更新履歴


カテゴリー


タイトル一覧


リンク


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
今回は予想ではなく、本誌を元にした創作といった感じです。


***************************


「ではこれで話を進めるけど、本当にいいんだね?」
「はい、宜しくお願いします」
付箋の貼られた台本を手に、再度確認をする椹にキョーコは深々と礼をする。

「正直なところ今回は全部断るようかと思っていたんだが、考え直してくれて良かったよ。せっかくのチャンスを無駄にすることはないからね」
「本音を言ってしまえば、いじめ役を縦続けに演じることへの恐怖はあります。でも、それにバリエーションをつけてこそ役者としてのスキルは磨かれると先生から教えていただいたんです」
「さすがクーだよなあ……!俺もあの時は本当にびっくりしたよ。まさか彼が横から電話に入ってくるとは思わなかったからねっ」

椹が目を輝かせて、熱の篭った調子で話す。
かつて別の名でLMEに所属し現在はアメリカを拠点として芸能活動をしているクー・ヒズリは、事務所内にもファンが多く椹もその一人らしい。

「先生がおっしゃるような演技ができるかどうか分かりませんが、やってみたいと思ったんです。椹さんにもご心配をかけましたが、ようやく決心がつきました」
「俺の方はまあ、君が納得して決めたならそれでいいんだけどね」
「何を納得したんですか?もしかして例の……?」

LME内の喫茶室のテーブルで話す二人の会話に別の声が交じる。
その聞き慣れた美声の持ち主に、椹が笑顔で言葉を返した。

「蓮、どうした。時間待ちか?」
「ええ、松島主任と打ち合わせをする予定なんですが、早めに着いてしまったのでコーヒーでも一杯飲もうかと思い立ち寄ったのですが……お邪魔ですか?」
「いや、もうメインの話は終わったところだ。俺はそろそろ戻るようだが……」
椹はそう言って立ち上がると、ソファの奥へ座るようにと蓮を促す。

「こんにちは、最上さん」
蓮は向かいに座っているキョーコに笑いかけ、彼女もまた人懐こい笑顔で彼に挨拶をした。

「さっきの話だけどもしかして例のいじめ役、引き受けたの?」
「はい。ずいぶん迷いはしたんですが……」

テーブルの上に置いてある付箋の付けられた台本と原作とおぼしき漫画本。
その内の一冊を手に取り、蓮はパラパラとページを捲った。

「これだけの依頼が来ているということは、他の役を選ぶという選択肢もあったんだろう?それなのにいじめ役を選ぶとは……君は本当に度胸があるね……」

彼の言葉にキョーコがピシリと固まる。
悪気はないのだと分かっていても、せっかく決心をした彼女の気持ちが揺らがないかと椹は苦虫を噛み潰した。

「あのな、蓮。実はこれ、全ていじめ役の依頼なんだよ」
「これ……全部がですか?」
「既に引き受けているドラマがありますから、正確には未緒効果で4件のいじめ役の依頼があったことになります……」
ずっしりと巨大な石を背負っているかのような重苦しさで、キョーコが恨めしげに呟いた。

「た、大したもんだろう? 新人でこれほど依頼がくるということは、それだけ未緒のインパクトが強かったということなんだからっ!」

頼むから余計なことは言ってくれるなと心の中で願いつつ、椹がフォローに務める。
なまじ蓮のキョーコに対する毒舌ぶりを知っているだけに油断がならない。

「そうですね、これは彼女が演じた未緒が高評価を得たという証ですから、誇るべきことだと思います」
心配が杞憂であることを示す言葉に椹はホッと息を付き、がっくりと項垂れていたキョーコは顔を上げた。

「君が苦心して作り上げた未緒が認められたんだ。きちんとした役作りは初めてだというのに、大したものだよ」
優しく諭すように話す蓮の表情に偽りはなく、キョーコは徐々に顔を綻ばせ嬉しそうな笑顔を作った。

(おや……ずいぶんといい雰囲気じゃないか。出会った当初とは大違いだ。ずいぶん仲が良くなったものだな)
蓮とキョーコの険悪な状態を見知っている椹としては、なかなかに感慨深いものがある。

「『全力で戦う、自分の可能性を信じて』だったね、クーに宣言したのは」
「そうです」
「君ならできるよ、最上さん。君は……それを実行できる力と勇気を持っているから」
「え……?」
蓮の言葉に含みのようなものを感じ、キョーコが短く問いかけの言葉を発した。

「だからね、俺も君のようになりたいんだ。自分の可能性を信じて、全力で戦っていきたい」
「敦賀さん……!」
キョーコは驚いたように目を見開くと、テーブルに両手をつき勢いよく立ち上がった。

「そんな縁起でもないことを言わないでくださいっ!!」

(えっ……?)

突然のキョーコの言動に椹の思考はついて行かず、頭の中が真っ白になる。
隣の蓮はと言えばやはり思いもかけない言葉だったらしく、呆気に取られたように彼女を見詰めていた。

(縁起でもないって……そういう話の展開だったか? むしろ実力派俳優と謳われている蓮にそう言われたならば、それこそ誇っていいことじゃないのか?やっぱり本当は仲が悪いのか、この二人っ?)

椹は同席を求めた蓮にそれを許したことを、軽率だったかと悔やんでみるが後の祭りだ。

「最上さん……?」
蓮が眉を顰めて彼女の名を呼んだ。

「敦賀さんは以前、私に同じようなことをおっしゃったのを覚えていますか?」
「もちろん覚えているよ。ダークムーンの撮影の時……カップが割れるシーンの直前だったね」
「そうです!あの後敦賀さんはひどいスランプに陥って、凄く辛そうで……私、あんな敦賀さんをもう見たくないんです!」
「最上さん……」
「だからっ!」

キョーコは蓮へと身を乗り出して、更に言葉を続けた。

「私みたいなペーペーのっ、俳優だなんてお世辞にも言えないジャリタレのようになりたいだなんて冗談でも言わないでください!」

(最上さん……)
真剣に訴えるキョーコの姿に、椹は彼女が明らかに変わったことを知った。
出会ったばかりの時の、人を想う事を根底から諦めてしまったような彼女ではないことを。

「……俺はそうは思わないけどな」

キョーコに反論するかのような言葉に椹はサーーッと血の気が引く。
なまじここがオープンな喫茶室であり蓮がいるこの席が少なからず注目を集めている今、険悪な雰囲気になることだけは勘弁して欲しいというのが本音だろう。

「確かに俺は演技ができなくなって苦しんだけれど、でもそれを乗り越えた分だけ俳優として成長できたと思う。……いや、成長できるきっかけを掴んだというべきか」

蓮がスランプに陥ったという話は椹にとっては初耳だった。
タレント部門の主任である椹に、俳優である彼の話が全て聞こえてくるわけではない。

「俺も今までの『敦賀蓮』を変える演技をしていきたいと願っている。だが、そのためにはあの時以上に辛い思いをすることになると思うんだ」

既に存在している壁が見えているのか、蓮の言葉にはそれが予想ではなく予定であるかのようなニュアンスがあった。

「だから……言わせてくれないか?君のようになりたいと。あの時のように険しい山を乗り越えて、その結果満足のいく自分が作れるように」
「敦賀さん……」
どこか切迫感のある言葉に、キョーコは蓮を心配そうに見詰める。

「大丈夫だよ、俺にとってこの言葉は最高の魔法の呪文だから」

蓮は彼を想うキョーコの眼差しを受けて、甘く蕩けそうな笑顔を浮かべた。


(……破顔……と言うんだろうな、ああいう表情は)
自分のデスクに戻り一仕事終えた椹は、数刻前の会話を思い出していた。

「あの蓮がなあ……」
「蓮がどうしたって?」

独り言に言葉を返され、驚いた椹が顔を上げるとそこにはLMEの名物社長が立っていた。
豪奢なアラビア風の衣装に身を包んだ、悪目立ちと言えるほどの彼に気がつかないとは、相当考えに没頭していたということだろう。

「大したことではないんですよ。ただ蓮の新たな一面を見たと言うか……」
「ほう……もしかして、それには最上君が係わっていないか?」
「そうですが……よくお分かりですね」
ニヤリと笑って言うローリィに、椹は反射的に問いかける。

「まあな。あいつもまた隠すことを知らねぇし……」

彼の言葉に、椹は漠然と感じていたものが間違いではなかったことを悟った。

「それはそれで面白いんだが、一方通行なだけに彼女には不利に働くこともあるだろう。蓮には俺が自粛するよう言っておくが、君も注意しておいてくれ」

彼は社長としての立場で、蓮の想い人への気遣いを見せる。
ローリィにとって最上キョーコはお気に入りであり、椹同様に他のタレントとは違う思い入れを持っていた。

「まあ言ってはみるが無駄に終わりそうな気もするから、その時はうまいこと対処してくれよな、椹君」

吹けば飛ぶような軽さで一言を残し片手を上げて去っていく社長を、待ってくださいと引きとめようとしたが時既に遅し。
さっさと閉められたドアを、椹は言葉もなく呆然と見詰めた。

(俺が対処をしなければいけないようなことが、いずれ待ち構えているというのか……?)

それがなまじ芸能界№1の人気を誇る俳優が係わるだけに頭が痛い。

(蓮、どうせ芸を磨くならプライベートの方でもそれを十分に発揮してくれよ。最上さんのために……!)

そして俺のために、という言葉はあえて心の奥に押し込めて、椹は祈るような気持ちでまだ歳若い俳優に密やかに願った。


関連記事

Powered by FC2 Blog
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。