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「あれ?どこにいるんだ……?」

撮影現場に戻って一番に、担当俳優の姿を探した。
どうやら休憩に入ったらしく、本郷家の居間を模したセットには誰もいない。
広いスタジオ内をぐるりと見渡すと、外へと通じる扉の近くにいる数人の固まりの中に目的の男の姿を見つけた。

あんな所で何をやっているんだろう。

少しばかり疑問に思ったが、電話の内容を説明する必要もあり、特には気に留めずに歩き出す。
目立つのは蓮と、あいつに張る背の高さの貴島。
そして肩の位置まで下がって緒方監督の頭があり、その影にいるのは……キョーコちゃん?

とっくに帰ったはずのキョーコちゃんがなぜここにいるんだろう。

既にいるはずのない彼女。
そしてその周りにいる顔ぶれが意味するものは……?

なんか、嫌~な予感がしてきたな……
見なかったことにして戻ろうか。

…とも思ったが、場合によっては今日の蓮の仕事の出来を大きく左右しかねないと考え直す。
あまり気は進まないが、マネージャーとしての責務を果たすために、俺は急に重くなった足を前へと動かした。

多分、貴島が何かやらかしたんだろう。
蓮の前で彼女の携帯番号でも聞こうとしたのか?

……余りにありそうで、憶測とも言えやしない。

「珍しいね、敦賀君」
貴島が蓮に話しかける声が聞こえてきた。

「君は公私の区別をはっきりと分けるタイプだろう?それなのに芸名の決まった女優に対して本名をそのまま呼び続けるなんてさ」

ああ……なるほどね。
今まで誰もしなかった質問で、誰もが感じた疑問だな。

『蓮とキョーコちゃんは仲が良い』
それはこのダークムーンの関係者なら誰しも思っていることだ。
二人が同じ事務所だということは配役当初から知れ渡っていたし、飯島さんがごねた一件では蓮がキョーコちゃんを庇ったこともあり、それは当たり前のように浸透していた。
お陰で一部の女性からはキョーコちゃんを妬む発言が少なからずあったが、そんなものに負けるような彼女ではないし、多かれ少なかれこの業界ではついて回ることなので特に対策らしいこともしていない。

まあそんな状況だから蓮がキョーコちゃんを芸名で呼ばないことに対して、ある意味理解があったし蓮にそれを訊ねる勇者もいなかった。

だがそんな流れを知らない挑戦者が現れたという訳だ。

「な、なんですか?人の顔をじっと見て……っ」
貴島がキョーコちゃんに意味ありげな視線を向ける。

アイツ、確かキョーコちゃんのことを小バカにするような発言をしていたよな?

その興味津々といった表情に、蓮ならずとも思わず眉根が寄った。

「君は、俺に何て呼んで欲しい?」
「わざわざ貴方に私の名前など呼んでいただかなくても、一向に差し障りがありませんからお気遣いなく」
キョーコちゃんが奴の問いに素っ気無く答える。

「連れないなぁ、君自身はもう俺の名前を呼んでくれたっていうのに。あ、ちなみに下の名前は秀でた人と書いてヒデヒトだから」
「別に聞いてませんし興味もありません。それに呼んだって言っても敦賀さんに説明する都合上でじゃないですか」
「それなんだけどさ、『貴島さん』なんて余所余所しい言い方じゃなくて、君なら俺の事を『秀人さん』とか『秀君』って呼んでくれて構わないから」
「たった今、記憶から余計な情報を綺麗さっぱりと消去させていただきました」
「じゃあ新たに敬称ナシの『秀人』でインプットし直してもらうとするかな」

……なんだ、このやり取り。
絶妙なすれ違いで会話が成り立っていると言うか、仲が悪いようで呼吸が合っていると言うか……他者が口を挟む隙がないぞ。

「それで君の呼び方なんだけど、敦賀君と同じように『最上さん』でいい?それとも『京子さん』、あるいは『京子ちゃん』かな?」
「私の名を呼んでもらう必要性はないと言ったはずですが」

身を乗り出して聞く貴島に、キョーコちゃんが一歩後ずさった。

「それとも……『京子』と呼ぼうか」
「貴島君!」
「『京子ちゃん』で結構ですよ、貴島さん」

奴を止めようとした蓮よりも早く、俺は貴島とキョーコちゃんの間に入り、それ以上彼女に近づかせることを防いだ。

「多くの方は彼女をそう呼んでくれていますからね」
「君は確か、敦賀君のマネージャーだよな。君には関係のない話だろう?」
「京子はまだ新人でマネージャーが付いていないため、この現場では俺が彼女に関しても兼任することになっているんですよ」

訝しげに言う貴島に、ビジネス用の笑みを浮かべて説明をする。
兼任マネージャーなどという話が社内で出たことはないが、嘘も方便と言うヤツだ。

「ふーん、それじゃあ敦賀君の『最上さん』呼びは事務所的にはOKな訳?」
「京子が蓮と同じLMEに所属していて彼の後輩だということは知られていますし、付き合いも長いですからね。京子の名が世間に知られるようになれば呼び方を変える必然性が出てくるとは思いますが、今のところは問題なしと判断しています」

『公私の区別をはっきり分ける蓮にしては珍しい』

そう言った貴島の洞察力は正直なところ鋭いし、蓮の仕事に対する姿勢をよく把握している。
実際これが他の女優なら、蓮はつまらない噂などが立たないように、相手から過剰な誤解を受けないように他の人間に倣った呼び方をしているはずだ。

それがなぜキョーコちゃんに関してはその配慮が抜けていたのか。

あいつにそう聞いたところで答えがすぐに返ってくるかどうか……多分、蓮は今まで全く気にかけていなかったのだと思う。

ドラマの共演者という括りをする前に、蓮にとってキョーコちゃんはキョーコちゃんでしかなくて、いつも無意識下で行う防衛のための手段を講じることすら忘れていたのだろう。
だからドラマの撮影に入ってからも、変わらずに彼女の本当の名を呼び続けていた。
裏を返せばそれだけ蓮がキョーコちゃんに気を許しているということだ。

俺も彼女を本名の「キョーコちゃん」で呼んではいるが、蓮が気にかけている女の子でなければ違う呼び方をしていたと思う。
もっとも俺の方は芸名の「京子ちゃん」と響きがほとんど同じだから、その違いに気付く人間はほとんどいないのだけれど。

「監督!ちょっといいですか?さっきのシーンのことなんですが……」
スタッフが成り行きを見守っていた緒方監督に声をかけた。

「今行きます。キョーコさん、今日は本当に済みませんでした。明後日は宜しくお願いしますね」
「はい、こちらこそお願いします!」

キョーコちゃんが監督に深々とお辞儀をする。
今時の若い者には珍しく、こういう所作が本当に綺麗に決まる子だ。
……なんて言い方をすると年寄りくさいと言われそうだが、身についた仕草というものはそう簡単に変えられるものではないだけに、上下関係に厳しい芸能界で生きていくための強みとなるのは間違いない。

「二人ともそろそろ休憩が終わりますから、準備をしておいてくださいね」
蓮と貴島にそう言い残すと、緒方監督はスタッフと共にカメラのある方向へと歩いていった。

準備、か。
おそらくは気持ちの上での……ということなんだろう。
蓮のスランプの時もそうだったが、柔らかな物言いで本質を見抜いた発言をする人だよな。

「どうやら続きは明後日だな、京子ちゃん」
懲りもせずに貴島がキョーコちゃんに話しかけた。

「明後日は私のような者を気に留めるような無駄なことはされずに、どうぞ他の女優さんとお話を楽しんでくださいね」
「貴島君、最上さんの話相手は俺がするから、君は心置きなく他の『男のツボを刺激する』女性と交流を深めたらいいんじゃないかな」

蓮……お前わざわざ強調して言っているな。
あの時には「悪気はないんですよ」などと澄まして言っていたくせに、貴島がキョーコちゃんに興味を示した途端にコレか。

「残念ながらそうもいかないんだよな。俺、まだ京子ちゃんに聞きたいことがあるし」
「……何をですか?」

その質問を聞きたくはないけど、だからと言って明後日まで先延ばしにしたくない……
そんな表情でキョーコちゃんが問い返した。

貴島はチラリと蓮を見てから、彼女の耳の傍に顔を寄せて何やら小声で話をする。
耳元で伝えられる言葉にキョーコちゃんは息を詰まらせたかと思うと、みるみるその頬を赤く染めた。

「そっ、そんなことどうでもいいじゃないですかっ!貴方に教える気はありません!」

真っ赤になって貴島に噛み付く彼女は今までに見たこともない『女の子』の顔をしていて、それがどうでもいいことではないことをありありと物語っていた。

キョーコちゃんにこんな顔をさせるなんて、一体何を言ったんだ貴島の奴……!

「最上さん」
「は、はいっ」
名前を呼ばれて返事はしたものの、キョーコちゃんは貴島の方に身体を向けたまま、蓮を見ようとしない。

「最上さん……?」
苛立ちを含んだ呼びかけに、彼女の身体がビクリと震える。

「あ、あの……っ、私、今日はこれで失礼しますっっ!!」

ブンッという音が聞こえそうな勢いで蓮に大きく礼をすると、キョーコちゃんは扉の向こうへと脱兎の如く駆けていってしまった。



「蓮……」
「何ですか?」

あれから数時間が経った今、蓮の機嫌はすこぶる悪い。
さすがにそれを仕事中に出すことはしなかったが、俺と二人になった途端、ほぼだんまり状態だ。

こんなにむすっとした顔で食事をしても美味くないと思うのだが……もっとも車内で食べるコンビニおにぎりでは食事と言えるほどのものでもないか。

「さっき話した通り例のCMはスポンサー側の意向で中止になったから、今日の仕事は7時で終わりだ」
「はい」
「それで俺の個人的な判断で一つ仕事を入れさせてもらった。お前に確認をとらないままで悪かったが、やってくれるか」
「それは構いませんが何の仕事ですか」

機械的におにぎりを口へと運びながら、興味なさげに蓮が聞く。

「今日は寒いな」
「はい」
「夜は雨も降って更に冷えるらしい」
「そうですね」

仕事から天気へと話が変わったことに違和感を覚える様子もなく、蓮が適当に相槌を打つ。
心ここにあらず、といったところか。

「俺達がこれから行くのは富士テレビだよな」
「ええ」
「偶然なんだけどさ、同じ局内で7時過ぎに仕事が終わる予定の子がいるんだ」

流し聞きをしていた蓮が、俺の顔を見る。

「俺としてはその子を冷たい雨が降る中、夜の道を歩かせるようなことはしたくないな~と思うんだ」
「ちょっ……ちょっと待ってください、社さん」

話の方向性に気付いたらしく、蓮が遮ろうとするのを構わずに俺は続けた。

「だからさ、その子……キョーコちゃんと食事をして、家まで送り届けてやってくれないか?蓮」


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