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水面下の波

「尚!事務所からGOサインが出たわよ!」

局内に設置してある大型の液晶画面の前で、腕を組み佇んでいる尚に呼びかける。
返事もせずにテレビを食い入るように見ているあの子に疑問を持ち、何の番組かしらと視線を移して……少しばかり後悔した。

色彩鮮やかな液晶の中でひどく切なげに眉を寄せているのは、あの子が毛嫌いしている俳優、敦賀蓮。
ここは富士テレビで、今は丁度ダークムーンを放映している時間帯だったことに今更ながらに気づく。

「しょ……尚……?」
そのまま放っておく訳にもいかず、恐る恐る名前を呼ぶ。

「……このドラマもそろそろ終盤だな」
「え……ええ」

尚の前では言えないけれど、私はこの番組をDVDに録画していて、一週たりとも見逃したことはない。
最初は話題のドラマということで単なる興味本位だったのだけれど、回を追うごとに深まる謎と主役二人のラブストーリー、そしてキョーコちゃんの熱演に引き込まれて、今では純粋に話を楽しんでいた。

「行こう、祥子さん。どうせまた家で見るから」
「ちょっと、尚……!」
スッと私の横を通り抜けて歩き出した尚を、小走りに追いかける。

……家で見るからって、どういう意味……?

私が毎回録画して見ていることを知っているということかしら。
それはそれで怖いけど、でもちょっとニュアンスが違うような……

「あなた……もしかして見ているの?ダークムーン」
まさかとは思いつつも聞いてみる。
「ああ、毎週欠かさずに見てる」
あっさりと言う尚に、思わず我が耳を疑った。

あれほど嫌っている敦賀蓮と、幼馴染のキョーコちゃんが共演しているドラマ……タイトル名を聞くことさえ嫌がると思っていたのに。

やっぱり……キョーコちゃんが出ているから……かしら……?

軽井沢での一件以来、この子の中で彼女の存在が重くなっていることには気が付いている。
それは恋を語るバラードの、その歌い方が劇的に変化したことからも察せられた。

「キョーコちゃん、頑張っているわね。未緒……凄く印象的で、話題になっているわ」
「そのぐらいは当然だろう」
「え……?」
そうでなくてはと言わんばかりに、尚はきっぱりと言い切った。

「アイツが俺の所まで来るには未緒の話題性ぐらいでは足りない。トップを維持するためには俺も待っている訳にはいかないし、待つ気もない。俺に追いつくかどうかはこれからアイツがどう動くかにかかっている……」

尚は私を見ることなく視線を進行方向へと向けたまま、独り言を言うかのように話した。

トップを維持する……この子は言葉通りに、その土台を作っている最中だ。
元々尚はプロ意識がしっかりとしている子で、天性の才能を生かし順調に仕事をこなしてきた。
でも今の音楽への取り組み方はこれまでとは比べ物にならないくらい、恐ろしいほどに真剣で。
初シングルにして一位を奪われた……あのビーグールの教訓もあるけれど、でもそれだけではないことも私は知っている。

――見てて……これからのあの子の成長……――

キョーコちゃんに言ったあの言葉。
その意味するところは彼女に伝わらないと分かっていても、言わずにはいられなかった。

「もっとも……」
尚が不意に言葉を続ける。

「俺が見ているのはアイツだけじゃないけどな」

キョーコちゃんだけではない……?
思わせぶりな言葉に疑問を抱く。

「どういうこと……?」
「……敵状把握」

尚はポツリと言うと、その後は口を噤んでしまった。

敵……と言うと、やっぱり敦賀蓮のことよね。
以前はポスターを見ることさえ嫌がっていたのに、どういう心境の変化かしら?
正直なところあちらは俳優、こちらは歌手、とジャンルも違うし、実際に競り合うこともない人をどうしてこうも嫌うのか、理解に苦しむところではあるわ。
「芸能界一のいい男」という肩書きが気に食わないのかしら。
負けず嫌いの尚ならありそうな気はするけど……

「……っ!?」
目の前の尚が突然動かない壁となり、考え事をしていた私は急に立ち止まった彼に気づかずに、その背中に思い切りぶつかってしまった。

「ちょっと、尚……っ?」
額を抑えつつ、何事かと前を見ようと尚の背から一歩横にずれると、そこには正にこの子が一方的に敵対している人気俳優が立っていた。

彼に直に会うのは初めてで、そのスラリとした出で立ちと華やかなオーラに思わず息を飲む。
確かに芸能界一と謳われることはあるわ……と尚の前では絶対に言えないことを考えた。

でも……想像していたのとは何かが、違う……?

「こんばんは、敦賀さん」
尚が挨拶をして、彼の方へと近づく。

あんなに毛嫌いしている敦賀蓮に自分から話しかけるなんて……信じられない光景に呆然と立ち竦んでしまう。

「こんばんは不破君、軽井沢以来だね」
にっこりと微笑んで敦賀蓮が挨拶を返した。

あ……ら……?

さっきの違和感のその正体に、ふと気づく。

敦賀蓮は業界でも温和な人柄として有名で、実際に会ったことのない私でもTVで見る彼の柔和な笑顔そのままに、彼という人物を頭の中でイメージしていた。
けれどさっき見た彼の表情はお世辞にも温和という雰囲気ではなく……どこか硬い表情で尚を見ていた。

軽井沢以来と敦賀蓮は言っていたけど、まさか尚ったらあちらで出会って失礼なことをしたんじゃないでしょうね……!?

あまりにありそうな想像に冷や汗が出る。

「ダークムーン、20年前のドラマの視聴率を抜いたってな。おめでとうと言っておくよ」
「ありがとう。君がこのドラマについて気にかけてくれるなんて、少々意外だけどね」

一見和やかに話している二人だけど……何か引っかかるものがある。

「気にかけるどころか、毎週見てるよ。アンタの演技を」
「俺の……?最上さんの演技ではなく?」

最上さん?
……誰のことかしら……?
もしかして……キョーコちゃん……?

「勿論アイツのも見ているが、終盤になってから気になり出したのはアンタの方だ」
尚は数歩踏み出すと敦賀蓮の傍らに立ち、肩越しに囁きかけた。

「一体誰を思い浮かべて、あんなに苦しげな恋の演技をしているんだろうってな」

敦賀蓮の「温和」な表情が消え、尚へと鋭く視線が投げられた。
一方の尚はそれを受け止め、余裕さえ感じさせる笑みを浮かべている。
その緊迫した空気にこれ以上はまずいと感じ、間に割って入ろうとした時。

「ちょっとバカショー!敦賀さんに何か失礼なことをしているんじゃないでしょうね!!」
「蓮っ!!」

キョーコちゃんと眼鏡をかけた青年が、二人の元に駆け寄ってきた。

「……何もしてねえよ。ただ挨拶をしただけだ」
「礼儀作法の欠片もわきまえていないアンタに、まともな挨拶なんてできるわけないでしょう!?」
「お前、俺を何だと思ってるんだ?これでも芸能界でそれなりにやってきてるんだ。挨拶の一つもできないでどうする!」
「その芸能界で大先輩に当たる敦賀さんに非常識にもタメ口でアンタ呼ばわり、しかも軽井沢では指をさすなんて失礼なことをしでかしたアンタの言うことが信用できると……」
「最上さん?」

喧嘩するほど仲が良い、そんな言葉が浮かんでくるやりとりにストップをかけたのは敦賀蓮だった。

「は、はいっ」
キョーコちゃんがビクリと身体を震わせ、彼へと意識を向ける。
「ここが何処だか分かっている?喧嘩腰の会話は自粛した方がいいんじゃないかな」
「す、すみません……っ」
厳しく言い放つ彼に、キョーコちゃんは青くなって頭を下げる。

「俺のためを思って言ってくれているのは分かっているけどね」
ふっと表情を和らげた彼をみて、彼女は心底安心したように力を抜いて微笑んだ。
彼はその彼女の様子を見て小さく頷くと、尚へと視線を移す。

「不破君も……いいね?」
「ああ」
何か言い返すのかと身構えた私が拍子抜けするほどに、尚は不満の意を示すこともなく彼に同意した。

「では俺達は失礼するよ。……行こう、最上さん」
「は……はい」
敦賀蓮は踵を返すとキョーコちゃんの背に手を当てて、促すように歩き出した。

「キョーコ!」
後姿の彼女に呼びかける尚の声に、キョーコちゃんの足が止まる。

「あの時に宣言した通り、俺は誰にも負ける気はない……この世でただ一人を除いては。早く俺を落としに来い、キョーコ」
「……首を洗って待っていなさい、ショー」

キョーコちゃんは振り返ることなく答えると、再び歩き始めた。
背後を顧みて尚を直視したのは、彼女ではなく彼女の傍らに立つ俳優の方だった。

そう……燃えるような瞳で尚を睨んでいたのはキョーコちゃんではなく、敦賀蓮。
その眼差しは明らかに尚を敵として認識していた。

「尚……」

この子と敦賀蓮の一触即発の雰囲気……その意味を初めて理解した私は、驚きのあまり無意識に尚の名を呼んでいた。

敦賀蓮とキョーコちゃんが、電話で話をする間柄だとはプロモ撮りの時から知ってはいたけれど、まさかあの彼が……

「俺の方がまだ分はある。……だが、キョーコとの実際の距離はヤツの方が近い……」
ライバルの前では笑ってみせた尚が、内心の焦りを仄めかす。

キョーコちゃんの肩を抱くように回した手を外すことなく去っていった彼と、それに特に抵抗を見せることがなかった彼女。
そして尚に警戒の目を向けていたマネージャーらしき男性。

キョーコちゃんは彼の気持ちに気づいてはいないようだけど……でも敦賀蓮が彼女に知られぬ内に、じわじわと周りを固めているのは間違いない。

長期戦になれば不利になるのはおそらく………

「だから……俺も少しはアピールしておかないとな。OK出たんだろう?例の件」
「え、ええ」

先ほど事務所に確認をして、要望が通ったことが分かったばかりの一つの企画。
恋愛をテーマにしたバラードのみのアルバムを出したいと、そう望んだ尚の思いはビジネスとして走り出した。

尚はきっと、唯一人の女性に向けて愛を唄う……

この子が音楽業界でトップを維持すると決心し、様々なアイディアを用いて精力的に活動するようになった真の理由……それは。

他の誰にも渡すことはできないと気づいてしまったキョーコちゃんとの約束を果たし、彼女を手に入れるため。
そして本来ならば競り合うはずもなかった強敵と、同等以上の位置に立つため。

演劇というジャンルにおいて、敦賀蓮の人気と実力は他を圧倒して揺らぐ気配はない。
彼が主演する「ダークムーン」がかつてのドラマ「月篭り」の視聴率を抜いたことにより、それは更に確固としたものとなった。

音楽業界での尚の評価は若手、ビジュアル系という印象が拭いきれず、人気はあるもののその実力に関してはまだ認められるには至っていない。
それ故にこの子はその概念を覆し、新たに自分をアピールしていく必要があった。

「明日の録りが全て終わったら、事務所に寄って打ち合わせをする予定よ。急な話だからスケジュールはきつくなるけどいいのね?」
「聞くまでもないだろう?絶対良い物に仕上げてみせる……!」

そう語る尚を見て、私は再度願わずにはいられなかった。

どうか見ていてキョーコちゃん、あの子を。
あなたによって成長していく尚の姿を……!

尚にとってあなたの影響力が大きいように、あなたにとっても尚という存在は特別だと思うから。
彼が高みを目指すほど、あなたもそれに追いつこうと芸能界という荒波を越えていくことでしょう。

「尚……」
「なんだ?祥子さん」

最近では甘える素振りを見せなくなった彼に、ニコリと笑いかける。

「あなたが忙しくなれば私のプライベートの時間も減るんですからね。それを引き換えてもいいと思えるほどの不破尚の可能性、見せてもらうわよ」
「任せとけって。後悔はさせねえよ」

自信を滲ませて不敵に言う尚に頼もしさを覚え、私は彼が築いていく未来を楽しみにしている自分に気づいて小さく微笑んだ。


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