更新履歴


カテゴリー


タイトル一覧


リンク


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
「キョーコちゃんの足が早いのは分かっているからね。今回は無駄に追うようなことは止めて、早々に文明の利器に頼ることにしたよ」

俺も学習しているだろう?と笑いながら話す相手に、「はあ……」と力なく言葉を返す。

猛ダッシュでスタジオを後にしたのは良いけれど、自分のしたことに改めて気付いて真っ青になっていたところに震えだした携帯電話。
慌てて鞄から取り出したものの、非通知だったらどうしようと恐怖にかられ、死刑台に登る心地で確認した画面に表示されていたのは社さんの名前だった。

「俺さ、前にキョーコちゃんに聞かれて蓮の予定を教えてあげたことがあるよね?」
「はい、確かにお聞きしましたが……」
「だからと言っては何だけど、今度はキョーコちゃんの予定を俺に教えてくれないかなぁ」

にこやかな声の裏にある、その目的が何なのかを考える余裕すら与えられずに、私は断ることのできない状況へと追い詰められた。

「へええ!偶然だなあ。いやあ、運命だなあ!」

今夜の予定を説明した途端、電話の向こうで社さんが嬉しそうなはしゃぎ声を出す。
その高揚した様子に、悪寒のようなものが背筋を走った。

今この状況を考えるに、それは予兆と言えたかもしれない。



狭い空間の中、充満しているのはピリピリと肌を刺す尖った空気。
助手席に座った私は、かつて経験した車内私語厳禁状態を再び味わっている。

局内の地下駐車場で顔を合わせてから敦賀さんはずっと黙ったままで、ただハンドルを握っている。
私は迂闊に話しかけることもできずに、鞄とエコバッグを抱えて隣に座っているのがやっとという有様だ。

外では雨が強く降っていて、雨粒が車窓に叩きつけられるようにして幾筋も跡を残していく。
こんな大降りの中を歩いて帰らなくて助かったけれど、かと言ってこの車内が快適かといえば、それを肯定することもできない。

はあ……怒っているんだろうな、敦賀さん。

そんなつもりはなかったとは言え……ダークムーンの撮影所では、話しかけている敦賀さんに対してまともに返事をせずに帰ってしまったのだから怒りを買うのは当然で、このまま何もせずに明後日を迎えれば私はまた自決の支度をして仕事に向かう事になっていただろう。

裁きの時が早いか遅いかというだけのこと。
とにかく悪いのは私なんだから、大魔王の降臨が怖くてもきちんと謝罪をしなければ……っ。

「敦賀さん、あのっ」
「何が食べたい」
「……え?」
「夕食。この雨だから屋内駐車場のある所にするけど、そうなると場所が限られるからね。どんな物が食べたいかで行き先を変えるから」

淡々と話す敦賀さんに言葉が詰まる。
怒りの波動こそ感じないものの、やっぱりいつもと違うのは間違いない。

「特にリクエストがなければ、前に食べ損ねた蛙の……」
「そ、それなんですがっっ!」
嫌がらせで本当にこのまま直行しそうな店のメニューを聞く前に、敦賀さんの話を遮った。

「宜しければ今夜の食事を私に作らせて頂けませんか!既に買い物もしてあるのでっ」
膝に置いていたエコバッグを両手に持ち、真っ直ぐに突き出した、その時。

キキキーーーーッと甲高い音と共に車が急停車をした。
慣性で身体が前へと倒れ、何事かと疑問に思い顔を上げて外を見ると、雨のけぶりの中で赤く丸い光が小さく灯っていた。

赤信号……?
暗くてはっきりとは分からないけど、そんなに急いで止まるほど距離が近いようにも見えない……

「作るって、どこで」

え?

思いがけない敦賀さんの問いに、一瞬頭の中が真っ白になる。
どこでと言われましても、だるま屋というわけにもいかないし……

「……あの、敦賀さんのお宅でと思ったんですが……ご迷惑…でしょうか……」
話している内に語尾が段々小さくなる。

お詫びの気持ちを込めて夕食を作ろうと思っていたけれど、でも仕事が終わって疲れているところにご自宅にお邪魔しては、返って敦賀さんの負担になる……
そんな事にも気付かなかった自分が、あまりにも浅はかで情けなく思えた。

「私なんかが作る食事よりも、お店のお料理の方が何十倍も美味しいですよね。すみません、私余計なことを……食材は家で使いますので、どこかで食事をして帰りましょう!何がいいかな、えっと……」
「君の料理は美味しいよ」

慌てて言い繕う私に、敦賀さんがストップをかけた。

「その証拠に俺は今まで君の料理を残した事はないだろう?……そういう事ではないんだ」

信号が青に変わり、止まった時とは異なる穏やかさで車が発進する。
敦賀さんが慣れた手つきでハンドルを切ると、車は国道から外れて幅の狭い道路へと進路を変えた。

「せっかくだからお言葉に甘えるとするかな。君の手料理をご馳走してもらってもいい?」
「え……と、私の素人料理などで宜しければ」
「君が俺のために作ってくれる料理なら、どんな一流シェフの料理よりも美味しいよ」
まるで口説き文句のようなセリフに、言われた私の方が赤くなる。

こういうことをスラリと言えるところが、敦賀さんが敦賀さんたる所以よね……!

心の中で一人ごちながらも、食材まで用意して空回りとならなかったことを素直に喜ぶことにした。



「最上さん、今日は済まなかったね」
「へ……?」

突然背後からかけられた謝罪の言葉に、何が何だか分からず間の抜けた返事を返す。
持っていた包丁をまな板の上に置き振り返ると、敦賀さんが椅子に座って私をじっと見ていた。

「何のお話でしょうか?私がお詫びするならともかく、敦賀さんに謝っていただくような事に心当たりはないんですが?」
「今朝の携帯の件だよ。あの後、社さんに怒られてね。たかだか数時間連絡がつかなかったぐらいであそこまで叱ることはないだろうって」
「だけどあれは私のミスですし」
「でもやっぱり俺も言い過ぎたと思うから……ごめんね」

カタンと音を立てて、敦賀さんが椅子から立ち上がる。

「心配だったんだ。君が携帯でトラブルがある時は、いつも何かしら事が起きていたから」
「え……?」
「初めて電話をもらった時は留守電のメッセージが途中で切れていて、気になって何度も電話をかけてようやく繋がったかと思えば不破君が乱入してくるし……」

あ…あれは怖かったわ……演技を復讐の手段に使おうとしたことがバレて、敦賀さんのマジ怒りを買って……!

「緒方監督の容態について連絡をもらった時も中途半端な留守電のメッセージが入っていて、君は役を掴めない事を悩んでいた」

そうだった……その結果飯塚さんに詰問されて、敦賀さんの口添えがなければ私は未緒役を降ろされていたかもしれない。

「沖縄で受けた電話で君の様子がおかしいと思えば、性質の悪いストーカーに狙われていたし」

あの魔界人のせいで、軽井沢のロケの間どれほど肩身の狭い思いをしたことか。
敦賀さんが追い払ってくれなければ、どこまで付きまとわれたか分からない。

「だから椹さんから連絡があった時には、今度は君の身に何が起きたのかと思ってね」

うっ……
グウの音も出ないとはこういう事を言うのかもしれない。

もしかして私、敦賀さんに迷惑かけまくり……?

「敦賀さんには常日頃から私のような若輩者を気にかけていただき、感謝の念に絶えません!本当にあり……」
ペチッ

大きく頭を下げようとした私のおでこを、敦賀さんの掌が受け止めた。

「別に責めているわけでも、礼を言ってもらいたいわけでもないんだ。ただ、そんなことが続いたから心配して言い過ぎてしまったという、それだけの事だよ」

それだけの事って……これだけ事例を並べられてはもう謝意を表すか、平謝りに謝るかしかないんですが……

「社さんがね、言ってたよ」
敦賀さんがクスリと笑う。
「『俺なんて携帯が繋がらなくなるのは日常茶飯事だ。世の中に携帯ほど壊れやすい物はないからな!』って。だけどそれは一般の理屈とはちょっと違うと思わないか?」

携帯ほど壊れやすい物って……社さんの機械クラッシャーの噂は聞いたことはあるけど、そんなに物凄いの?

「ちなみに社さんの携帯が壊れた時の緊急連絡先は俺の携帯なんだけどね。そういう場合は俺宛の電話より社さん宛の電話の方が多くなるから、どちらが仕事のアシストをしているのか分からなくなるよ」

上方を振り仰ぎ腰に手を当ててぼやく姿に、つい噴き出してしまう。

「俳優・敦賀蓮のマネージャーの電話受付をする敦賀蓮、ですか?」
「そう。これがなかなか馬鹿にできなくてね。別口で手当を要求したくなる程の仕事量だよ」

軽やかに冗談を言う敦賀さんの笑みが、私にも感染する。

「それは時給が高そうなお仕事ですね。そういう時は言ってくだされば私が電話番をしますから」
「ではラブミー部経由で依頼するかな。何しろ愛に基づいた無償奉仕だしね」
「高給取りなのにずいぶん経済観念がしっかりしてますね、敦賀さん。でもそういうことなら辞退させていただきます。どうせ敦賀さんはマイナスのスタンプしか押してくれませんから」
「そんな事はないよ。君がきちんと仕事をこなしてくれれば、幾らでも満点スタンプを押してあげる」
「この件に関しては、敦賀さんは信用できません!」

酷いなぁとクスクス笑う敦賀さんを見て、内心ホッと胸を撫で下ろす。
良かった、いつもの敦賀さんだ。

でも……緊張した雰囲気がいまだに抜けないように感じるのは、気のせい…だよね……?



そうよ、気のせい気のせい……
そう思い込もうとしたけど、やっぱり変だわ。

和風に味付けをしたパスタをフォークで掬いあげてチロリと敦賀さんを見ると、ばっちり目が合ってしまった。

「敦賀さん……何か?」
「いや、何でもないよ?」

何でもないわけないでしょう……!

食事が進むにつれて会話が少なくなっているのに、気がつけば敦賀さんの視線は私へと向けられている。
何かを言いたくて、でも言い出すことができない……そんな感じがする。

引っかかっているのは多分アレよね、きっと。

私、まだ謝ってないもの。
確実に墓穴を掘るのは分かっているけど……下手をすると自ら墓標に名前を刻む気がしないでもないけど、でもこのままにしておくわけにもいかない。

「敦賀さん」
「ん……?」

隣でお皿を拭いている敦賀さんに、決死の思いで声をかける。
食事中とは逆に、今は全く私を見ようとしない彼の様子に不安が募る。

「もしかして、私に何か言いたいことがあるのではないでしょうか」
「……なぜそう思う?」
食器棚にお皿を戻しながら、敦賀さんが逆に私に問いかける。

「だってダークムーンの現場で私、敦賀さんに話しかけられているのにも係わらず、早々に帰ってしまいましたから」

棚に食器を置いていた敦賀さんの手がぴたりと止まる。
やっぱり引っかかっているのはこの事だったんだ。

それはそうよね……
いつもお世話になっている大恩人の敦賀さんの言葉を無視した形になるんだもの……腹が立って当然だわ。

「俺の言いたい事に心当たりがあるんだ……?」

ゆっくりと振り返る敦賀さん。
その顔は何度も目の当たりにした大魔王と化しているに違いない。

辞世の句を詠む思いで敦賀さんの裁きを待っていた私に向けられたのは、想像したものとは違う複雑な色を湛えた二つの瞳だった。

傷つき痛みに耐えているような切ない光に、私が予想した怒りの色は宿っていなかった。

「ごめん……なさい、敦賀さん」
謝罪の言葉が自然に口から滑り出る。

私は敦賀さんをこれほどに傷つけてしまったのだろうか。
こんな顔をされるなら、いっそ怒られた方がマシだったかもしれない。

「違う……君が謝るようなことではないんだ」
首を振り、片手で顔を覆う姿に胸が酷く痛む。

どうしよう。
どうしたら敦賀さんの痛みを和らげることができる……?

一体どうしたら……

「最上…さ…ん……?」

敦賀さんが頭のすぐ上で、驚いたような声を上げる。
暖かな感触に、そういえば私から手を回すのは初めてだったことに気が付いた。

「私は敦賀さんにこうしてもらって、すごく落ち着けたので……」

落ち着いてとても癒されたから、敦賀さんにもその効果が少しでもあれば良いのだけれど。
願いを込めて、敦賀さんを抱きしめる手にぎゅっと力を入れる。

「あの時の、礼のつもり……?」
少し掠れた声が降ってきて、その響きに戸惑いを感じ顔を上げる。

間近にある敦賀さんの目は痛みに耐えるように細められ、寄せられた眉は更なる苦悩を訴えているようだった。

「君は何も分かっていない……俺が何を考えているのか、今君がどんな状況にあるのか、男というものがどんなものなのか……」

敦賀さんの腕が私の肩と腰に回され、息ができないほどに強く抱きしめられた。

「君は理解しようともしないんだ……っ」


関連記事

Powered by FC2 Blog
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。