと思っていてくれることが嬉しくて堪らない。
俺は今、社さん言うところの破顔をしていることだろう。

彼女のちょっとした言動に不安になり、それ以上に幸せを覚える時もあり……恋心とはなんて単純で、且つ複雑なものなのか。
ともすると暴走しそうな想いを抱えて、俺はこれからも水に浮かぶ木の葉のように彼女に翻弄されることになるのだろう……

「敦賀さん、そろそろ移動の時間ですか?」
最上さんが俺に呼びかける。

「ああそうだね……」
腕時計を見るフリをしながら、俺は深呼吸を一つして気持ちを静めた。

飲み終えた紙コップをテーブル越しに受け取り、ゴミ箱へ捨ててから廊下に出ると、二人は俺が来るのをドアの脇で待っていた。
最上さんの手には学生鞄と、制服が入っているらしい手提げ袋が握られている。

「ダークムーンの撮影が終わったら、その足で学校か……学生も色々と大変だね」
「でも敦賀さんとここで会えたので、現場まで車で一緒に乗せて行って貰えるし助かります!」

ニコリと笑う彼女に眼差しで頷き、最上さんの横へと移動する。

今、当たり前のように独占している彼女の隣の位置。
それを俺は維持していけるのか……守ることができるのか。 

ただ一つ、事実として身に染みて分かったのは、既に失うことはできないということ。
彼女が俺から離れるなど……ましてや他の誰かに奪われるなど到底耐えることができない。

手に入れることはできないと己を戒める一方で、それでも欲しいと欲望は果てなく募る。
秤にかけられた俺の心は、いつかどちらかに針が振り切れて壊れてしまうのだろうか……?

「敦賀さん?」
最上さんの呼びかけに自虐的な想いに駆られていたことに気づき、余計な思念を振り払う。

「珍しいですね、敦賀さんがボーーッとするなんて」
「そうだね……君の突発性メルヘン妄想癖が伝染したのかもしれないな」
暗い思考に入っていた自分を切り替えるため、俺はあえて彼女にからかいの言葉を向けた。

「敦賀さん、もしかして私のことバカにしてません?」
「とんでもない!大いなる誤解だよ、それは」
弧を描いて片手を振り否定してみれば、全く信じずにブッスリとむくれる彼女が可笑しくて、自然にクスクスと笑い声が漏れた。

こんな他愛無いやりとりにさえ切ないほどの幸せを感じる、恋に溺れきった俺こそが……どうしようもなくバカな男なのだろう。




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「タイミング」エピローグ END


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