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「俺のことを思い浮かべるようにさせてみせるよ」  

ちょっとした興味を覚えたからと、最初はその程度の理由で話しかけた少女。
それが思いの他手応えがあり、いつの間にか純粋に会話を楽しんでいる自分に気づいた。

だから彼女の言う有体の口説き文句の調子で言ったこの言葉も半ば本気で、実現させてみたいと思ったのも本当。
ふと頬を染めた様子にそれまでの会話では意識しなかった「女」を感じ、それが脈ありを意味するのか、あるいは全く別の何かを考えているのかを見極めたくて顔を覗き込んだ。

物思いに耽っているらしく俺に気が付かない彼女に、思考をこちらへ向けようと数度目になるお願いをしてみる。
すると彼女はあっさりと断った上に、色気のない自分ではなく他の女性を誘えと言ってのけた。

色気がない?
この子はつい今し方、自分がどんな顔をしていたのか分かっていないのだろうか。
あんな表情を男の前でしたら、食ってくれと言っているようなものだというのに。

その無防備な危うさに引かれ、無意識に彼女へと手が伸びる。
だが、その木目細かそうな肌に触れることはあと少しというところで阻まれてしまった。

「からかわないでやってくれないか」
そんな当たり障りのない理由を盾に、邪魔に入った男のために。

俺と彼女の間に立ち、穏やかに微笑んでいるのはこのドラマの主役、敦賀蓮。
業界では春の日差しのように温和だと評判で、確かにその通りの印象を持つ男だ。
誰にでも優しく、誰にでも笑顔で受け答えをする。

だが誰にでも平等に接するということは、裏を返せば誰にも興味を持っていないということも意味するのではないだろうか?

以前彼にダークムーンに出演している女優の携帯番号を知っているかと聞いてみたことがあった。
あっさりと知らないと答えるその様子は、知る気もありませんと言わんばかりのドライなもの。
仕事で共演している間は親しく接していたとしても、プライベートには決して踏み込ませないという姿勢がありありと見えた。

その敦賀君がまさかこの場で係わってくるとは……いや、本来は彼が元で彼女に興味を持ったのだから、当然といえば当然なのかもしれないが。

「ずいぶん貴島君と懇意になったんだね……?」
俺に背を向ける形で言ったそれは、普段の彼の物言いとは異なり冷たい響きを伴っていた。

「そ、そんなことは……」
「あるよね。やっぱり傍から見ても分かるってことだよ。俺達の息が合っているということはさ、最上さん」

うろたえている様子が伝わってくる彼女の言葉に、少しばかり茶々を入れてみる。
先ほど敦賀君に邪魔をされたささやかな仕返しと、これで彼がどんな態度を見せるのかという興味と……どちらが勝っているのかはこの際どうでも良いことだろう。

「一体誰と誰の息が合っていたと言うんですかっ」
「京子さんっ!」

俺の言葉に憤り反論しようとした彼女の声に、別の声が重なった。
スタジオの奥から走ってきたその声の主は、か弱げな身体で息を切らせながらも言葉を続ける。

「ごめんね、急に予定が変更になってしまって。今日来てもらってることをスタッフから聞いて、僕びっくりして……!」
ペコリと頭を下げる緒方監督に、彼女は慌てて首を横に振った。

「いいえっ、監督が気にされることはないんです!私が事務所からの電話に気付かなかっただけなんですから」
「でもいきなりの予定変更で迷惑をかけてしまったのはこちらだし……せっかくだから未緒も撮っておきたいところなんだけど、今日は傷メイクの担当が来ていなくて」
「未緒?」

どうしてここで未緒の話が出てくるのだろう。
もしかして彼女は未緒の友人役か、お付きのメイド役か何かなのだろうか?
しかし台本は一通り読んだが、未緒個人と直接に接するような役どころはなかったはずだ。

「最上さん、未緒と係わりのある役なのか?」
「係わりがある役か、ですって……?」
「あ、ああ」
俺の言葉を繰り返す彼女の口調に凄みのようなものを感じる。

……俺、何か変なことを言ったか?

「あの……貴島くん……?」
「はい」
緒方監督が困ったような、複雑な笑みを浮かべている。

「何か誤解があるようなので改めて紹介をしておきますね。こちらは未緒役の京子さん。そういえば貴島君と会うのは初めてかもしれませんね」
「未緒……?この子が?……まさか!」

それは余りに人が違わないか?
いや、俺も別に悪役が皆悪人だとは思ってはいないが、しかし彼女を明とするなら未緒は暗で正反対もいいところ……だ……?

「いい加減、日常やトーク番組でさんざん言われ慣れているとは言え、この現場でその言葉を聞くことになろうとは夢にも思いませんでした……」
おどろおどろしくも湧き上がってくる黒い空気を纏い、彼女が俺をひたと見据えた。

「かつての美月に替わって、私のスケープゴートに立候補されるおつもりですか?」

怒りも顕に冷笑を浮かべたその表情は正に……

「未緒……!」
「お分かりいただけて嬉しいですわ」

いや……それは嬉しいって表情じゃないぞ。
あえて訳すなら「ふざけるなこの野郎、これからどうなるか覚悟しておけよ」と言う所か。

どうやらお嬢様のご機嫌をすっかり損ねてしまったらしい。
だが未緒っていうのはフェイントだよな。
緒方監督もよくこの子を発掘したものだ。

とりあえず彼女の右手を取り、胸元まで持ち上げる。

「これは失礼、未緒様。どうやら本来のあなたの愛らしい姿に心を奪われて、真実を見極める目が曇っていたようです。どうか哀れな羊にお情けをくださいませんか?」

掌に載せた白い手を口元に持っていき、そのまま唇で触れる……前に彼女の細い指が俺の手首をギュッと抓んだ。
別に成功するとは思っていなかったが、それにしても手加減ナシだな。結構痛いぞ。

「緒方監督っ、まさかこの無礼千万なタラシ男と私が共演する場面なんてありませんよね!?」
俺を全く無視して彼女は監督に問いかける。

「そ、それがそのう……彼の役はこれからかなり重要になってくるので……」
「……あるんですか」

ガックリと肩を落とす彼女……それは余りにも失礼じゃないか?俺に。

「最上さん、彼は曲がりなりにも共演者なんだから、そう言うことをはっきりと言うのは控えた方がいいんじゃないかな?」

曲がりなりにもって、敦賀君。それ、フォローになってないから。
……というよりフォローする気もないだろう?

ん……?そう言えば……

「最上さん、確か君の芸名は苗字がなくて名前だけだったよな?」
「そうですけど……?」
彼女が不審そうに俺に答える。

そうなんだ、俺が勘違いをした原因の一つがこれ。
未緒の役者の名前は正直なところ覚えていなかったが、名前のみの漢字二文字だったということだけは記憶に残っていた。
だから苗字で呼ばれていたこの子が未緒だなんて思いもしなかったんだ。

「なぜ敦賀君は君を最上さんと呼んでいるんだ?」
「……俺……?」

自分の名前が出たことに意外そうに疑問の声を上げる敦賀君に、彼女が何かに気付いたように言葉を小さく漏らすと彼へと顔を向けた。

「この人……貴島さんは、敦賀さんと私の会話を聞いていたそうなんです。だから敦賀さんと同じように私を苗字で呼んでいるんです」
「え……では君が彼に名前を教えたのではなくて……?」
「違います。私、こんな失礼な人に名乗る名前なんて持っていません!」

一体どちらが失礼なんだか。
少しは言葉をぼやかすことを覚えた方がいいのではと言いたくもなるが、この歯に布を着せないところが彼女の魅力でもある。

……とはいえ敦賀君、君は何をそこで嬉しそうに笑っているんだ。

「敦賀君?」
「いや、この子にかかるとさすがの君も形無しだなと思って」
「そういう君も普段とはずいぶん印象が違うけどね。……で、どうしてなの?」
「ああ、彼女はLME所属で俺の後輩なんだ。芸名が決まる前からこの子の事を知っていたから、その頃から呼んでいた苗字をそのまま呼び続けているだけなんだよ」
「へぇぇ……」

そのまま呼び続けているだけ、か。
決定打に欠ける答えだ。

「珍しいね、敦賀君」
「何がかな……?」
「君は公私の区別をはっきりと分けるタイプだろう?それなのに芸名の決まった女優に対して本名をそのまま呼び続けるなんてさ」

彼は僅かに目を見張り、だが次の瞬間には常と同じ他者をやんわりと拒む微笑を浮かべた。

「そう言われればそうだね。気が付かなかったよ」

……ビンゴだ。

自覚ありで彼女に接しているというわけか。
女性に……いや、人に対して全くこだわりを見せる気配のなかった彼が。

「な、なんですか?人の顔をじっと見て……っ」
俺の視線に気が付いて、少女は猫が毛を逆立てるかのようにピリピリと警戒態勢を取る。

突付けば即座に反応をするこの感触は今までにないもので、俺の興味をそそるには十分過ぎるほどだ。
しかしその所有者候補はなかなかに手強い。

奪い合いをするつもりはないが、でもただ諦めるには惜しい素材。

……さて、どうしようか?


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